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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第11章 霧の森:虚構の果て
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第67話 覚悟



「くそっ!」


 薄ぼんやりとした霧の向こうから次々と現れる刺客に応戦しながら、オッドーは舌打ちする。


 手元も見えないような深い霧ではないが、遠くが見通せないこの状況。ユオーミの安全のため、少しでも巫女のテントから離れた場所で敵を迎え撃ちたい彼からすれば、苛立たしい限りだった。


 テントから離れすぎれば、逆にそれが見えなくなり彼女の安全を確保できなくなる。

 ユオーミは発熱のため動けない。仮に動けたとしても、この霧だ。逃げた先に敵が待ち構えている危険があった。


 敵の規模が全く分からず、終わりの見えない戦いに引きずりこまれたような感覚に、オッドーは焦燥感に駆られる。


(どうすればいい!? 何が正解なんだ……?)


 巫女を連れて逃げるべきか、このままここを死守するべきか。


 この視界の悪さの中、敵は恐らく焚火の灯りを目指して向かってきている。では、焚火を消すのが正解か? ユオーミが動けない中、星明りこそあれ、霧の漂うこの場所で焚き火を消して、彼女を守り切ることができるのだろうか?


(アイツがいれば……!)


「ど、どういうことなんだ! な、何故神に選ばれし巫女様が、襲われるのだ!? うおっ! 来るな。こっちに来るなァ!!」

 管理神官が恐怖に取り乱し、矢鱈めったら剣を振り回す。


 守護神官たちが巫女のテントを背に、囲むようにして戦っているが、この終わりの見えない戦いに、皆顔が引きつっていた。


 敵と切り結びながら、オッドーは今まで感じたことの無いプレッシャーに呼吸を乱す。

 迷う心が体の動きをぎこちなくさせ、精彩を欠いた一振りが空を切って敵に反撃の機会を与えてしまう。


 繰り出された敵の一撃を上体を大きく反らせて躱すと、飛び退いて体勢を整え、眉間に深く皺を刻んだ。

(こんなに体の軸をブレさせた戦い方では体力が持たん! クソッ、調子が……)


 飛び退いた体勢から、今度は一気に敵に突っ込み、その勢いのまま下段から相手に斬り付ける。相手は何とかそれを受けきるも、彼の重い一撃により剣を握った両手が大きく跳ね上げられ、胴ががら空きになる。


(調子が悪い? ……冗談じゃない! これは、俺の実力だ!!)


 下から振り抜いた剣でそのまま円を描いて切り下げ、皮鎧に守られた腹より下、太ももを斬り裂いた。

 だが、悲鳴を上げて崩れ落ちる敵の声とは別の叫び声が背後から上がる。


 咄嗟に振り向くと、巫女のテントの近くまで迫って剣を振り上げる敵を前に、世話人たちが叫びながら、散り散りに霧の向こうへと逃げて行く姿が見えた。


(巫女様が危ない!)


 だが、近くにいた赤の守護神官が即座に反応し、その敵とテントの間に自分の体を割り込ませた。


(巫女様は、熱にうなされたまま、まだ寝ているのだろうか? こんな状況でテントから出てきたらヤバいぞ。パニックになる……)


