第68話 黒い暴風
「オオオォォォォォォ!!」
叫びながら、オッドーはまた一人敵を斬り捨てる。
彼が咆哮し、かつての動きを取り戻したことで、守護神官たちもまるで息を吹き返したかのように動きが安定し、その瞳に再び闘志が宿る。
崩壊寸前だった巫女のテントを囲む防衛線は、各自の連携により危機を免れ、何とか維持できるまで持ち直した。
(霧で敵の全容は見えないが、逆に奴らもこちらの状況が完全に把握できていない。このまま各個撃破していけば、守り切れる!)
振り下ろされた敵の剣を受け止め、その状態のまま相手のど真ん中に強烈な蹴りを叩き込むと、声にならない呻き声を上げて男が後ろに吹っ飛び、さらに後ろから来た味方に激突して二人とも倒れ込んだ。
間を置かず、オッドーの左右から同時に敵が飛び掛かってくる。
即座に反応したオッドーが、自らの剣を大ぶりに左から真横に薙ぐと、その重い斬撃が二人を続けざまに襲い、激しい金属音を響かせる。
何とか強烈な一撃を防いだものの、余りの衝撃に腕が痺れ、顔をしかめて思わず動きを止めた二人。その隙を逃さず、オッドーは先ほどの剣筋を維持したまま体を一回転させ、再び二人目掛けて一閃した。
悲鳴を上げて倒れる二人を無視し、再び正面に向けて叫ぶオッドー。
「今度は二人やったぞ! 次来いやァァァァ!!」
薄い霧の中、響き渡るオッドーの声。先程から襲い来る敵を次々と倒してゆく様子を伝えるその声は、味方を鼓舞すると共に、刺客たちの士気を削いでゆく。
奉献の徒の守護神官はたったの五人。その情報を元に手柄を求めて突進してきていた刺客たちの歩みが、次第に鈍くなる。
次々と味方がやられているのにもかかわらず、聞こえてくる声の主は相変わらず健在だ。
嫌でも強敵がいることが伝わり、元より寄せ集めの傭兵崩れが中心の彼らに動揺が広がる。
「どうした! もうおしまいかァ!?」
ぶつけられる挑発にもかかわらず、霧の中にぼんやり浮かぶ影たちは突撃を戸惑い、遂にはその場で足を止めた。
(……さて、そうなると、真打登場か?)
「ホント使えねぇ」
そう声が響いたかと思うと、オッドーの正面で剣を構えたまま佇んでいた影が唐突に突っ込んできた。だが、その男の顔は驚きに歪み、倒れていた味方につまずくと頭から倒れ込んでくる。
オッドーが迷わずその顔面に蹴りを放って男を吹き飛ばすと、元々男が立っていた場所、その霧の中から誰かの片足が突き出されており、その靴底がはっきりと見えた。
どうやら、先ほどの男はこの足に蹴り飛ばされて突っ込んできたようだ。
「久しぶりだねぇ。君が無事で、また会えて嬉しいよ」
足を下ろしながら霧の中から姿を現した長髪、黒マントの男、ヴァスローはそう言ってオッドーに微笑んで見せた。
忘れることのできないその顔を見つめながら、オッドーは唾を飲み込み、それから笑いかけた。
「こっちは別段嬉しくねぇけどなァ!」
ヴァスローは目を細め、オッドーと、その向こうにぼんやりと見えるテントを見つめる。
一方のオッドーは、そっと息を吐きだしながら、ヴァスローの目の動きを見た後、そっと二人の間の地面に目をやる。そこには、先ほどまでにオッドーが斬り伏せた刺客たちが転がっている。
(奴の突きは強烈で、避けるべきは連撃だ。まともに打ち合えばじりじりと削られる。なら、自慢の突きを封じてやれば良い……)
オッドーと正対しながら、ゆっくりと横に移動するヴァスロー。自身とヴァスローの間に、必ず倒れた敵を挟み込むような立ち位置を維持するオッドー。
(強力な突きには、強力な踏み込みが必要になる。だが、足元に人間が転がっていたらどうかな?)
