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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第11章 霧の森:虚構の果て
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第70話 守るべきもの



 俺が振り抜いた剣が敵を斬り裂き、また一歩前に進むと、霧の向こうに黒マントの男がこちらを見つめながら微笑んでいるのが見えた。


 苛立ちながらも、ユオーミの姿を確認しようとして、さらに一歩進み、目を凝らした俺は思わず足を止める。


 その視線の先、黒マント男の足元に、血だらけのユオーミが横たわっていた。


「あ……ぁ……」


 目の前の光景を受け入れられない。

 顔から一気に血の気が引き、膝が震える。

 やけに心臓の音がうるさく、一方で耳鳴りが酷かった。


 また俺は、救えなかった……

 一瞬、アガナタの顔が脳裏に浮かんだ。


 お、俺は……


 胸元から強烈な不快感が込み上げ、吐きそうになりながらも反射的にそれを飲み込んだ。


 喉が焼けたようにヒリつき、耳鳴りがさらに大きくなる。

 頭が締め付けられるように痛み、その痛みが加速度的に強くなってゆく。



 唐突に、視界が真っ白になった。


 光の洪水に飲みこまれ、ただ、呆然とする。

 白い世界の向こうに、僅かに誰かのシルエットが見えた。


 それは、ベッドの上で上半身を起こし、こちらを見つめる母の姿。

 彼女が、こちらに気づいたように振り向き、僅かに微笑んだ。


 だが、強烈な耳鳴りとともに、一瞬でその影が光に飲まれて見えなくなる。


 そして、別の場所に浮かび上がる影。


 それは、ラニーアの墓前に立ち尽くすアガナタの横姿。

 彼が、ふいにこちらを向いた。


 その瞳から涙を流し、けれど、顔を歪めて挑むような、睨むような視線をこちらに向ける。

 歯を食いしばり、必死に耐えるように、体を小刻みに震えさせながら、こちらを見つめている。


「アアアアァァァァァァ!!」


 俺はあらん限りの声を振り絞って吠える。

 光を切り裂き、夜の霧の森に帰ってくる。


 目の奥に痺れるような痛みが走り、両の瞳から勝手に涙が溢れ出した。


「貴様アアアァァァ!!」


 クソみたいな感傷を投げ捨てて、あらゆる最悪の未来に目もくれず、俺は、自分の膝を殴りつける。

 足の震えが止まり、まるで、唐突に血が巡り始めたかのように、体中が感覚を取り戻す。


 ――結果を、考えるな! 俺には、まだやることがある。


 友が命懸けで守ろうとした彼女を、守れなかった自分。だが、折れるわけにはいかない。罰なら後でいくらでも受けよう。今は、自分の無力さを呪う時間すら惜しい。


 今すぐに、仇を討つ。


 悲鳴を上げ、激しく軋む心を意志の力でねじ伏せ、今、この瞬間に全てを賭ける。


 そして俺は、渾身の力で地面を蹴り、その男に向かって駆けだした。




 ヴァスローは、半面越しでも分かるほど顔を歪ませたオッドーが自分目掛けて猛然と突っ込んでくるのを見て目を見開き、唐突に笑い声を上げた。


 鬼神を呼び込む新たな可能性を手に入れ、そして更に先日のリベンジの相手が小細工無しに向かってくるという、この状況。ヴァスローは全く想定していなかったが、全てが思うように運び、笑いが止まらない。


「ウオオオオォォォォ!!」


 オッドーが、その体躯からは信じられない速度でヴァスローに迫り、突進の勢いのままの横殴りの一撃が放たれた。


 目を見開き、笑った口のまま歯を食いしばってそれを受けたヴァスローは、凄まじい金属音とともに、小石のように後ろに吹き飛んだ。


 瞬時に後方に飛んで衝撃を逃がしたにも関わらず、さらに激しく後方に吹き飛ばされてバランスを崩したヴァスローは、背中から地面に叩きつけられながらも、その勢いを使って後転を繰り返して力を逃がし、最後は四つん這いで手足を滑らせながらようやく停止した。


