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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第11章 霧の森:虚構の果て
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第66話 再来



「何ということだ……」

 アガナタの後任の管理神官は、澄み渡る星空を仰いでため息をついた。


 ユオーミが高熱で倒れ、奉献の徒は身動きが取れなくなったため、森の中で野営せざるを得ない状況に追い込まれた。



 管理神官は何とか旅を続けようとしたが、オッドーをはじめ、世話人と守護神官が一斉に「少し無理をしてでも元の町に戻るべきだ」と反論し、実際にユオーミの容態が非常に悪かったため、彼はやむを得ず進むのを断念した。


 ただし、町に戻ることだけは絶対に認めず、次善の策としてこの場で野営することとなったのだ。


 巫女用の小さなテントの中で高熱にうなされるユオーミは意識が朦朧とし、食事もろくに摂ることができなかった。

 彼女のテントの傍で護衛につく赤の守護神官は、時々ユオーミの頭に乗せた濡らした布を取り替える。


 湖が近く、冷たい水の調達には不自由しないことは幸いだったが、その湖を見て守護主神官は険しい顔をし、夜通し火を絶やさないようにと指示をした。



 食事を終えたオッドーは、今まで感じたことのない焦燥感を胸に抱きながら、地面に腰掛け、荷物に背を預ける。そして、剣を抱えて油断なく周囲に目をやりながら、心の中で舌打ちをした。


 彼は、奉献の徒に抜擢される前、教団の守護騎士団で中隊長を務めており、野営やこの程度の人数における行軍については全く不安はなかった。


 だが、この奉献の徒は軍隊ではない。巫女や世話人という非戦闘員が半数を占め、また、騎士団と違い、他隊と連携することもできない。その状況で世界の重要人物たる巫女を護衛して聖都まで向かう。


 昨日まではそれは特別なことではなく、自らの任務を果たすのみ、という気持ちだったが、それが今では全く変わってしまい、彼自身も戸惑っていた。


 背中を預ける相棒の不在がこんなにも大きいものかと痛感し、同時にアガナタへの怒りも湧いてくる。


(彼女を置いていってどうするってんだ。お前だって、こんな終わりで良い訳ないだろうが……)


 湖面を睨みながら彼は静かにため息をつき、ボソリと呟いた。

「アイツなら、もっと上手くやったんだろうな。……無事に朝日を拝めるといいんだが」




 インクを垂らしたような暗闇の中、薄紫色のマント揺らしながら、フードを被った少女がぱたぱたと駆けてゆく。彼女の周りだけが、まるで松明でも持っているかのように、明かりに照らされ、足元の草が踏みつけられてひしゃげるのが、はっきりと見えた。


 彼女の顔は、ぽっかりと穴が開き、周りの暗闇よりも黒い、漆黒の闇がへばりついている。


「どこぉ? どこにいるのぉ? 出て、おいでぇ」


 何処か歪なその呼び声が、何かを探している。


 気付くと、少女の傍らに彼女の腰ほどの高さの木箱が明かりに照らされて見えた。


「ここかなぁ? 出て、おいでぇ」


 その手に持っていた自分の背丈ほどの金属棒で、唐突にその箱を殴ると、一瞬で木箱は砕け散り、その破片が不自然にゆっくりと飛散してゆく。

 箱の中には、血を吐いて動かないネズミが一匹転がっていた。


「ちがうねぇ」


 ふと、少し行ったところに現れる木箱。


「これかなぁ? 出て、おいでぇ」


 再び恐ろしい力で振り下ろされた金属棒でそれを粉々にすると、やはり破片は酷くゆっくりと飛び散る。その破片は、まるで鱗粉が混ざっているかのように、銀の煌めきを纏っていた。