ヴァスローの動きに対応しながら、相手との距離を意識してその踏み込み位置に障害が来るように調整する。相手が前に出れば引き、下がれば横に逃げる。
「……」
ヴァスローはオッドーの意図に気づくと、笑顔を消して唇を歪めた。
「君って、こんな小細工をする奴だったんだ? 見苦しいことをしてあんまり俺をがっかりさせないでくれよ。せっかく見逃してあげたのに、これじゃ意味がないじゃないか」
眉根を寄せ、忌々しそうに吐き捨てるヴァスローに対して、オッドーは笑いかけた。
「んん? 思い通りにいかなくてご不満か? それとも、全て自分の思い通りにお膳立てしてもらわねぇと、怖くて戦えないってか?」
男が目を見開き強引に突きを放った。だがそれは、足元の障害物を避け、本来の踏み込み位置をずらした一撃だ。
それでも強烈な突きはオッドーの喉元目掛けて一瞬で迫る。オッドーは予想されたその軌跡をすんでの所で弾くと、即座に反撃に転じる。
本来なら既に繰り出されている筈の敵の二撃目は、無理な踏み込みが災いしてまだ放たれない。返した手首で横に薙ぎ払ったオッドーの一撃を、ヴァスローは細身剣で受け止めると同時に後方に飛び退いた。
(連撃を封じた!)
「オマエェェ!」
苛立つヴァスローに対し、オッドーは確かな手ごたえを感じて息を吐く。
ヴァスローは歯ぎしりをしながらオッドーを睨んでいたが、ふと微笑みを浮かべると唐突に横に走り出した。
一歩遅れてオッドーも並走するが、ヴァスローの意図を察知して足を止める。
(奴は仲間の倒れていない、足場の良い空間を求めている。そんなものに付き合ってやる筋合いはないな。奴の狙いはこの俺だ。こっちに有利な場所で戦ってやる!)
そんなオッドーを横目でちらりと見ながらも、ヴァスローは止まらずに走り、進路を別の刺客と戦っている管理神官に向けた。
「まずい!」
不利と見るやあっさりと自分に見切りを付けたヴァスローの行動に驚き、オッドーが慌てて追い縋る。
だが、オッドーが追い付くよりも先に、ヴァスローは斬り合いをしていた管理神官の背後に迫り、その背中を蹴り飛ばした。
唐突に背後から衝撃を受け、悲鳴を上げてそのまま敵に倒れ込む管理神官を尻目に、ヴァスローは蹴った反動で一気に進路を反転させて体を捩じり、追走してきたオッドーの正面へと突っ込んだ。
「!!」
微笑みとともに撃ち込まれたヴァスローの強力な突き。オッドーは進行方向から放たれたその鋭い一撃を反射的に弾くが、肩を斬り裂かれる。勢いを保ったまま、けれどバランスを崩したオッドーは、ヴァスローとすれ違いざま咄嗟に前転して転倒を防ぐも、勢いを殺しきれず、二回転した後にようやく止まり、慌てて剣を構えながら後ろを振り返った。
だが、その目に映ったのは、追撃として目の前に迫る細身剣ではなく、少し離れた位置にある巫女のテントを斬り裂くヴァスローの後ろ姿だった。
あっさりと引き裂かれたテントから、横たわるユオーミの姿が現れる。
「貴様ァァァ!!」
ヴァスローは、激高して突撃しようとするオッドーを横目で睨むと、自分の剣をユオーミの頭の横に突き立て、勝ち誇ったように声を上げる。
「動くなよ。大事な巫女様が大変なことになるぞ。
……君が悪いんだ。小賢しい真似をするからね」
ユオーミを人質に取られたオッドーは、歯ぎしりをして鬼の形相で怒鳴った。
「お前の相手は俺だ! 小細工無しでやるから巫女様を離せ!!」
ヴァスローは微笑みながらオッドーを見つめ、考える。
(よく考えれば、つまらん策を講じる守護主神官を追い回すよりも、先に巫女を殺す方が良いな。鬼神を呼び込むきっかけになるし、守護主神官も怒ってこっちを追いかけてくるはず。……うん、凄くいいね!)