 咄嗟に睨みつけた、霧の中に微かに見えたオッドーは、屈み込んで巫女を介抱しているようだった。


 ヴァスローは口に入った土を吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がると、手の痺れと、打ち付けた背中の痛みを感じながら、満足そうに微笑む。


「とんでもない怪力だね。いやぁ、素晴らしい。まともに力で撃ち合ったら潰されるよ、これは」


 笑いながらも、剣を地面に突き立て、両手を振りながら痺れが治まるのを待つヴァスロー。


 やがて、後ろから追いついてきた守護神官たちと共にユオーミの無事を確認したオッドーがゆっくりと立ち上がり、ヴァスローを睨みつけた。


「ヴァスローだ」


 相手に聞こえるように、大きな声でオッドーに自分の名前を告げる。


「俺の名前は、ヴァスロー。お前も名を名乗れ。覚えておいてやろう」


 だが、オッドーは答えない。


「わざわざ巫女を殺さないでおいてやったんだ。名前くらいいいだろう?」

 呆れたように、けれど愉快そうに言うヴァスロー。


 沈黙の後、苛立ちを込めた返事が返ってくる。

「……オッドーだ」


 ヴァスローはその答えに満足し、蛇のような顔で笑った。

「よし、覚えたぞオッドー。これから、お前を殺す」


 その言葉が合図であったかのように、二人は互いに向けて突撃する。


 咆哮を上げながら向かってくるオッドーに対して、ヴァスローは的確に彼我の距離を把握し、リーチの外から強烈な突きを放った。


 体の中心に向けて放たれたその突きは、しかし辛うじて弾かれオッドーの肩を掠めるに留まる。ヴァスローは追撃を放つため咄嗟に細身剣を引き戻したが、オッドーが勢いを殺さずに、彼の剣に自分の剣を合わせたまま突っ込んできた。


「!!」

「ウオオオオオォォォォォ!!」


 剣の柄を握った両手が真っ直ぐに突き出され、それがヴァスローの顔面に直撃した。

 馬鹿力のその一撃に、一瞬意識が飛びそうになりながらも、咄嗟にオッドーの腹を蹴りつけ、相手の勢いを殺すと共に、その力で後方に飛び退いて距離を取った。


 再び睨みあう両者。


 ヴァスローは、手の平で鼻をこすり、そこに付いた血を見つめて唇をゆがめる。


「無茶苦茶やるなぁ、君。でも、泥臭いのは嫌いじゃないよ。要は、勝てばいいんだからなァ! ……面白くなってきたぜぇ!」


 興奮したように叫びながら、一気に間合いを詰める。


 狂気を帯びたその様相とは裏腹に、ヴァスローは冷静に状況を分析する。


(コイツに助走を付けさせると、突きを弾いたまま突っ込んできてこっちが吹っ飛ばされる。だから、助走を封じる!)


 負けじと突っ込んでくるオッドーに対し、突きを放つと思わせてからの、下段からの斬り上げを放つ。その一振りは、不意を突かれて一瞬反応が遅れつつも、手首を使って体の前に構えた剣を斬り下げたオッドーに防がれた。だが、無理に下方へと斬り付けたオッドー自らの剣を妨げとして、彼の足を止めることに成功する。


「ハァッ!」


 ヴァスローは再び怪しく微笑み、連続で突きを繰り出し、立ち止まりって反撃できないオッドーを苛烈に攻め立てた。


 急所を守りつつも、あっという間に傷だらけになったオッドーは、堪らず後ずさるが、たまたまそこに倒れていた死体に足を取られる。そこに放たれるヴァスローの突き。辛うじてそれを受け流すも、バランスを崩して後ろに倒れ、尻餅をついた。