 箱の中には、血を吐いて動かない鶏。


「コレかなぁ? 出て、オいでぇ」

 気のせいか、少女の声は少し低くなったようにも聞こえた。

 激しい音をたてて木箱が砕け、木片が輝きながら飛び散る。


 横たわる犬。


 ユオーミは、震えながら頭を抱え、目をつぶって木箱の影に隠れていた。


 少し遠くから、再び声がする。


「悪いコは、ドコかなぁ? デデ、おイでぇ」

 次第に低くなる声。少女の体も、少しずつ大きくなってゆく。


 箱を砕き、声を荒げながら、ゆっくりとユオーミの方に近づいて来る少女。


「オマエは、ドコカなァ? ナぁ? デデ、オイデェ……」


 激しい粉砕音が響き、ゆっくりと破片が飛び散る中、抉られ、巻き上げられた土だけが普通の速度で飛び散り、一部がユオーミの隠れる箱を飛び越えて彼女の目の前に落ちた。


 ユオーミは、身近で聞こえたその音に驚いて体をびくつかせ、背中が隠れている木箱にぶつかってガタリと音をたてた。


 思わず目を見開くユオーミ。

「イツまで、隠れデいるンダ、コノ卑怯者!! デデ、オイデェ。オマエェ!!」



 暗闇の中、地面をさっと炎が走った。

 顔の無い少女を中心に、円を描いて草が燃え上がり、ユオーミの目の前を走り抜けたのだ。


 不思議なことに、火柱となった炎は燃え広がることなく、ただゆらゆらと揺れ、驚きに引き攣ったユオーミの顔を照らしている。


 ユオーミは、顔の無い少女と二人、炎の縁の中に取り残された。


 少女の顔がいびつに膨らみ、僅かに浮き上がる。やがてその顔は体よりも大きくなり、膨らんだ顔に体がめり込み、やがて体が見えなくなった。


 気付くと、顔だけになったそれは大人の男の背丈ほどの大きさとなり、ケタケタと不快な笑い声をたてた。


 ユオーミは何が何だか分からず、逃げることもかなわず、ただ、体をすくめて木箱の影に隠れることしかできない。


 巨大な顔から発せられる、太く、低い声が、まるで冷気のようにユオーミに迫り、それに包まれた彼女は、余りの冷たさに顔を強張らせて身震いする。


「ウソつきなオマエが、いったいナニをオソれる?

 ウソをついて、タスけてモラッて、さぞキモチがイイだろう?

 そのせいでナカマがキズついて、ワライがトまらないだろう?

 

 アクニンのオマエガ、いったいナニをオソれる?

 オソろしいのはおマエのホウだ。カカわるニンゲン、みなフコウになる。

 

 なぁ? どうしてそれでヘイキなカオして、そこにイルんだ?

 ムカチなオマエが、ナニかをすれば、マワりでチがナガれるんダ。


 どうして、オマエは、イきていられるんだ?」


「あ、あ、ぁ……」


 ユオーミの目から止めどなく涙が溢れる。


 無価値で、無意味で、生きていても仕方がなくて、だから、棄てられて。

 でも、守られて、嘘でも私を受け止めてくれて、生きていて良いんだって、そう思った。


――思ったのが馬鹿だった。


 むいみで、むかちで、いきていてもしかたないのが、わたしだったのに。


「欲を、かいた。だから、コウなった」



 冷たさのあまり、ユオーミの体の表面に霜が這った。内側から、外側から、痛い程の冷気が迫る。

 ユオーミは、寒さのあまり激しく震え、まるで皮膚を剥かれるような痛みにじっとしていられなくなり、自分の体を抱きながら立ち上がると上半身を大きく後ろに反らせる。


 見上げた暗闇から、何かがぶら下がっているのが見えた。


 それが、四つ。見上げたユオーミは泣きながら目を見開き、歯を震わせる。


 光無き天空から垂れ下がるロープ。その先に、首を吊られた守護神官たちがぶら下がっていた。

 半面を着けた彼らの表情は見えないが、4人とも、俯いたままピクリとも動かない。


 体の内側から凄まじい寒気が走り、ユオーミが激しく震える。涙が凍りつき、皮膚を焼いた。

 上半身を反らせたまま、身動きすることすらできず、見上げた虚空。


(やめて……!)