 オッドーは背後に気配を感じ取り、振り向きざまに剣を薙ぐ。

 激しい金属音を響かせて、敵が後ろによろけるが、そのさらに後方の霧の中から無数の影が迫っているのが見えた。


 混乱し、焦る思考はまともな答えを見出せず、彼の感覚を鈍らせてゆく。


 まるで、鉛を纏っているかのように思うように動かない体に苛立ちながら、同時に、胸が締め付けられるような圧迫感に戸惑う。


 息を切らせ、激しく汗を流しながら、オッドーは霧の中から迫りくる影を睨むでもなく、目を見開いて大きく息を吐きだすと、唇を噛んだ。




「危ねっ! おい、そっちの方にもいるぞ!」


 刺客を率いる男は、横から飛んできたナイフが頭に被ったフードを掠めたことに驚き、声を上げる。


「やつら、数は多くないがあちらこちらに潜んでやがる!」


 先程から似たような攻撃を朧から何度も受け、思う様に進めないことに苛立つ彼に、隣を歩きながらヴァスローが話しかける。


「これは、先鋒と一緒に一塊になって突っ込んでいった方が良かったね。どうやら、アンタがリーダーだと特定されて、狙われているぞ?」



 先鋒により一気に巫女を討ち取り、悠々とその現場に到着する計画だった。朧と遭遇したのは想定外だったものの、数が少ないことから計画に支障はないと判断したわけだが……


 確かに先に突っ込んでいった一団は朧を蹴散らして進んでいったが、どうも朧はそちらを足止めするのではなく、こちらの指揮者を討ち取る方針としたようだ。


(正しい判断だね。この即席の集団では、指揮者が脱落すればすぐに瓦解する)


 繰り返される待ち伏せや暗器による攻撃により、既に二名が脱落し、今彼の周りには、ヴァスロー以外には四名の護衛しかいない。


「このまま削られ続けたらやられるぞ! おい、ヴァスロー、何とかしろ!」


 ヴァスローは、隣でがなり立てる男を面倒くさそうに見やって鼻を鳴らす。

(自分一人なら問題ないが、コイツを守りながら歩くのは骨が折れるな……。足手まといだ。殺すか? ……いや、コイツが死ぬと、味方が壊走するからダメか)


「森の中では相手の方が有利だ。俺が先頭に立って道を開くから、護衛に後ろを守らせて一気に走り抜けるぞ。奴らの宿営地まで行けば開けているし、先に突っ込ませた奴らがいるから数の有利が働くはずだ」


 フードの男はヴァスローがまともな回答をしてきたのが意外で面食らったが、素直に頷いた。

「よし、頼むぞ!」


 ヴァスローは大きく息を吸い込み、一気に駆けだした。

「遅れずに付いて来な!」




 オッドーは自分の胸を締め付ける感情に戸惑う。


 まるで、十五年前のあの日、降りしきる雨の中、逃げ出してきたラニーアを前にアガナタから「お前はどうする?」と問われた時の様に、心の中は心細さで震えていた。


 この、胸を塗り潰すような不安は一体何なのか?


 勝機が見えないから?

 いや、ヌクメイの橋の上でも勝ち目がない中殿しんがりを務めたが、こんな気持ちにはならなかった。


 巫女が、彼女が危険に晒されているから?

 それこそ、この旅で巫女が危険に晒されたことなど数えきれない。それでも、いつだって自分を見失うようなことは無かった。


 確かに、奉献の徒に選ばれるまで所属していた教団の守護騎士団はぬるい組織だ。教団という絶対的な存在に牙を剥く者などいないと誰もが思い、ましてや本格的な戦争を想定した組織ではない。


 だから、このような命のやり取りに長けている訳ではないのは否定できない。

 実際、奉献の徒として旅に出てから直面する危機は、守護騎士団で過ごしてきたどの経験よりも遥かに危険なものばかりだ。


 だが、自分にはこれまで鍛え上げてきた剣技があり、それで数々の危機を乗り切ってきた自負もある。そんな自分が、今、口から心臓が飛び出そうなほど胸を締め付けられていることに戸惑いを隠せない。


 ――これは、まさか、恐怖……なのか?


 受け入れ難い思いを、頭を振って否定する。


 自分が恐れるものなど何も無い! 死すら怖くなど無いと言い切れる……。

 俺はただ、後悔したくないだけだ!


 ――後悔?


