#44 ただ楽しかったはずの日々
「お前,背が小さくて下手くそなんだからあっちのチームに行けよ」
あれは小学校4年生の頃。
まだ私がバスケを初めて間もない頃は,毎回そう言われていた。
運動神経は悪い方では無かった私だけど,みんなが最近始めたバスケットボールというゲームは,どうしても背の高さで向き不向きが生まれる。
みんなと比べて背が小さかった私は,いつもばかにされていた。
でも,仲間外れにされたくなくて,小さくても出来る事をたくさん練習した。
そんな時,みんなが読んでいるバスケ漫画を貸してもらったら,背が小さくても活躍できる所がある事を知った。
これだ,と思った。
私はそれになるために今までよりもたくさん練習した。
右手だけじゃなく,左手でも上手にドリブルが出来るように。
普通のパスだけじゃなくて,バウンドさせたり,横に投げたり。
ゴール下まで行くと背の大きい子に負けてしまうので,ちょっと離れた所からでもシュート出来るように。
最初は失敗ばかりだったけれど,だんだんとそのスタイルにも慣れていった。
「風花ちゃんがいれば勝てる」
いつしか,誰からも見向きもされなかった私は,みんなに必要とされていた。
そんな日々が変わったのは,それからしばらくして,一人の男の子が転校してきた時。
その男の子は,背も大きくてかっこよくて,スポーツも勉強もできる子だった。
もちろんバスケも上手い。
その上私と同じような戦い方をする子だったので,私は色々と彼に教えてもらった。
それとは逆に私が教えてあげる事もあり,私たちはすぐに仲良くなった。
その男の子は女の子にもとても人気があったので,その事で周りの女の子たちからは文句を言われた事もあったけれど,そんな事は全然気にならなかった。
彼とはあくまでも一緒にバスケをする友達だった。
周りの雑音なんて耳に入らない程,私はバスケに夢中になっていた。
いつしか,一緒にバスケをやっていた友達がみんな別の遊びに夢中になっても,私は彼とバスケを続けた。
6年生になって,あんな事を聞かなければ……
それは,最初はただの噂だった。
『誰と誰が付き合っている』なんて,小学校高学年が好きそうな話題。
私に向けられた噂は,もちろん彼と。
でも,そんなのじゃ無いっていうのは分かり切っている事だ。
誰に何を言われたって,私たちはそんなのじゃない。
それは,自分が一番良く分かっている。
「ねぇ,ちょっと」
そう呼び止められたのは,始業式の事。
6年生で初めて同じクラスになった女の子。
私みたいに男の子に交じって外で遊んでいるような子とは正反対の女の子。
噂話に敏感で,そういうのが好きそうな,女の子。
「あんたさぁ,あんまり彼とべたべたしないでくれる?」
「どういう事?」
「あんたみたいなちんちくりんに付きまとわれて,迷惑してるって言ってたよ」
「誰が?」
「誰って…決まってるじゃんそんなの!」
「いきなり言われても分かんない。どいてよ,バスケしに行くんだから」
私も別に人見知りとかはしない方だから,初対面の相手でもズケズケと物を言ってしまう。
売り言葉に買い言葉ってやつだ。
私はその日,クラスの女子のほとんどを敵にしたらしかった。
「ねぇ風花ちゃん。バスケ,ちょっと止めた方が良いんじゃない?」
「何で? 別に私が好きでやってるだけじゃん。みんなに言われる事じゃないもん」
数少ない友だちの言葉も聞かなかった。
そこまで行くと,私は半分意地になっていたんだ。
あんなやつらに負けるもんか,って。
「それに大丈夫だよ。今はみんなでやってるんだし」
そう,その頃になるとまたみんなでバスケをするようになっていたのも,私の気を大きくさせていた要因なのだ。
みんなでやっていれば,特定の誰かと噂になる事もないし,変な噂もすぐに消えると思っていた。
そんな,ある日の事。
「ねぇ風花ちゃん,ちょっと良い?」
「ん~?」
休み時間に,友達が私の所に来た。
「ちょっと,お話があるんだけど…」
「ん。どうしたの?」
「えっと…」
言いにくそうに言葉を選ぶ友達を,黙って待つ。
「あのね,怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「うん」
「風花ちゃんといつもバスケやってる男の子がね,今廊下で話してるの聞いちゃって…」
「……え?」
――あいつ,ずっと俺につきまとってるのな。いい加減に現実見て欲しいわ。
――ホントホント,お前もいい迷惑だよな。プレイスタイルまで真似されてさ。
――あんな下手くそ,早くバスケなんてやめて欲しいよ。
――知ってるか? あいつ,お前との噂が原因でクラスの女子に嫌われてるって
――マジかよ,いい気味だな。あの噂だって,もともとお前が流そうって言ったやつじゃん。効果抜群って事か
――全く,そろそろ中学の部活に向けて本気でやってる俺たちの邪魔だけはしなくなると良いよな
――あぁ,ほんとだよ
それは,私には到底信じられない話だった。
でも,目の前の彼女が嘘を言っているとは思えない。
私は,我慢できずに教室を飛び出した。
目立つ集団だ,廊下のどこにいるのかもすぐに分かる。
「ねぇ,ちょっと,良いかな?」
「ん? …あ」
焦る気持ちを抑えながら,私は必死に言葉を探す。
「さっき,偶然みんなの話聞いたって言われたんだけど,……嘘,だよね?」
ここで冗談だと一言言ってくれれば,私はまだ大丈夫。
私はまだ,みんなと友達でいられる。
だから,お願い―――
「…あぁ,本当だよ」
「………え?」
「聞いたんなら話早いだろ? そろそろ現実見てくれよ。俺たち,もう女子と一緒に遊んでる暇ないんだ」
「…………」
「どうせお前も俺が目当てなんだろ? 安心しろ,どんなに頑張ったってお前を好きになったりしないから。早く諦めてどっかいってくれ」
「…そっ……か……」
私の中で,がらがらと何かが崩れた音がした。
「…も……」
「は? 何?」
「あなたも,安心するといい。私は初めからあんたなんか眼中に無いから」
「お前,何言って…」
「だから,あなたの嘘もばらさないであげるし,もうみんなとバスケもしない。今日限りで今のプレイスタイルもやめてあげる。
……その代わり,今日の放課後,全員,私と,一対一で,勝負しなさい」