「ヴァスロー、でかしたぞ! お前ら、敵の連携が崩れた。今の内に神官どもを殺せ!」
刺客のリーダーが叫ぶと、一瞬の間の後、刺客たちが再び動き出した。
管理神官は何が何だか分からず、体を起こそうともがく。
謎の敵と斬り合っていたら、突然背中に衝撃を受けて前のめりに倒れた彼は、必死で手を突こうとするが、不自然に盛り上がった地面に手を取られ、それが滑って再び倒れ込んだ。
そして、むせ返るような血の匂いに慌て、何とか膝を突いたまま上体を起こすと、地面だと思っていたものは先ほどまで対峙していた敵であり、その体の真ん中に自分の剣が突き立っているのに気が付く。
どうやら、倒れ込んだ際にそうなったようだった。
血だまりで物言わぬその男の顔を見てうすら寒いものを感じ、彼は慌てて立ち上がる。
辺りを見渡すと、薄い霧の中、無数の影が蠢き、守護神官たちが必死で応戦していた。
「どうして、こうなった……」
幸運に恵まれ、途中交代とは言え管理神官の座を手に入れた。
今までの苦労が報われる思いだった。
だが、蓋を開けて見れば奉献の徒は彼の言うことを聞かず、むしろ疎まれている雰囲気さえあった。それでも、何とか立て直し、速やかに聖都を目指そうとした矢先に、今度は巫女が倒れた。
――私は、悪くない
前任の管理神官が巫女の体調管理を疎かにしたばかりに、と彼はそんな苛立ちを覚えつつも仕方なく野営をすることとした。守護主神官は町まで戻ることを強硬に主張したが、旅の遅延を解消すべきこの状況で、彼は、後ろに戻るのだけはどうしても認められなかった。
そして今、奉献の徒は謎の集団の夜襲を受け、混戦状態に陥っている。
彼らは、恐らく巫女様の命を狙っている。平和の象徴たる巫女の命が狙われているという、理解不能なこの状況。
――これは、夢ではないのか?
混乱する頭の中でそう呟きながらも、血に染まった両手が、否応なくこれが現実だと突きつける。
初めての命の遣り取りにむせ返るほどの圧迫感を覚え、額から流れる汗をぬぐうことも忘れて、必死で空気を求める。心臓はまるで自分のものではないかのように狂ったように脈を打ち、膝が痙攣して思わず彼はふらついた。
こんな時、どうすべきだったか。彼は必死で規則を思い出そうとする。何だか酷く愚かなことをしているような自分に気づきつつも、今の自分の拠り所はそこにしかないと感じ、泣きそうになるのを堪えながら唇を噛んだ。
ブツブツと何ごとか呟きながら、ふと周りに視線をやると、斬り裂かれたテントとそこに横たわる巫女が、そしてその隣に剣を巫女の頭のすぐ横に突き立てて立つ男が見えた。
その冒涜的な光景を前に、恐怖に怒りが勝る。
管理神官は咄嗟に、死体に突き立った自分の剣を勢いよく引き抜いた。だが、血で手が滑り、剣は引き抜いた勢いのままあらぬ方向へと飛んで行く。
そしてそれは、一人の男の足元に落ち、管理神官と目の合ったその男は、残忍そうに微笑んだ。
迫る敵に、個別に取り囲まれるのを避けながら、守護神官たちは自然と集まり、互いの背中を合わせて武器を外に向ける。
だが、敵の包囲網が完成する前に管理神官が奇声を発しながら走り出した。
驚く守護神官や刺客たちを他所に、管理神官はあっという間に霧の中にその姿を消し、後はただ、奇妙な叫び声が遠ざかっていった。
「え? ……逃げた!?」
呆然としている間にすっかり敵に取り囲まれてしまい、巫女を人質に取られて戸惑いながらも、ただ斬られるわけにもいかず、彼らは控えめに反撃する。
リーダーは勢いづいてさらに叫ぶ。
「ちっ、一人逃したがまぁいい。おい神官ども! 抵抗すると巫女の命は無いぞ。武器を捨てろ!
