#39 マネージャー
「ちょっとみんな集まってくれる?」
話し合いをしたその日の放課後から,天王寺先輩は早速動き出した。
「インターハイ予選までもう時間がないので,今日から少し練習内容を変えようと思います」
先輩の言葉にメンバーの表情が変わる。
インターハイ予選,という言葉が現実味を帯びてきたせいだろう。
構わず先輩は続ける。
「フットワークのような基礎練習は今まで通り。その後は,ベンチ入りのメンバーはゲーム中心の練習。その他のメンバーはそれぞれポジション毎の練習をしていきたいと思っています」
先輩の言葉に誰からも不満の声は出ない。
その様子を見て先輩もうんと笑顔で頷く。
「ありがとう。じゃあ,早速今日からその練習を試してみたいと思います。もし練習を進めていく上で何か問題や気が付いた事があれば言ってください」
『はい!』
大きな声で返事をするみんな。
もうその間に以前まであったぎこちなさは無い。
これからは,本当の意味で天王寺先輩を中心とした部活になっていく事だろう。
「ハル君,ちょっと良い?」
しみじみとしていると,背後から声をかけられた。
振り返ると,そこにいたのは井上先輩だ。
「はい。何かありましたか?」
「大した事じゃないの。ただ,ハル君にはまだちゃんとしたお礼を言っていなかったから」
井上先輩は,そう言って頭を下げる。
「光さんを助けてくれて,本当にありがとう」
「い,いえ,顔を上げてください。僕なんて本当に何もしていませんよ。先輩は自分の力で復活してくれたんです」
俺の言葉に,井上先輩は柔らかな笑みを浮かべて顔を上げる。
本当に,ここの先輩たちは俺を過大評価しすぎている節があるから困る。
「君が来てからこの部活が変わった事は確かなのよ。もっと自信を持って」
「は,はい…」
ここ数日で少しは慣れたが,先輩たちにこう真正面から来られるとまだびっくりしてしまう。
こんな事になるのなら,中学時代からもっと女子と交流しておくんだったな…
そんな事を考えている間に練習が始まる。
最初の基礎練習で俺がやる事は特にない。
今日はこのまま井上先輩と一緒に仕事でもするか。
「ねぇ,ハル君?」
「はい,何でしょうか」
「ちょっと手伝ってもらっても良い?」
「はい,大丈夫ですよ」
そう思っていたら,先輩の方から話を振ってくれた。
俺は快く頷き,先輩の後をついて倉庫へとむかった。
「実は,これなの」
そう言って出されたダンボール箱。
中を見ると,二色のユニフォームが隙間なく並べられていた。
「みんなにユニフォームを渡す前に,一度破れたりしていないか確認をしたいのよ。でも一人でやるにはちょっと量が多くて…。出来れば,一緒に見てくれない?」
「あぁ,それくらいでしたら問題ないですよ。一緒にやって早く終わらせちゃいましょう」
「ありがとう。じゃあ早速始めましょう」
「はい」
箱の中から一枚ずつ丁寧に取り出しチェックしていく。
大切に使われているのだろう,大きな破れや目立つ汚れは無い。
「意外と綺麗なんですね」
「みんな大切に使ってくれているからね。このまま傷が無ければクリーニングに出して,帰ってくる頃にはこのユニフォームを誰が着るのかも決まっているはずよ。去年までは光さんが全部やっていたけれど,今年は君も考えてくれるんでしょ?」
「そう…なんですかね」
「ふふ。きっとそうよ」
そう話す先輩はとても楽しそうで,このチームの事を大切に考えているのだとよく分かる。
初日の一件以来,どうもこの人の笑顔は苦手なままだが,それが無くなる日も近いのかもしれない。
『――ハルく~ん! そろそろこっち手伝って~!』
ダンボール箱の中身も残り僅かとなった頃,フロアから声が聞こえた。
「早速お呼びのようね」
「…そうみたいですね。すみません,最後までお手伝いできなくて」
「良いのよ。ここまでやってもらえれば後は一人で大丈夫だから」
「ありがとうございます。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい。また何かあったら手伝ってね」
「もちろんです」
井上先輩に一礼した俺は,気合を入れなおしてフロアへの扉を開く。
――さぁ,ここからが本業だ。




