#67 合宿1日目終了
『いただきま~す』
食堂内に疲れ交じりの声が響く。
合宿1日目,ようやくの夕食だ。
「うぅ…目の前にこんな美味しそうなカレーがあるのに……」
風花を始めとした1年生はスプーンを持ったまま完全に固まっている。
もう疲れ切ってスプーンを動かすのすら辛いのだろう。
「うん,夕食もとても美味しいわ。みんな,必ず3回はおかわりするのよ!」
反対に,天王寺先輩を筆頭に上級生は元気だ。
手を休めることなくどんどんカレーを食べていく。
「おかわり! 特盛で頼むぜ!」
「はい」
最初に席を立ってこちらにやってきたのは火野先輩。
まだ始まって10分もたっていないというのに,元気な人だ。
「私にもお願い。…彩芽よりも多めに」
「は~い」
「あ,コラ卑怯だぞ美空!」
競うようにやって来たのは神崎先輩。
最近になって気付いたが,この2人はその日決めたシュートの数から休憩した回数まで,事あるごとに張り合っている。
少しポジションは違うが同じフォワードという事で,良いライバル関係なのかもしれない。
「私も貰うわ」
「あ,はい」
少し遅れて白山先輩が来る。
この人もまだまだ涼しい顔だ。
そんな彼女たちを皮切りに,ぞくぞくとおかわりを求めて部員が来る。
「…おかわり」
その中には文香の姿もあった。
まだ余裕がある表情をしているので,ちょっといじわるをしてみる。
「特盛にしときますか?」
「……普通で」
さすがの文香でもまだ上級生には勝てないらしい。
「おかわり!」
「私も」
「もちろん特盛だぞ」
「私は彩芽より多くね」
「じゃああたしのはそれより多くしろ!」
「はいはい」
そんな文香の後から来たのは,早くも2回目を要求してきた火野先輩と神崎先輩。
この人たちは全くどこにそんな力があるというのか,2杯目というのにペロリと平らげて来たらしい。
でも,この言い合いを続けられると他の部員の分が足りなくなるので,きっちり同じ量を盛り付ける事にする。
「はい。正々堂々同じ量でやってください」
「チッ,さっきは美空の方が多かったくせに…」
火野先輩が去り際にぼやいていたが,そこは聞こえない振りだ。
「う~…疲れた~~…」
そんな中,疲れ切った顔で風花がやって来た。
「おう,お疲れ様」
「も~,お疲れ様,じゃないよ。天王寺先輩に苛められてもうクタクタだ~…」
「じゃあ元気を取り戻す為に大盛だな」
「いや~…さすがに勘弁してください。もう入らねッス」
「はいよ。じゃあ普通盛りで」
「ありがと~…」
「……木嶋君,私にもおかわりお願い」
ふらふらと風花が席に戻る頃になると,ようやく1年生もおかわりに動き出した。
みんな疲れ切った様子で,これでは3回のおかわりは時間的にも厳しい……
『おかわり!』
「あんたたちは少し待っててください!」
結局,夕食でノルマを達成できたのは上級生と1年生が数人だけ。
明日以降は無理にでも食べてもらうからね,という天王寺先輩からのありがたいお言葉で,その日の夕食は解散となった。
「さて,と…」
夕食の片づけを終え,俺は部屋で予定表を眺めていた。
この時間は部員のお風呂タイムとなっているので,基本的には部屋に引きこもる事にしている。
廊下から聞こえてくるざわめきをシャットアウトするように携帯を確認する。
「…ありゃ,圏外だ……」
いくら山の中とはいえ,まさか圏外だとは思わなかった。
ともあれ,唯一の暇つぶし道具を奪われた俺は,仕方なく鞄から宿題のプリントを出す。
俺たち以外の生徒は普通通り学校に行っている訳で,もちろん授業も普通に進んでいく。
その為,この合宿に参加する生徒には各教科から補習分としてプリントの宿題が出ているのだ。
1日中練習をした上に宿題まで出るとは。
毎晩1時間ずつ勉強の時間を取っているのもこれで頷けるというものだ。
「ま,俺には関係ないんだけどさ」
もちろん最初は天王寺先輩に学習会にも参加しろと言われた。
ただ,全員が間違いなく1部屋に集まっているのはその時間しかないので,その瞬間を逃すと俺が安心してお風呂に入れる時間が無くなってしまう。
それを理由に先輩に頭を下げた所,しぶしぶながらオーケーを貰えたのだ。
「いや,しかしこれは…」
プリントを前に,俺は頭を抱える。
思った以上にプリントのレベルが高いのだ。
確かにこの合宿に1~3年生が参加するのは先生も知っているので,分からない部分は先輩に教えてもらえという事だろう。
正直,これを1人で何とかしろと言うのは…
「予想以上に大変だな…」
廊下から楽しそうな声が聞こえてくる中,俺は1人プリントと戦う。
こうして,合宿1日目の夜は過ぎて行った。
――もちろん俺はその後の学習時間にきっちりお風呂に入ったけれど,漫画によくあるようなハプニングは当然無く,1人でのんびりとしたお風呂タイムを楽しめたよ。




