#45 ポイントガード(1)
「――もちろん,全員ボコボコにしてあげたわ。笑っちゃうわよね,みんな私より下手なんだから。で,それから1年間はさすがにバスケから離れてた。でも,中学に入って,女子バスケ部があるって知って。女子だけならまたやってみようかなって思ってまた始めたの。それからはここまでとっても楽しくバスケを続けてる。…でも,ダメなの。ポイントガードだけは,出来ない」
「そっ,か……」
風花の話は分かった。
小学生の頃にそんな目にあっていたらトラウマになってもおかしくない。
「ありがとな。辛い話を,俺なんかにしてくれて」
「ううん。ハル君とはこれからも友達でいたいから,隠し事はしたくなかったんだ。隠し事は,お互いに嫌だから」
「あぁ,風花の気持ちは良く分かった。俺も,お前には隠し事はしないよ」
「ん……ありが…と……」
「風花?」
「ハル君に話して…安心したら……眠くなっちゃった……ごめん…ね……」
「あぁ,俺も長居しちゃってごめん。すぐ帰るよ」
「それなら…玄関の横の……植木の…下…に……鍵………あるから…………」
風花はそれだけ言うとすぐにすぅすぅと寝息を立ててしまった。
一人残された俺は,彼女を起こさないようにそっと家を出る。
教えてもらった通りに植木の下から鍵を見つけ,しっかりと鍵をかけてから帰路につく。
「トラウマ,か……」
電車に揺られながら考えるのは,風花から聞いた話。
小学校4年の頃に流行ったバスケ漫画は,もちろん俺も知っている。
俺だってあの漫画の主人公に憧れてガードを目指したのだ。
「…………」
いくらやって欲しいと思っても,あの風花にガードを任せるのは難しいだろう。
他のメンバーを探すしかないか……
心地よい振動に揺られながら,いつしか俺も夢の世界へと旅立っていった。
「どうだった? ハル君」
翌日のお昼休み,天王寺先輩が早速俺に訪ねてきた。
文香も興味深々な様子なので,そりあえず簡単に報告しておく。
風花が風邪を引いたのは本当,とりあえず菓子折りを置いて帰ってきた。
昔の話は,俺がする事じゃないだろうと思うので何も言わないでおいた。
「ふむ…」
俺の話を聞いた天王寺先輩が,あごに手を当てて考え込んでしまった。
何か変な事でも言ってしまっただろうか,と俺が不思議に思っていると,文香の方がぼそりと口を開いた。
「じゃあ,ハルは風花の家で風花と二人っきりだったんだ…」
「へッ?」
「だって,帰りがけ家に鍵かけたんでしょ? わざわざ風花が玄関先まで来てるし……ハルは何も考えなかったの?」
「そ,それは……」
言われてみれば,確かにそうだ。
でも,いきなり風花の部屋に案内された衝撃が大きすぎてそこまで頭が回らなかった。
「いきなり風花に部屋に案内されて,気が回ら――」
『いきなり,部屋に案内された?!』
「は,はい……」
俺はただ事実を伝えようとしているだけなのに,なぜ二人はこんなに怒っているのだろう。
こんなにも声を揃えて言われると,こっちが何か悪い事をしている気持ちになる。
本当に,悪い事は,してないよ?
「風花ちゃんも,中々やるわね…」
「きっとあの子の事だから,何も考えていないと思います」
「そ,そうね…」
なぜだか焦る先輩に,前髪をちらちら触りながらも相変わらず淡々と話す文香。
だが,俺は見逃さない。
文香が自分の前髪をいじりながら話す時は,相当テンパっている時なのだ。
でも,風花と二人きりになっただけでこんなに慌てられるとは,俺もこの二人にはまだまだ信用されていないという事か。
「ホントに何も無いって。そもそも,俺がそんな事しないって文香ぐらいだったら分かるだろ?」
「………」
「………」
必死に弁明するが,何だか妙な顔をされてしまった。
それでも,そこで話は終わりになったのか,二人は黙ってお弁当に目を向けた。
その日の部活は,ただ風花がいないだけで,この前と同じ内容だった。
ただ,この前よりもコートでプレイする人の入れ替わりが激しくなっている。
横で見ていた先輩達も混ぜての入れ替わりだ。
これならさぼる人も少なくなるとは思うが,これでは分けた意味が無くなってしまわないか?
まぁ,1年生はそれでもゲームには入れてもらえないようなので,そこは意味があるのだろうけど。
「木嶋君,今日は何をする?」
「え? あぁ…」
そう声をかけてくるのは,1年生グループのリーダーのようになっている生徒。
確か名前は…
「宮下,朱莉さん…?」
「ん~? 惜しい。私の名前は宮下,愛莉」
「あ,ごめん…」
「別に良いって。まだ一回かそこらしか話してないし。苗字だけ覚えていてくれただけで十分。で,本題に戻るのだけれど,今日の練習は何をするの?」
「そうだなぁ…」
昨日は風花の所に行っていたので全然練習を見ていない。
なので,聞いた話でしか知らないが,一応一昨日と同じように練習をしていたらしい。
今日もそれでも良いのだが,せっかくなので何か新しい事もやってみたい気もする。
目に見えて上達が実感でき,なおかつやっていて楽しいのはドリブルかシュートだろうか。
今まで練習内容を自分で考えた事など無かったのでかなり悩む。
「…じゃあとりあえず,またシュートから行きましょう」
悩んだ結果,俺は無理に新しい事はやらない事にした。
今日いきなり思いつきの練習をしてもいい結果にはならない。
こういうのは,じっくり考えてみた方がきっと良い。
「分かったわ。みんなにもそう伝えてくる」
宮下さんもそう言って頷いてくれたし,これで良かったのだろう。
「…あ,そうだ」
と,思ったら,彼女は一度振り返り俺に言った。
「敬語,使わなくて良いよ,同級生なんだし。気楽に行こう,…ハル君」
ふふんと意味深な笑みを浮かべて去っていく宮下さん。
別に呼び名なんてどうだって良いのだが,こう色々な女子に「ハル君」と呼ばれるとまだくすぐったい。
まぁ,もちろん相手はそれを知ってやっているのだろうけどさ。
誰がけしかけたかなんて,考えなくても分かるし。
「ハル君,ちょっと良い?」
そんな事を考えていると,コートの中からお呼びがかかった。
振り返ると,そこにいたのは天王寺先輩だ。
「どうしたんですか?」
「ちょっとだけで良いから,ゲームに混ざってくれない? どうしてもポイントガードがいなくて,ゲームをやっていてもちょっと張り合いが無いのよ」
「え~…」
まさかのご指名だった。
このチームは本当に先輩しかガードがいないので気持ちは分かるが,俺が中に入って本当に大丈夫なのか?
驚いた表情のままコートを見回すと,全員が何ともない表情を浮かべていた。
丸くなった先輩の我が儘は,こうも通ってしまうのか。
それとも単に,他のメンバーも物足りないと思っていたのだろうか。
「…分かりました」
それならば,ここで拒否しても仕方ない。
全員が納得しているのであれば,別に良いだろう。
「宮下さん,ちょっと良い?」
「うん。私たちも楽しみに見てるわね」
「さいですか…」
さてと,1年生グループの了承も得た事だし,いっちょやってやりますか。