『後悔、しているのか?』


 ふと、自分に問いかけられた。


 ……そう、だな。


 父の言いつけを守って、母に会いに行かなかったことを今でも後悔している。

 勇気を出すのが遅すぎた。

 自分の頭で考えず、命令に従っていた。


 ラニーアを助けた時だってそうだ。

 一旦は彼女を避難させることに成功したが、結果は無残なものだった。

 彼女の墓の前で項垂うなだれるアガナタを見て、「自分勝手な正義感」がもたらした結果の重さと、運命を変えられなかった無力さを痛感した。


 だからこそ、運命に抗う力を欲した。誰かに振り回されるのではなく、自分の力で自分の運命をコントロールするのだと、誰よりも剣の鍛錬に励んだ。


 だが、その結果はどうだ?


 この旅で、死力を尽くしてなおユオーミを危機に晒し、結果的には辛うじてその命を繋いできた。だが、濁流に浮かぶ一枚の木の葉のように、圧倒的な力の前に、ただ翻弄されているに過ぎないのではないか。


 生きるか死ぬかは問題ではないと、そう思っていた。

 だが、一方的に蹂躙される運命を前に、後悔しないことなどできるのだろうか?


 全力を尽くしたから、みんな死んでも仕方ないなどと、どうして言うことができるのだろうか?



 ――運命は、変えられない



 そんなこと、身をもって知っていた筈だ。

 だから、それに異を唱え、立ち向かい続けた親友に憧れた。アイツなら、アガナタなら何とかしてくれると、運命をも覆すことができると、そう信じていた。


 いや、これは信頼じゃない。祈りだ。


 運命をも覆して欲しいと、そう願い、祈ったんだ。



 ――それでも、運命は変えられない



 ああ、そうだ。俺は、逃げていた。


 運命に立ち向かうのをアガナタに任せ、自分はただアイツの剣として振舞う。そうすることで、判断をアイツに委ね、自分自身が直接運命と対峙することから逃げ出していた。


 何と言うことだ。


 それこそ父の言いつけを守っていたあの頃と何も変わっていないじゃないか。


 自分の頭で考えず、命令に従っていた。

 勇気を出すのが遅すぎた。


 親友面して、アイツの隣に立っていた。

 腑抜けたアイツを叱責さえしてみせた。


 実際は、運命の前に膝を折りそうなアイツを見たくなかっただけ。何故なら、あいつを盾にしていたから。


 勝てそうもない運命を前に、自分で直接立ち向かうのではなく、友の後ろに隠れ、ただただ、まるで試合の観客の様に、特等席でアイツが希望を紡ぐ様をただ眺めていただけに過ぎなかったんだ。



 何てこった……



 後悔だけは御免だ?


 あまりに無責任なその言葉。

 何という卑怯者。


 本気で向き合って失敗し、絶望的な後悔に襲われるのが怖くて一歩引いていただけの癖に、よくも悟った気になったものだ。


 絶望を、運命を覆そうというのだ。そんな覚悟で叶うはずがない。


 全身全霊で足掻き、その身を晒して運命に挑み、仮にそれでも届かなかったとしたら気が狂う程後悔する。それこそが、運命に抗うということだろう?


 それは、運命すらも自分のものとして引き受けるということ。


 ――なんだよ、まんまアイツじゃねぇか。


 だが、そんな道を一人で歩き続けられるはずがない。


 今の、自分の望み。

 胸を張ってアイツの隣に立てるように。祈るのではなく、一緒に歩くことができるようになるために、まずはこの場を乗り切り、皆で聖都まで辿り着く。



 死ぬのは嫌だなぁ。

 後悔したくないなぁ。


 ――その為に、戦え


「ウオオオオオオオォォォォォォ!!」




 突如、夜の湖畔に響き渡る咆哮。


 大地が裂けたかのようなその叫び声に、誰もが動きを止め、思わず目を奪われる。


 その視線の先に、腹の底に闘志を燃え滾らせ、静かな、けれど触れれば斬れてしまいそうな圧倒的な殺気をまとった男が、不敵に笑って立っていた。



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