#59 インターハイに向けて(3)
「ふんふ~ん♪」
鼻歌混じりでフライパンを振るいながら、俺はチラリと時計を確認する。
時刻は午前8時30分。
普段ならもう学校が始まる時間だが、しばらくは関係ない。
今日からは5月頭の連休、いわゆるゴールデンウィークに突入したのだ。
なのになぁ…と、俺は机に並べられた弁当箱に目を向ける。
普段と変わらず2つ分の弁当を準備しなければならないのは、まぁ部活があるから分かる。
だが、それに加えて今日はなぜか更に2つ、見慣れない弁当箱が余計に並んでいる。
1つは、連休中学食が閉まっているという理由で、文香の分を。
もう1つは、それを聞いて「仲間外れなんてずるい」と言い出した風花の分だ。
「…まぁ、3つも4つも変わらないから良いけどさ」
なんだか最近彼女たちに上手く使われている気がするのは気のせいではないだろう。
でもまぁ、自分がつくった料理を美味しいと言って食べてもらえるのは悪い気分じゃない。
それも女子に頼まれたりしたら、断る理由は無いだろう。
「……こんなもんか?」
いつもより多めの卵でつくったせいか、焼け具合がいまいち分からない卵焼きを返していると、遠くでチャイムの音が聞こえた。
「はいは~い! ちょっと待ってくださいね!」
俺は慌てて大声を返し、コンロの火を止める。
こんな時間に客なんて珍しいが、どうせ宅配便か何かだろうと思ってドアを開けた俺を待っていたのは……
「やっほ~、ハル君」
「おはよう、ハル」
「ごめんなさいね、急に」
満面の笑みで手を振る風花と、それを見て苦笑いを浮かべる文香、少しも申し訳なさそうに謝る天王寺先輩。
ここまでならいつものメンバーだが、今日はそこにもう1人。
「…おはよう」
かなり緊張した様子で1番後ろに隠れているのは、なんと白山先輩だ。
「お、おはようございます……」
「うむ……」
「………」
「…ちょっと、ハル君?」
「あ、あぁ。ごめん。ここじゃ何ですから、中へどうぞ」
意外な客に驚き思わず言葉を失ってしまった俺だが、風花に小突かれて慌てて頷く。
4人をリビングへと案内しながら、とりあえず家の中を確認。
大丈夫、突然の来客にも戸惑わないくらいの準備はしてある……はずだ。
「ん~、何か良い匂いがする~」
「あぁ、ちょうど弁当つくってたから」
「ホント?! じゃあ味見してあげる~」
「こら、風花。あんまりはしゃがないの」
「へ~い」
廊下を歩きながらそんな話をしていると、文香がそっと俺の所へ来る。
「ごめんねハル、私は止めたんだけどみんながどうしてもって聞かなくて。お家の人とか、迷惑じゃない?」
「ん? あぁ、それは……」
大丈夫、と言いかけて俺はやめる。
見れば、もうリビングに到着していた。
「詳しくは中で話すよ。とりあえずどうぞ」
俺は4人をテーブルへとうながし、コップと飲み物、簡単なお茶菓子をトレイに準備する。
「…ところで、お家の人は……」
きょろきょろと部屋を見回しながら不思議そうに天王寺先輩が呟く。
それもそのはず。
どう見てもこの家には俺1人の生活感しかないのだ。
「えぇ、実は……」
俺はテーブルにトレイを運びながら手短に説明する。
俺の高校入学直前に父親の海外転勤が決定。
仕事は出来るが生活能力が皆無の父親を1人で海外に行かせる訳にはいかないと、母親はすぐに付いていく事を決める。
最初は俺も一緒に行く予定だったのだが、もう霧ヶ原への入学準備がほとんど終わっていた事などを理由に両親を説得。
最後まで反対していた母親も、子供の頃から色々と家の手伝いをしていて父親よりよほど生活能力があり、1人暮らしをしてでもどうしてもこちらの高校に行きたいという俺の願いを汲んでくれて、週に1度必ず連絡を入れる事を条件に俺の1人暮らしが始まった。
「…と、言う訳です」
「へぇ…あなたも色々苦労しているのね」
天王寺先輩が少し驚いた表情を浮かべる。
別に苦労もしていないし、逆に1人暮らしだと色々気が楽な部分も多いのだが、先輩はそうは取らなかったようだ。
「ごめんなさいね。それなのに変なお願いばかりして…」
「いえいえ、別に大した事じゃないですよ。部活は俺の好きでやっている訳ですし、弁当だって1個も2個もつくる事には変わりませんから」
「それなら、良いのだけれど…」
「それより、今度はそっちの番ですよ。何で家に来たんです? まさかただの気まぐれって事は無いですよね」
「……えぇ、とても大切な事よ」
キッと表情を引き締めた先輩に、こちらも真面目な表情になる。
そして、先輩は語り始めた。
「これから話すのは、無理やりにでもあなたを合宿に呼ぶ、その本当の理由よ――」




