#68 合宿2日目
「朝ごはんもちゃんと食べなきゃダメだからね。じゃあ,いただきます」
『いただきます!』
天王寺先輩の号令で合宿2日目の朝が始まる。
「ふぁ…」
俺はあくびを噛み殺しながらその様子を見ていた。
井上先輩と2人,朝早くから食事の準備をしていたせいかとても眠い。
昨日は早く寝たはずなのだが,やはり慣れない布団と枕では熟睡は出来なかったか。
「おかわり!」
「先輩は今日も元気ですね」
「おう,当然よ」
「そりゃ,あなたから元気を取ったら何も残らないものね。木嶋君,私にもおかわりくれる?」
「美空,どういう意味だよ」
「どうもこうも,そのままの意味よ」
「あに~?」
「はいはい,あんまり喧嘩してると2人ともおかわり無しにしますよ」
『そ,それは困る』
「はい,よろしい。
どうぞ,特盛にしときました」
相変わらずの2人に苦笑していると,すっかり元気を取り戻した様子の風花がやってきた。
「おっはよ~」
「おはよ。おかわりか?」
「うん。朝はいっぱい食べて元気つけとかないと。天王寺先輩についていけなくなっちゃうから」
平気な笑顔でそう言える風花は凄い。
俺なら先輩に突然あんな指導をされたら次からの練習が嫌になってしまう所だ。
「よし,じゃあ食え。朝は特盛だ」
「わ~い」
茶碗に山盛りにされたご飯を見て,風花は喜んで帰っていく。
あの元気は周りのみんなも見習ってほしい所だ。
俺が嫌がらせをしたと思ってこちらを睨んでいる方には特にね。
朝食の後は少しの休憩をはさんで練習が始まる。
午前中の基礎練習は昨日と同じだ。
「ねぇ,ハル君ちょっと良い?」
「はい?」
休憩時間中にドリンクのおかわりをつくっていると天王寺先輩に声をかけられた。
「今日の午後は部内の紅白戦をしようと思うの」
「はい」
「それで,チームを3つに分けようと思うんだけど,1つのチームをあなたに任せたいのよ。
……ダメ?」
「…別に大丈夫ですけど,俺には1年の練習とか夕食の準備とかありますよ?」
天王寺先輩からの依頼は断りたくはないものの,俺だって暇ではない。
昨日やってみて分かったのだが,特に午後の練習は体育館以外にいる事の方が多いのだ。
当然先輩もそれは分かっていると思っていたのだが,それでも大丈夫だという事か。
そう思って聞いた俺に,意外な返答が返ってきた。
「えぇ。1年生は紅白戦を見てもらえば良いと思うの。試合を見ながらでもドリブルくらいは出来るだろうし。
夕食の準備だって……遥がいるじゃない」
「…え?」
「私たちが気づかないとでも思った? 昨日のおにぎりもカレーも,今朝のお味噌汁だって遥がつくったんでしょ?」
「あ~……えぇ,まぁそうですけど。」
ありゃ,せっかく秘密にしておいたのに呆気なくばれてしまったようだ。
さすがの付き合いだという事か。
「えッ?! 本当だったの?」
「………」
…と,思ったけれどそうでもないらしい。
単純にカマをかけられて俺が引っ掛かっただけのようだ。
というか,そんなに驚くならあんなに自信満々に言わないで欲しい。
おかげで完璧に騙されてしまったじゃないか。
「さすがはハル君ね。まさか遥が本当に料理をしていただなんて…」
「本当は最終日にネタばらしする予定なんですから,まだ誰にも言わないでくださいよ?」
「えぇ,分かったわ。でも,それが本当ならハル君は練習にいられるわね」
「その事に関しては,井上先輩と少し話し合ってみますよ。さすがに食事を全部任せるのは悪いですから」
「そうね。じゃあそれも含めてよろしくね」
「は~い」
言いたい事だけ言って先輩は行ってしまう。
紅白戦か。何か合宿らしくなってきたような気がするぞ。
俺は早速井上先輩の元へと向かう
「井上先輩,ちょっと良いですか?」
「どうしたの? 改まって」
「今天王寺先輩から話がありまして…」
「あぁ,紅白戦の事ね。良いわよ,夕食の準備はある程度私の方でやっておくから」
「…?」
俺がまだ何も言っていないのに,すぐに首を縦に振ってくれる先輩。
おや,と首を捻っていると,先輩は笑いながらネタばらしをしてくれた。
「実は,さっき光さんが同じ事を言いに来たのよ。その時に食事は大丈夫って答えておいたの」
「あぁ,なるほど…」
天王寺先輩は俺にカマをかけた訳ではなく,本当に井上先輩が調理を手伝っていたのか半信半疑だったのだ。
だから改めて確認して,俺が肯定したから驚いたという訳だ。
「じゃあ,今日の夕飯から少しお願いします」
「はい。ハル君も頑張ってね」
こうして俺の紅白戦出場が決まった。
短時間とはいえ試合をして,食事をつくって,勉強して,早起きして…
どんどん合宿がハードになっていくようだ。
「頑張ります…」
俺の言葉は後ろで再開した練習の声に掻き消されてしまう。
そうだ,みんなは俺よりもっとつらい練習を頑張っているのだ。
俺が泣き言を言ってはいけない。
「よし!」
俺はもう1度気合を入れ直し,自分の仕事へと戻る。
これから,またみんなの為に大量のおにぎりをつくらなければならないのだ――