 視線の先、漆黒の闇の中から、吊られたアガナタがゆっくりと姿を現した。

 仮面を付けたその顔は苦悶の表情のまま凍りつき、だらしなく空いた口からは血が流れていた。


 目を逸らしたくても、凍りついた体ではそれも叶わず、ただ、泣きながらそれを見せつけられる。

 そして、流した涙が、次第に体を氷で覆ってゆく。


 気付くと、宙に浮きながら背後から迫っていた巨大な顔はユオーミの上を通り過ぎ、吊られたアガナタに近づいてゆく。


 その顔の暗闇が唐突に横に割れ、口らしきものが姿を現した。


(やめ、て……!)


 大きく開いた口の中には、真っ黒な人間の腕が何十本も蠢いている。


 その顔はアガナタの背後に回り込むと、口を歪めてニヤリと笑った。そして、ユオーミに見せつけるように、アガナタを少しずつ、少しずつ食べ始めた。


「嫌! いや、イヤアアァァァァァ!!」


 絶叫したユオーミは、さらに激しく体をのけぞらせると、凍りついたその体は、鈍い音とともに中ほどで二つに折れ、その中から、小さな黒い粒が激しく噴き出し、あっという間に世界は黒に飲みこまれ、消えてなくなった。




 荷物を背もたれに、毛布を掛けてうとうととしていたオッドーは、遠くで聞こえた金属同士がぶつかる甲高い音で目を覚ました。


 浅い眠りから一瞬で覚醒し、周囲に目を走らせるが辺りは薄い霧に覆われ、遠くは見渡せない。


 巫女のテントに目をやると、変わりなくそこにあった小さなテントの近くで焚火が弱々しく揺れているのが見えた。そして、その脇に腰掛けた赤の守護神官と目が合い、頷きあう。


 湖の畔での野営。この季節、雲一つない夜空の下で予想通り霧が出ていることに苛立ちながら、オッドーは立ち上がる。


(ヌクメイでの襲撃者が諦めていないのならば、このタイミングで必ず仕掛けてくる。アイツが、来る……)


 オッドーの脳裏に一瞬、黒いマントが舞い、重く、鋭い突きが放たれ、自分が貫かれる幻想に心臓が跳ね、思わず息が止まった。


 剣の柄を握る自分の手が僅かに震えたのを感じ、彼は即座にその震えを握り潰す。

 額に冷や汗を浮かべながら、オッドーは大きく息を吐いて幻想を振り払い、腹を括った。


「全員起きろ!! 警戒態勢だ!」

 オッドーは鬼の形相でそう叫ぶと、剣を抜き放った。


(俺が、皆を守る!)




 密かに巫女のテントを目指していたグルジオ帝国の刺客達は、目標のテントに辿り着く前に、巫女を保護するため遠目に監視していた朧に発見され、交戦状態に突入した。


「数はこっちの方が有利。このまま押し切れ! 狙うは巫女だ!」


 フードを被った刺客を率いる男が吠えると、男たちが一斉に叫びながら突撃していく。


 味方が劣勢な朧を蹴散らしながら駆けてゆくのを見つめながら、フードの男は渋い顔で自分の隣に佇んでいる男に話しかけた。


「……で、お前は何で突っ込んでいかないんだ?」


 腰まで伸びた長い髪の毛を一つに纏めたその男は、微笑みを浮かべながら悪びれる様子もなく、悠々と歩いている。


「あの馬鹿どもじゃあ、巫女の護衛の、あの男を突破することはできないさ。俺、無駄なことは嫌いなんだよね。せいぜい、露払いくらいには役に立って欲しいなぁ。

 まぁ、護衛も、巫女も確実に仕留めるから安心しなよ」


 そう言って、ヴァスローは怪しく笑う。

 そして、細身剣の柄を撫でながら、舌なめずりをしてその細い目を見開いた。


(さぁ、リベンジといこうじゃないか!)



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