#63 合宿への準備(3)
「じゃあ今日の練習はここまで! みんな、明日からいよいよ合宿です。今日はゆっくり休んで、明日の集合時間に遅れないようにしてね」
『はい!』
今日も何事もなく練習が終わる。
明日からの合宿に向けて、少しだけ早めの終了だ。
「…いよいよ明日、か……」
この2日で、井上先輩と一緒に献立を考え、それに合わせて買い出しもした。
4日間の流れを教えてもらい、どのタイミングでどんな仕事をすれば良いのかも確認済みだ。
準備は万全、後は明日を待つばかりである。
それでも…と、俺は1人用具庫で頭を抱える。
原因はもちろん合宿の参加者についてだ。
結局今日まで俺の合宿参加について何か言ってくる部員は誰もいなかった。
だが、部員の様子を見る限り、まだ何人かは厳しい視線を送ってくる人がいるのは事実。
なのに、俺に対して何も言ってこないというのはどういう意味だろうか。
「おう、今日もご苦労さん」
「あ、火野先輩。お疲れ様です」
そんな事を考えていた俺の背後から声をかけてくれたのは2年の火野先輩だった。
先輩はあの練習試合以降ちょくちょく俺に話しかけてくれる。
かなりサバサバした性格の持ち主のようで、俺の事も全く異性として意識している様子は見られないので部員の中でも話しやすい人だ。
というより、あまり2年生の先輩とは絡む機会が無いので、他愛もない雑談が出来るのは彼女と神崎先輩くらいしかいないのだ。
「明日からの合宿もよろしく頼むぜ。美味い飯が無いと練習にも身が入らないからな」
「…先輩、その事なんですが……」
これが最後のチャンスだ。
俺は思い切って直接こちらから聞いてみることにした。
「先輩は、俺の合宿参加についてはどう思っているんですか?」
「ん~? あたしは特に何も。むしろお前がいないと飯が食えないのなら、お前にはいてもらわなきゃ困るくらいだ」
ケラケラと笑いながら答えてくれる先輩。
彼女にとってはそうかもしれないが、俺が聞きたいのはそこじゃない。
「…と、あたしの意見なんて初めから分かってんだろ。それでも聞いたってのは、周りの奴が気になるって事だな」
「…はい」
先輩も俺の言いたい事に気づいてくれたらしい。
火野先輩は2年生の中では中心的な人物で、周りのメンバーからの信頼も厚い。
そんな先輩なら、他の2年生の気持ちも知っているはずだし、俺の肩を持ってくれる訳でもないので率直な意見が聞けるはずだ。
「そうだな…。まず正直な所、2年の中ではお前の存在はそう大きい物じゃない。だから、3年や1年みたいにお前を信頼しているやつらは少ない」
「はい」
やはりというべきか、2年生の先輩にはあまり良い顔はされていないようだ。
でも、それならなぜ誰も何も言ってこないのだろうか。
「それでも、お前に何かを言ってくる奴はいない。そうだな?」
「はい、そうです。それが気になって…」
「そっか……」
そう言って難しい顔をする先輩。
いつも思ったことをそのまま口に出しているイメージの先輩がこんな表情を浮かべるのは珍しい。
「……まぁ良いか。別に止められている訳でもないし」
が、すぐに普段の表情に戻った。
「実はな、ここ数日で天王寺先輩があたしら全員に頭を下げて回っていたんだよ。
『ハル君の事、信じて欲しい』ってな」
「え?」
天王寺先輩が、そんな事を?
練習中にそんな素振りは見なかったはずだけど…
「あ、やっぱり秘密だったのか? やけにお前がいない時を狙っているなぁとは思ってはいたんだけどな」
「なるほど…」
俺の反応を見て先輩は笑う。
「あたしたちはお前よりも天王寺先輩の事を良く知ってる。つい最近までのあの先輩を、だ。そんなあたしたちにとって、あの先輩が自分に頭を下げるなんて、まるで天と地がひっくり返ったような衝撃だったよ。お前の参加を渋る学園長を説得したのも先輩だって話だ。
…だからあたしたちは決めたんだ。先輩の言葉を信じてみようって」
だからな、と先輩はそこで真面目な顔になる。
「もしお前が今後先輩の信頼を裏切るような事をしたら、あたしたちは黙ってない。よく覚えとけよ」
「…はい、必ず」
「よし、あたしが言いたかったのはそんだけだ。
あ、せっかくだからもう1つ。これからは1年だけじゃなくて、たまには2年も見てやってくれよ。あいつら最近少し寂しそうだからさ」
「は、はい。分かりました」
最後の言葉はいまいち分からなかったが、先輩がそう言うのであればこちらからも歩み寄ってみよう。
確かに2年生とは今まであまり話す機会が無かったからな。
俺の返事で気を良くしたのか、じゃあよろしく~、と手を振って先輩は出て行ってしまう。
残された俺は、もう1度火野先輩の言葉を思い出す。
『天王寺先輩があたしら全員に頭を下げて回っていたんだよ』
『渋る学園長を説得したのも先輩だって話だ』
まさか、先輩が俺の為にそこまでしてくれていたなんて思わなかった。
あの人の言う「根回し」とはこういう事だったのだろうか。
「信頼…か……」
正直な所、彼女が俺に抱いてくれている信頼はただの過大評価だ。
それは俺が一番良く分かっている。
果たして俺は、それに応える事が出来るのだろうか。
……いや、出来る出来ないじゃない。
応えなければいけないのだ。
過大評価だろうだ何だろうが、それを本当にさせるのが俺の役目なのだ。
「ハルく~ん、ちょっと手伝って~」
「今行きまーす!」
俺を呼ぶ先輩の声がフロアから聞こえる。
俺はすぐに返事をして用具庫を飛び出す。
どこまで出来るかはまだ分からないけれど、俺に出来る精一杯を彼女に返そう。
まずは、明日から始まる合宿だ。




