#46 ポイントガード(2)
「じゃあ,始めましょうか」
天王寺先輩の合図でゲームが始まる。
先攻をもらった俺は,少し時間をもらってボールの感触を確かめる。
男子用の物より若干小さいが,まだ新しいそれはよく手に馴染む。
「じゃあ,よろしくお願いします」
「えぇ,よろしく」
他のメンバーはどうか知らないが,天王寺先輩は一度1対1で勝負をしているので,俺が全力で当たっていけない事を知っているはずだ。
それでも俺を呼ぶという事は,おそらくパス回しをしてくれという事なのだろう。
…まさか,本気でぶつかってきたりしないよな。
天王寺先輩の表情を見ていると,本当にただ人数がいなかっただけで,そこまで考えていないようにも思えるから不安だ。
ふぅと息をつき,ボールを先輩に渡す。
このボールが返ってきたら,すぐにゲームスタートだ。
落ち着け,落ち着け……
…そして,先輩からボールが返ってきた―――
「おぉ…」
私,宮下愛莉はコートで始まったゲームを見て思わず声を上げてしまった。
その原因は,今攻めているチームにいる木嶋遥斗という存在だった。
初めて見た時は,突然女子部のマネージャーになるとか言い出して,ただのバカかと内心で笑っていたような男。
でも,当時の天王寺先輩に何を言われても折れずに練習に顔を出し,風花と文香と一緒になって1年に聞き込み始めた辺りから,私たちの評価は少しずつ変わっていった。
それでも,何を考えているのか分からないただのバカ,からどうやら本気で部活を何とかしようとしている人,程度の変化ではあったが。
そんな私たちの評価ががらりと変わったのは,やはりあの練習試合だろう。
彼はなんとほんの数分であの天王寺先輩を別人のように変えてしまったのだ。
あれ以来,練習の厳しさは変わらないがみんなの練習に向ける目が変わった
もう辞めたいと言っていた部員もいたはずなのに,いつの間にか自分から体育館へ向かうくらいだ。
それほどまでに部活の空気は変わり,それと同じように1年生全員の彼への評価,見る目も変わった。
……全員ではないか。正確には,あの二人を除いて,だな。
あの頃から何の迷いなく彼のサポートを続けていたくらいだ,風花と文香はきっと最初から彼がどういう人物なのか分かっていたのだろう。
風花に至っては,嫌がらせ何だか分からないが「今日からはハル君と呼ぶように」なんてみんなに言って回っているし。
でも,そんな言葉も不快ではなかった。
それくらい,彼の評価は高くなったという事だ。
それに加えて,今回のプレイだ。
周りを見てみると,他の1年もすっかり見入ってしまっている。
これは,マネージャーとしてだけじゃなく,プレイヤーとしての評価も上がりそうだ。
「いやはや。凄いな,これは…」
中学時代ポイントガードだった私の眼から見ても,彼は生粋のポイントガードだった。
今回は女子が相手だからかもしれないが,自分で行く事はせず,完全にパス回しに徹している。
それでも,背中に目でもついているような正確なパス。
受け手の速さ,手の位置,視線の向きも完璧に把握してパスを出しているようだ。
天王寺先輩のパスワークも凄い物だったが,彼のそれも,先輩に匹敵するレベルがある。
ドリブルも,上手い。
スピードはそこまで無いが,それを補って余りある正確さがある。
どんなに上手い選手だって少しくらいはボールを見てドリブルするものだが,彼はそれがほとんどない。
だからこそ,ドリブルをしながらでもあれだけ周りに目を向けられるのか。
3年生の天王寺先輩とも読み負けないのは,それも関係しているのだろう。
絶えず周りに気を配り,相手の穴を的確に攻める。
コンビネーションが失敗する事もあるが,今さっき急造したチームなのだからそれは仕方がない。
それを相手にする天王寺先輩も実に楽しそうだ。
今までのチームにはここまで的確にポイントガードの仕事を出来る人間はいなかった。
いや,先輩自身がつくって来なかったのだから当然か。
そのせいでいつもどこか物足りなさを感じていた先輩も,今は違う。
気を抜くと負けてしまう,と本番さながらの集中力で練習に臨んでいる様子が見て取れる。
「しかし,これは…」
惜しむらくは,このレベルになってしまうと周りで見ていても何をやっているかさっぱり分からない所か。
ドリブルもパスも上手いのは分かるのだが,どうしてそこにパスを出すのか,そこを無理に突破する意味はあるのか,など考えが追い付かない部分も多い。
でも,その前段階としてあのプレイをする為に最低限必要な事がある。
ドリブルとパスの技術。
まずは,これを練習しなければ話にならない。
私の手は自然とボールに向く。
出来るだけ目を試合から逸らさないように注意しながら,ドリブル練習からやってみよう。