 絶望的状況に、目を見開き、歯を食いしばるオッドー。


「終わりだね。人の最期は、いつだってあっけないもんだよ」


 微笑みを絶やさず、ヴァスローが突きを繰り出すために、利き手である左手に握った細身剣を後ろに引いて構えた。


「顔面を殴られたのは正直驚いた。素晴らしい適応力だ。だが、俺の方が強かった。それだけさ」


 オッドーは顔を歪めて剣を構えるが、地面に座り込んだ状態では相手の攻撃を躱すことも、力を入れて弾くことも叶わない。それでも咄嗟に、倒れていた男の者であろう剣を掴み、相手に投げつける。


「無駄だ!」


 空いている右腕で飛んできた剣を払い、そこから血が出るのも厭わず、ヴァスローは左手で渾身の突きを放った。


「!!」


 その刹那、霧を切り裂いて左から二本のナイフが飛来し、ヴァスローの左腕と頬を掠めると、そのまま反対側の霧の中に姿を消した。意識をそちらにとられたヴァスローの突きは軌道が逸れ、身を捩ってそれを躱したオッドーが転がりながら距離を取り、再び起き上がる。


「誰だ! 邪魔すんのはァ!!」


 苛立ちを露にしたヴァスローの前に、霧の中から姿を現したのは、ニアティだった。

 彼女は、両腰に差した細身の剣を同時に鞘から抜き放つ。


「誰が強いだなどと、下らんことに興味は無いが、巫女様に武器を向けた貴様らは万死に値する」

 彼女の顔は、怒りに歪んでいた。鋭く相手を睨みながら間合いを図る。


 ヴァスローは片眉を上げながら、詰まらなそうに溜息を吐いた。

「双剣使いなど、見せかけだけの剣技で俺に敵うとでも? ……お前、不愉快だ」



 左右の手にそれぞれ細身の剣を握り、それらを自在に繰り出す双剣使い。

 それは、見た目の華やかさとは裏腹に、非常に難易度が高く、往々にして一本剣の使い手に勝つことすら覚束ない剣術だ。


 右と左で異なる剣筋を操るその技術は繊細さを要求し、技量次第では一本剣にも劣る。さらに、命の遣り取りという極限状態においては尚更その剣さばきは困難を極め、下手をすれば自らを傷つける。二本あれば一本より勝るなど、まさに子供の発想と一笑に付される代物だ。


 ニアティは、朧の指揮官として剣の鍛錬に励んだが、そこで理解したのは、自分の剣の腕が凡庸だということだった。

 だが、もとより自分に剣の才能があるなどと思っていなかった彼女は、落胆するでもなく、ただ、レシュトロの役に立つために何ができるか考えた。


 元来、彼女は手先が非常に器用で両利きだった。それを活かす方法として考えたのが双剣使いと、両手によるナイフの投擲だ。


 力や技に特筆するものが無くても、手数でそれを補う。

 それらは彼女の器用さと非常に相性が良く、根気強い鍛錬の果てに、彼女はその技術を自分のものとすることに成功する。


 結果、一本ずつの剣は大したことが無くても、同時に二本を操る彼女の剣技は並みの守護神官を上回り、また、その投擲技術は正確無比で、投げナイフの届く範囲であれば弓が無くとも鳥すら狩ることができるほどにまでなっていた。



 不意に風が吹き、二人のマントを揺らす。


 自分を正面に見据え、全く動じないニアティにヴァスローが癇癪を起した。


「お前ごときが俺に勝てるかよ!」

「詰まらんことを言う男だ。戦闘は目的達成の手段に過ぎない。どちらが勝つか、ではない。勝てる状況を作り出し、それから仕掛けるだけ。……分かるか?」


「ああん? ごちゃごちゃと……」

「分かりやすく言ってやろう。つまり、もう勝負はついているということだ」


「うるせぇぇぇぇぇ!!」

 痺れを切らしたヴァスローが瞬く間にでニアティとの間合いを詰め、神速の突きを放つ。咄嗟に反応したニアティは、下から右手の剣を叩きつけてその軌道を反らすが、その突きのあまりの重さに剣が弾け飛んだ。