ヴァスロー、見せしめに巫女の耳を斬り落としてやれ!」
命令されたヴァスローは露骨に嫌な顔をして答える。
「嫌だよ。そんなことしたら、お前ら守護主神官を殺しちゃうだろ? それじゃ意味がない。」
そして、オッドーに向けて大声を張り上げた。
「おい主神官! 巫女は人質じゃない。さっさとそこの雑魚どもを片付けてここまで来い! 早くしないとどうなっても知らないぞ!」
「は?」
ヴァスローは呆気にとられる敵味方を無視して視線を巫女に移すと、片膝を突いてその顔を確認する。
巫女と思われる少女が、額に濡れた布を乗せ、目を瞑ったまま赤い顔を苦しそうに歪めていた。
(ははぁ、なるほど。具合が悪いのか。だからこんな所で野営をしていたと)
彼はそんなユオーミの様子をじっくりと観察し、その命運を握ったことに満足して微笑みを深くする。
「これが生贄の巫女……。何というか、普通の人間みたいだね」
「おいヴァスロー! ふざけるなよ!」
駆け寄ってきたリーダーをチラリと横目で見たヴァスローは急に能面のように表情を消し、地面に突き立てた剣の柄を右手で握って屈んだまま、体を捩って左後方に立ったリーダーに鋭い蹴りを放った。
その蹴りは綺麗にリーダーの男の顎を捕らえ、脳震盪を起こした男はそのまま後ろに倒れ、気絶して動かなくなる。
そこにいた誰もが、目の前で起きた事態に戸惑い、動きを止める。一瞬にして場が静まり返り、まるで、時が止まったと錯覚するようだった。
ふと我に返り、オッドーが叫ぶ。
「巫女様を取り戻せ!!」
どうやら本当に人質扱いではないと判断した守護神官たちが、死に物狂いで攻勢に出た。
リーダーが味方のはずのヴァスローにのされ、てっきり抵抗されないと思っていた神官たちが一転猛攻に出たため、刺客たちは混乱状態に陥る。
ヴァスローを止めるべきか、それとも奉献の徒との戦闘を継続するべきなのか……。
各自が身の振り方に思いを巡らせて固まっていたが、果敢に向かってくる奉献の徒に対して慌てて応戦する。
数で勝るものの、士気の下がった敵を技量で押し返す守護神官たち。しかし、互いに背中を守りながら進み、味方同士の距離が開くとすぐに敵が背後に回り込もうとするため、思うように進めない。
(だが、止まる訳にはいかない!!)
目を血走らせ、歯を剥き出し、力任せの一撃で敵を吹き飛ばしながら進むオッドー。ユオーミまでの僅かな距離が、絶望的な遠さに感じられ眩暈すら覚える。
彼は、折れそうになる自分の心と味方を鼓舞する為、あらん限りの力で叫び声を上げた。
「ウオオオオオオォォォ!! 進めェェェ!」
ユオーミは、急に冷たい風が顔に当たり、ふと目を覚ました。
酷い寒気に、思わず身震いして毛布を握りしめる。
ぼやけた意識の中で、獣のような叫び声が聞こえた気がした。
割れる様な頭の痛みに眉間に皺を寄せながら、うっすらと開けた瞳。そこに映る、自分の顔を覗き込む黒い影。
ヴァスローは微笑んで目覚めた彼女の瞳を覗き込むが、熱にうなされる彼女に、彼の顔はぼんやりとしか見えていない。
「これは巫女様、こんばんは。寝たままでいればよかったものを。……悪いが、アンタには死んでもらうよ」
体の不調故、顔を歪めたままその言葉を聞いたユオーミは、自分を見下ろす影を虚ろな瞳で見つめ、やっとのことで言葉を絞り出した。
「……鬼神、さま?」




