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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第12章 聖都/地下牢:空の器
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第73話 綻び



 ユオーミは、虚ろな瞳で中空を見つめている。

 まだ外は明るいにも関わらず、豪華な「控えの間」で寝台に横たわる彼女は、侍女の呼びかけに対して芳しくない反応しか返さない。


 王都でもユオーミの面倒を見ていたこの侍女は、ユオーミのあまりの変わりように驚く。少しおどおどとしつつも、目に力を宿し、告解の儀に挑んでいったあの巫女は、今、まるで不治の病に侵された儚い少女のようにしか見えなかった。


 侍女は戸惑いつつ、けれど、歴代の巫女も光を失った瞳でここで残りの日々を過ごしていたことを思い出し、決して乗り越えることの出来ない運命に胸を痛めて、そっと瞳を伏せた。




「巫女ナァラは聖都に到着し、現在控えの間にて休養されております」

 ニアティはレシュトロに対し、神殿内にある、朧の長たる彼女の執務室で報告を行っていた。


 それを受け、執務机に広げられた山のような資料からレシュトロが顔を上げる。

「ご苦労様。まさかまた帝国の刺客に襲われるなんて。でも、良かった。貴女がいたから、今度は大丈夫だったわね。流石ニアティ」


 彼女はレシュトロに褒められ、はにかんだ笑顔を浮かべながら無意識に自身の耳飾りに触れる。

「一部取り逃がしましたが、ほぼ壊滅させました。残念ながら、主犯格と思われる人物は死亡してしまいましたが……」


「そうね。でも、聖都に入ってしまえば、もう迂闊に手出しはできないでしょう。

 そうそう、既に各国の王族に『生贄の儀式』の案内状は送ってあるわ。儀式は今日から一週間後よ」



 生贄の儀式。それは、各国の王族たちの目の前で、生贄の巫女が人々の罪を背負い、身代わりとなってその命を捧げる、教団にとって、そしてこの大陸の人々にとって最も神聖な儀式。


 儀式は、この神殿の最上階にあり、聖都を一望できる「石舞台」と呼ばれる広い陸屋根の上で行われる。


 生贄の儀式を行うにあたり、巫女がその身を清めて儀式に臨むため、石舞台とは反対側、神殿内部を抜けた先にある、山の斜面を高い壁で囲んだ「神域」という庭園で「みそぎ」の儀式を執り行う。


 神域は壁で囲われてこそいるが、芝が生え、ところどころ木が茂ると共に、小川まであり、神の庭とも呼ばれている。

 その庭に大きな天幕を張り、そこで三日三晩かけて大導主と巫女が二人きりで禊の儀式を行うのだ。



 王族たちは禊の最終日の昼過ぎまでに聖都に到着し、その夜は神域の中にそれぞれ別の天幕を張って一夜を過ごす決まりだ。それは、儀式に参列するに当たり、神域の空気を体に取り込んで身を清めるためと言われており、各国の王たちは、自分以外に三名の同伴者とのみこの神域に立ち入りが許される。


 神の庭で身を清めるためとは言え、一国の王がたった三名の供とともに、しかも他国の王たちと同じ空間で野営するという常軌を逸した儀式ではあったが、毎年例外なく行われるこの仕来たりは、王たちの教団への恭順を示し、教団の絶大な権力を世に知らしめる意味合いも持っていた。



 そこは、神の庭。


 間違いは決して起こらず、邪な企みも成立しない、教団の聖域。


 日頃は自国の頂点に君臨する王たちも、この日ばかりは教団に頭が上がらないと痛感させられる一夜。


 そして翌朝、身を清めた王族たちとともに、大導主と生贄の巫女は石舞台へと至り、生贄の儀式は執り行われる。儀式が巫女の死をもって終わりを迎えると共に、新しい平和な一年がこの大陸にもたらされるのだ。



「ただ、巫女様のご体調が優れないのが心配です。禊の儀式までに快復されると良いのですが」

 心配そうにそう告げるニアティに、レシュトロは資料に目を落としたまま答える。


「あまりフラフラされても、儀式として示しがつかないものね。

 ……儀式の日程はずらせないから、回復しないようなら強壮剤を使いましょう。あれは、後で酷い副作用が出てしまうけれど、半日は持つから、儀式の間副作用の心配をする必要もないわ」


 レシュトロのその言葉に、ニアティの顔は無意識に歪む。

「現在、巫女様はご心労が酷く、まともに食事も摂れない状況です」


「そう」

 全く関心を示さず、資料をめくるレシュトロに、ニアティは何故か悔しくなり、唇を噛んだ。


 そして、そんな自分に気が付き、狼狽うろたえる。

(……私は、レシュトロ姉に一体何を伝えたかったのだ? 巫女様は、一週間後に殺される。そこに今更感傷を持ち込んで、どんな言葉を聞きたかったというのだろう……)


「それから、先の襲撃と言い、今回の巫女の儀式に対して、良からぬ企みが見え隠れしているわ。そして……」


 彼女は言葉を一度切り、無表情な顔で立ったままのニアティを見上げた。

「残念なことに、朧の中に裏切り者がいる」


 その瞳は鋭利な刃物を思わせ、ニアティはそこに彼女の怒りを感じ取って戦慄する。


 元よりニアティは、王都でアガナタが金属棒を持っていたことを知った時から裏切り者の存在に気づいていたが、それがレシュトロの口から語られたことに、少なからず衝撃を受けた。