 中途半端に跳ね上がった突きはニアティの顔に迫り、ギリギリで首をひねったニアティの耳を掠めた。即座に追撃を放とうとするヴァスローだったが、今度は自分の鼻先にニアティの突きが迫っているのに気づいて体を捩ってそれを躱す。体勢が崩れたために二発目を放てなかったヴァスローの視界の端に飛び込んで来たのは、オッドーだった。


「!!」


 迷わず姿勢を這いつくばるほど低くしてオッドーの横殴りの一閃をくぐると、両手足の力で後方に飛び退いて距離を取るヴァスロー。


 息を切らしながらゆっくりと立ち上がる彼の前に、オッドーとニアティが立ちはだかった。

 オッドーは剣を右上段に構え、ニアティは左手に細身剣、右手にナイフを構えていた。


 ヴァスローは渋い表情で二人を見た後、大きくため息をつく。

(二人相手に、連撃は不可能。そんなことをすればこちらがやられる。何か……)


 不意にニアティがナイフを振りかぶり、ヴァスローがそれに反応して剣先をそちらに向けると、オッドーが突進してきた。


 慌てて突きでオッドーを迎え撃とうとすると、ナイフが右腕に突き立つ。そこに放たれるオッドーの強力な袈裟切りに、顔を歪め、両手で支えた剣でその一撃を受け止める。


 まともに打ち合えば潰されかねないその一撃に上手く剣を合わせて力の流れを逸らし、辛うじてその一撃を躱すヴァスロー。肉薄したオッドーの膝を蹴りつけて自ら後方に飛び退いて距離を取ると、目を見開いて吐き捨てた。


