第1話 : 勇者一家の暗殺者
「な.....。え....?」
威厳のある風格の元勇者の父親が今、俺の目の前で目を見開き驚きのあまり口をぱくぱくさせている。こりゃ面白い。
「み、皆様!静粛に!!静粛に!!!」
俺が勇者になるための移行式は完全にパニック状態である。それもそうだろう、数千年続いた歴史が崩れそうになっていると同時に民の安全が確定ではなくなるからだ。
正直、〝勇者〟というものが存在する時点で魔王軍の幹部等は襲ってこない。それゆえに民は勇者と言う名前さえあれば安全だ。なんて慢心に浸っている。俺はそれが正直気に食わなかった。
外では戦闘職の人々が命をかえりみず魔物と戦っているのに。勇者は生まれた時から魔物や魔王と戦うのを義務付けられているのに。
絶対的強者がいて、それに民が守られるのが当たり前。そんな考えも気に食わなかった。
「あー、ゴホンゴホン。」
そのわざとらしい咳で騒いでいた国民が静かになる。冗談でした。なんて一言でも待っているのだろうか。俺は静まり返った国中の人々が集まる場所に向かってもう一度言う。
「俺は勇者職で活動はしねぇ。んなもん妹か弟にやらせろ!俺は自分で決めた職に就く!」
再度国中がざわめく。懇願する者や泣き叫ぶもの、満足そうに頷くものや、感心するもの。罵声も聞こえるし小石を投げてくる者までいる。
勝手にしろ。これは俺の人生だ。俺が俺の決めた職で魔王軍に立ち向かうんだ。勇者なんて他にやらせてろ。思えば、小さい頃からずっと勇者になれだの、訓練が足りないだの言われてきた。そんなの勝手に決めんじゃねぇよ。
「えー、って事で俺は職業転換をする。」
〝職業転換〟
1人につき、2回まで出来るものでその名の通り、職を変えることができる。
ナイルは生まれた頃から〝勇者職〟に就いているので次に転換したらもう2度と出来ないのである。
「何にしようかな〜?」
荒れ狂う民の中でナイルは考える。
刹那、ナイルは石とは違うものが飛んでくる気配を感じた。
「...っ!!!ほぅ...?」
それは先が毒で塗られていた刃物だった。
幸いまだナイルは勇者職のままなので感知出来て止めれたが通常職なら普通に即死であろう。
「へ〜もう殺そうって判断したんだ人もいるんだなぁ〜ふーん。この刃物...暗殺者かぁ。」
〝暗殺者〟
戦闘職の1つで影からの攻撃、闇術を得意とする職で普通の人では絶対に適正値を越すことはない。悪しき心を異常に持つか殺す事等に躊躇のない人間位しか適正値は越えない。
「珍しい職の人もいるんだねぇ...ま、今人を狙ったからこの刃物の持ち主はさよならだね。」
そう、この世界の職は人。(同種)に悪意を持ってその職の特技を使うと問答無用で生命活動が絶たれてしまう。これは職による優劣を少しでも無くすためだ。
「ふーん...いいねぇ。暗殺者!」
ナイルはにやりと笑う。
「ま、まてナイルよ。気が動転してるのだろう!?考え直してくれ。ど、どうしても勇者職か嫌と言うなら代わりをみつけよう。た、だ、暗殺職だけは...勇者一家としての風潮が....。」
マズイと思った父親が説得させようと割り込んで来る。
「まぁまぁ、落ち着けってパピー?どうせ適正値越さなきゃなれないんだしぃ?あとその勇者一家の風潮とか俺を苛立たせるだけなのわかっていってる?そう言うのが嫌だって言ってるんだよね。...ま、いいや、適正値は...っと」
無数の魔法陣がナイルを取り囲み測定する。
『ピピ.....勇者職ーー適正ーー98%ーー』
歴代最高値は91らしい。ま、どうでもいい。
『チチウエノダイニアン...騎士隊長職ー適正ーー44%』
ふっ、父親の第2案は騎士隊長か...おおむね弟が勇者なのだろう。俺はその家来って所か?嫌すぎる。
『ナイル...キボウショク...暗殺職ーー適正ーー』
『98%』
「なっ...!!?ま、待つんだナイル!!」
魔法陣が測定を終え、焦る父親の静止も無視しナイルはいかにも悪者の笑いを浮かべこう言った。
「はーはっは!これは面白そうだ!!よし。これより俺。神時 ナイルは...暗殺職に就く!!!」
そう宣言した瞬間ナイルの周りを光の粒子が覆う。眩しい光とともにナイルの服装がそれ相応なものへと変わっていく。勇者一族の代表的な服は消え、代わりに体をすっぽりと覆い、目の下まである深いフードの黒いローブのようなものへと変わる。それはもう見るだけで禍々しくどこからどうみても悪1色だった。