#58 インターハイに向けて(2)
「ちょっとみんな集まってくれる?」
俺の合宿参加という衝撃の通告をされた日の放課後、部活が始まる前に部員を集めてもらった。
内容はもちろんあの件だ。
「インターハイ予選も間近に迫ってきたので、最後の追い込みの為にも合宿をしたいと思います。場所は一昨年と同じ場所、内容や日程も同様の予定です」
天王寺先輩の言葉に3年生からは小さなため息が、1,2年生からは小さな歓声が漏れる。
この反応の差は、そのまま実際を知っているか否かの差なのだろう。
しかし、そんな彼女たちも先輩の次の言葉で一瞬言葉を失う事になる。
「私たちが利用する合宿所では、食事や洗濯等は全て自分たちでやらないといけません。けれど、私たちには練習があるのでその方面に時間が割けません。なので、こちらのマネージャー2名にも合宿に参加してもらい、私たちのサポートをしてもらいたいと考えています」
一瞬の静寂の後、部員たちからの視線が俺に痛いほど刺さる。
ほら見ろ。これが普通の反応というものだ。
女子の部活に、いくらマネージャーといえども男子が参加出来る訳がないのだ。
どうせすぐに部員からの文句が出てこの話は立ち消え。
俺はゆっくり学校で留守番でもしている事に落ち着くだろう。
「………?」
――と、思っていたのだが、なぜか俺に刺さっていた視線が不自然に泳ぎだした。
1年生からの視線は変わらず感じるが、変化があったのは上級生だ。
特に3年生の先輩はとても微妙な表情を浮かべている。
言わなければいけない事があるはずなのに、どうしても口に出せない。
あれは、そういう何かを迷っている表情だ。
何かと何かを両天秤にかけ、それでも選べず悩んでいる表情だ。
一体何を迷ったり悩んだりする必要があるというのか。
もう天王寺先輩の独裁政権は終わっているのだから、皆で抗議すれば先輩だってそう邪険にする事はないはずだ。
なのに、誰も何も言えない。
1年生はすぐにでも文句を言いたそうな表情だが、先輩たちの様子を窺って誰も口を開こうとはしない。
上級生は悩んでいる。
このままでは、なし崩し的に俺が合宿に参加する事になってしまう。
「…あの――」
「―――光、ちょっと良いか?」
痺れをきらした俺が口を開きかけたと同時に白山先輩が手をあげる。
「光はそれでも良いかもしれないが、ここにいる全員が木嶋の事をそこまで信頼している訳じゃない。まさか何も無いとは思ってはいるが、それでも、だ。サポートは多い方が良いとは思うが、まだ合宿までは時間がある。何か他の方法を考えるべきだと私は思う」
白山先輩の言葉にうんうんと頷く部員たち。
そんな彼女達に、天王寺先輩はゆっくりと告げる。
「いいえ、千夏。それ以外の方法は無いと、あなたなら分かるはずよ。
…よく考えてみなさい。今年、木下先生はいないのよ?」
その言葉に上級生の表情がサッと曇ったのを俺は見逃さなかった。
というより、それほどに分かりやすく全員が顔を曇らせたのだ。
もちろん俺を含めた1年生は訳が分からずポカンとしている。
「だが…」
白山先輩はまだ何かを言いたそうな表情を浮かべながら、しかし何も言えずこちらを見る。
お前からも何か言ってくれ、という合図だなと分かったが、ここで俺に何を言えというのか。
残念ながら、俺が何を言っても聞かない事は今日の昼休みで実証済みだ。
「……あの~」
だが、ここで何か言わないといけないという空気を感じた俺はおずおずと手をあげる。
「先輩、やっぱり俺が参加するのはちょっと無理があるんじゃ……」
「…千夏、ちょっと――」
俺の発言なんて全く聞こえていないような素振りで、天王寺先輩は白山先輩の所へ。
あぁ、こんなに綺麗にスルーされたのは初めてかもしれない。
昔の先輩は、何だかんだ言ってもちゃんと俺の言葉に返事してくれてたもんな。
そんな事をぼんやりと考えながら、俺は何も出来ずに目の前のやり取りを眺める。
うん、だってこれ以上出来る事ないし。
「光、あのな――」
「―――――」
「――うぅ…あぅ………むぅ……」
天王寺先輩に何かを耳打ちされた途端に白山先輩が苦悶の表情を浮かべる。
そして、絞り出すように口を開いた。
「…分かった。木嶋の参加を認める……」
『……?!』
白山先輩の言葉を聞いて再びざわつく一同。
「ただし! 条件がある!」
そんな皆のざわつきを押さえ付けるように白山先輩が声を張り、俺を見る。
「明日から始まる連休中の練習で、何でも良いからこの部活に何か食べ物の差し入れを持ってこい。この話はとりあえずそれを見てから考える事にする」