「二人同時は分が悪い。これ以上は無意味だ。……だが、成果はあった。それで我慢するとしよう」

 そう言ってゆっくりと後方の霧へと下がるヴァスロー。


「逃がすかよ!」

 オッドーが追い縋ろうとするが、ヴァスローは自分の腕から引き抜いたナイフを投げつけ、その隙に霧に中に姿を消した。


「くそっ!」

 オッドーは毒づき、それから、ふと目の前のニアティに目を止める。


「いや、助かった。危ないところを……」


 そして、それが先日王都を目指した疾走の中で交戦した者達の指揮官だと思い至り、即座に剣を構えた。


「お前は!!」


 ニアティは自分を警戒する彼を一瞥すると、軽く嘆息しながらもはっきりと告げる。

「……守護主神官オッドー。残党を一掃するぞ。巫女様を守るんだ」


 そして彼女は、腰の袋から、静かな湖面と月の光をモチーフとした紋章板を取り出し、オッドーに見えるように突き出す。

 驚いた表情のオッドーに向けられたその紋章板は、血のように赤い色をしていた。




 やがて吹き始めた風が次第に霧を薄めて行く。

 こうなると指揮者を失った刺客たちは悲惨なものだった。


 ある者はニアティの二本の剣に翻弄されて斬り裂かれ、あるものはオッドーの一撃をまともに受けて吹き飛ばされた。


 彼ら率いる朧と守護神官により、霧の森で行われた襲撃は失敗に終わり、霧の晴れた湖畔には襲撃者の死体があちらこちらに転がっていた。




 巫女のテントから少し離れた森の中で、ニアティは部下たちが保護していた守護神官と奉献の徒の世話人たちと対面し、座り込む彼らに対して淡々と告げる。


「さて、お前たちは巫女様の元に戻ってよい。守護神官たちもそこにいる。安心しろ、既に敵は排除した。我々は教団の応援だ。怪しい者ではない」


 互いに顔を見合わせ、怯えた様子を見せながらも、世話人たちは礼を言い、朧たちの横を通ってユオーミの元へと向かう。

 そして、それに続く管理神官。


「お前はちょっと待て」


 そう言い、ニアティは通り過ぎかけた管理神官のフードを掴んでそのまま引き倒した。


「うわっ! わ、私は奉献の徒の管理神官だぞ! こ、こんな乱暴を……」

 地面に転がり、仰向けで両手をつきながらニアティを見上げて顔を強張らせる管理神官。


 管理神官の大声に驚いて振り返った世話人たちを手で追い払い、ニアティは片方の細身剣を鞘から抜くと、無言で男の首目掛けて突きを放った。


「あっ……!」


 驚愕の表情で固まる男の首の脇を掠め、地面を抉ったその一閃。ニアティは僅かに剣を傾け、男の首筋にその剣の腹を押し当てる。


 その冷え切った抜き身の剣の冷たさに、青い顔をしたまま管理神官が身震いする。そして、震えながらも何とか声を絞り出した。

「わ、わ、私は、管理神官だぞ……。こんなことをして、ただで済むと思っているのか!」


 ニアティは冷たい目で男を見下ろしながら、空いている手で赤い紋章板を取り出し、片手で弄ぶ。


「これでも何か文句があるのか、管理神官殿?」

「あ、ぁ……」


 赤い紋章板。朧及び奉献の徒に対する絶対権力の象徴たるこの板は、朧の長、レシュトロから重要任務の伝達とともに貸与される。だが、ただ二人、レシュトロから全面的な信頼を受け、常に携帯を認められた者がいる。ニアティは、そのうちの一人だった。



「奉献の徒の管理神官たるお前が、狼藉者を前に巫女様を捨てて逃げ出した? どんな冗談だ。お前の信奉する神は、そういう冗談が好きなのか?」


 言葉を発することができないその男を黙って見つめるニアティ。けれど、何の返事もないことが分かると、ニアティはその剣を男の首とは反対側に大ぶりに振り上げた。


 抉られた土が巻き上がり、咄嗟に目を瞑った男の上にそれが降りかかる。


 剣を一振りして土を払い、静かに鞘に納めたニアティは、未だに目を瞑っている男の胸元に、自分の胸元の鞘から取り出したナイフを抜き身でほおった。


 突然胸に当たった衝撃にビクリと体を震わせて目を開けた管理神官は、ナイフを見て驚き、口を開いたまま青い顔でニアティの顔とそれを交互に見つめる。


「どうすればよいか、自分で考えろ」


 暫く無言で見つめ合った後、管理神官の半面の下から一筋の涙が流れた。

「おお、神よ! わた、私は……。私は、守れませんでした。恐怖に屈し、私は……に、逃げ出してしまいました!」


 両の目から涙を流ししながら唇を噛む男の様子を見つめ、ニアティは眉間に皺を寄せる。


 男は、震える手をナイフに伸ばす。

「こ、これが、わた、私の信仰だった……」


 ナイフから顔を反らし、けれど横目でそれを必死に凝視しながら、ようやく男がナイフの柄を掴んだ。その瞬間、ニアティは汗に濡れた男の顔面を靴底で軽く蹴りつける。


 仮面の上から蹴られて短い悲鳴を上げ、そのまま倒れ込んだその男に、ニアティは諭すように言った。


「もういい。……だが、忘れるな。貴様の命は巫女様の盾として存在している。成すべきことを成さずして、偉そうな口を利くな。規則そのものは神でも何でもない。お前は何を成すのか、何を守るのか。自分の頭で考えろ!


 以後、聖都までの間、巫女様はもとより守護主神官や守護神官にも逆らうな。彼らの方がお前よりも信心深いのは比べるべくもない。次、過ちを犯せばお前を斬る。


 巫女様に支えられた、この平和の恩恵を貪りながらそれと気づかぬ愚か者よ。規則を覚えるよりも、その身にもたらされた祝福の数々を知り、それに応えることこそ信心だと知れ!」


 そして、自分のナイフを乱暴に男の胸元から回収すると、男の横を通り過ぎ、そのまま森の奥へと歩き出す。


(お前が感傷に引きずられるからこんなことになったんだ……アガナタ! 馬鹿者が!)


「お前たち、引き上げるぞ!」


 部下にそう命じると、朧が一斉に彼女に従う。


 彼らの去った後には、仰向けに倒れたまま涙を流し、呆然と空を見上げる管理神官だけが残されていた。


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