 その言葉は、ニアティが深く考えないようにしていた仲間の裏切りを突きつけ、そして、その者が凄惨な最期を迎えるであろう事を予感させた。


「そ、そんなわけが……」

 ニアティは動揺を押し隠しながら、初めて聞いたように驚いてみせる。


「仲間を、家族を裏切るなんて、……悲しいわ。信じたくないけれど、これは間違いないの。ただ、まだ裏切り者が誰なのかまでは分からない。そして、その人物は、ユラーカバネと通じている……」

 表情を変えないまま淡々と語るレシュトロが恐ろしく、ニアティは思わず唾を飲み込む。


「そこで、この儀式の間、神殿の警備は私が最も信頼しているニアティ、貴女とベイツの二人に任せる事にするわ。ベイツは別任務に就いていたけれど、ヌクメイの方から聖都に呼び戻していて、数日のうちに到着するはずよ」


 最も信頼していると言われ、何故か胸の奥がチクリと痛んだニアティは、それを打ち消すかのように笑顔を浮かべ、レシュトロに頭を下げる。


「ご信頼に添えるよう、全力を尽くします!」



 そんなニアティの様子を見て、満足そうに頷くレシュトロは、再び口元に薄い笑みを浮かべ、唐突にアガナタの名前を口にした。


「それはそうと、貴女が規律違反を見つけてくれたアガナタだけれど、あれも間違いなくユラーカバネと通じているわね。一連の企みの黒幕はユラーカバネよ。


 ただ、ユラーカバネがユスノウェル様の家族である以上、明確な証拠が無ければ処理することはできない。証拠がないまま儀式の日が近づいて来て焦ったけれど、アガナタが突破口になりそうよ」


「あの男が、何か吐きましたか!?」

「……何も」


 思わず安堵し、息を吐いてしまったニアティは、じっと自分を見つめているレシュトロに慌て、言い訳がましく言葉を重ねてしまう。

「いえ、かなり意志の強そうな男でしたので、そんな男でも簡単に口を割るものなのかと思いまして……」


 ニアティを見つめたまま、けれどどこか遠くを見る様な瞳でレシュトロは呟くように言う。

「清めの砂を使えば意志なんて関係ない。そう思っていたけれど……」


 レシュトロを見つめ返し、続きの言葉を待つニアティ。けれど、レシュトロは何も言わない。

 ニアティは、自分の気持ちが見透かされているような不安に襲われ、額に汗が浮かんだ。


 その沈黙は、一瞬だったかもしれないし、それとももっと長かったのかもしれない。

 ふと、レシュトロが口を開いた。


「あなた……」


 だが、その言葉は、唐突に遮られた。

「レシュトロ様! 急ぎの案件です!」


 許可を得て転がり込むように部屋に飛び込んできたレシュトロの部下の男が、何やら彼女に耳打ちすると、レシュトロは顔色を変え、顔から再び表情を消す。

「ユスノウェル様が!?」


 そして、ニアティに「神殿の警備は頼んだわ」と言い残して、レシュトロはその男と一緒に足早に部屋から出て行った。



 レシュトロの去った部屋で、ニアティは一人立ち尽くす。


 彼女の前には、レシュトロの執務机。そして、その上に広げられた多くの資料の中で、先ほどまでレシュトロが目を通していたもの。

 そこに見知った名前を見つけ、彼女の視線は釘付けになっていた。


 青ざめたような顔で、口を半開きにしたまま、彼女は自分の唇が震えている事に気づかない。


 そして、その資料に記された「ラニーア」という文字を、呆然と見つめていた。




「ベイツ様! お戻りですか」

 地下への入り口を守る警備に対し、ベイツは人好きのする笑顔で応じつつ、自身の口に人差し指を当てる。


「実は、極秘の任務中なんだ。悪いけど、俺が通ったことは内密に頼むよ。レシュトロ様も含めてね。……これは、大導主様直々の御指示なんだ」


 地下へ降り、真っ直ぐに四番倉庫へと向かうベイツ。

「さてと、噂の彼とようやく会えるね。無事だと良いんだけど……」


 先程とは違い、無表情で人気のない廊下を手に持った明かりで照らしながら進む。


 お目当ての倉庫に入ると、彼は入口の大きな開き戸を閉め、それからおもむろに足元に鈴を置いた。それは、誰かがこの倉庫の扉を開ければ、ぶつかり、弾き飛ばされる位置。


 そして更に進んだ、倉庫の奥。その隅にある分厚い鉄扉の前に立ち、鍵を差し込んで解錠しながら、彼は酷薄そうな笑顔を浮かべた。

「こんなものが神聖な神殿の地下にあるなんて、誰も思わないよね。

 ああ……暗いなぁ。怖いなぁ」


 静かに開けようとする努力もむなしく、まるで金切り声のような金属音を響かせながら開く重い鉄扉。

 地下牢への階段が姿を現し、僅かに空気が動いたのだろう。手燭の灯が不意に揺らぎ、彼の顔を照らすその光も波打つように揺れた。


 暗闇の中へと続くその下り階段の先を見つめながら、ベイツは唇を捻じ曲げる。

「許せないよなぁ。あぁ、……裁きが、必要だ。そうだろう?」


 そう呟く彼のその瞳の奥には、得も言われぬ薄暗い感情が鈍い光を放っていた。



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