#38 任された仕事
「はい,今日はここまで。号令お願いします」
「起立,礼,ありがとうございました」
お昼を告げるチャイムに促され授業を終えた先生の言葉に,日直が号令をかける。
それと同時に教室を飛び出す購買組を横目に,俺は持参した弁当を持って屋上へと向かう。
練習試合の日以降,自然とそれは習慣になっている。
屋上へと続く扉を開けると,そこにはいつものように二人の姿が――
「――遅いですわよ。ハル様」
「……すいません間違えました」
「あ,お待ちになって!」
二人の代わりに待っていたのは,わざわざ座布団を敷いて正座していた天王寺先輩。
それを確認してすぐに扉を閉めると,その向こうが途端に騒がしくなった。
俺はやれやれとため息を一つ,もう一度扉に手をかける。
「今日は何ですか?」
「お淑やかさを出してみましたの」
「止めてください止めましょうホント止めなさい」
「…そう? そこまで言うなら止めるわ」
うん,これはいかん。
何だかよく分からないけれど,これは違うと俺の直感が言っている。
すんなり止める所を見ると,きっと先輩も薄々気づいていたのだろう。
「いや~,いつも早いですね,お二人さん」
「お待たせ」
そんな事をしている内に,風花と文香が屋上へとやってきた。
「さて,今日の議題なのだけれど…」
お弁当の唐揚げをつまみながら先輩が口を開く。
いきなり言われて首を傾げる俺たちだが,もうこの先輩の唐突さにはいいかげん慣れてきた所だ。
黙って続きを促す。
「そろそろ,練習内容を変えようと思うの。何かアイディアは無い?」
「変える…ですか?」
「えぇ。この前の練習試合が終わってからずっと考えてはいたのよ。けれど,良いアイディアが浮かばなくて…」
先輩が変わって,部活の雰囲気もガラリと変わった。
以前のような殺伐とした雰囲気や,どこかにあった違和感がだんだんと消えていくのが分かる。
天王寺先輩からは怒号が消え,むしろ白山先輩が怒る場面の方が多いくらいだ。
きっとその変化を利用して,変えられる部分はどんどん変えていくつもりなのだ。
個人的には急激すぎる変化は苦手だが,先輩が前に進もうとしているのなら,それを邪魔する必要もつもりもない。
「ハル君にお願いしていた事もそろそろ動き出したいし,ね」
「う~ん…」
先輩の言う「お願い」とは,以前体育館で聞いた事だろう。
だが,それがすぐに出来るような練習方法がすぐに思いついたら苦労はしない。
「はいはい! 私,今よりもっとゲームがしたいです!」
風花が元気よく手を上げる。
ふむ,確かにゲームが増えればそれだけ俺が客観的にチームを見る機会が増える。
「お願い」1つ目だ。
「…私は,逆に基礎練習や,個人練習を優先させるべきだと思います。この前の練習試合では,まだまだ一人で戦えるだけの技術が無くて苦戦する場面も多かった。だから,まずは一人一人の技術を上げるべきじゃないですか?」
続けて文香も静かに口を開く。
練習試合では確かにチームでは勝てたが,相手の作戦次第で結果は分からなかったし,彼女の言う事も分かる。
それに,基礎練や個人練が増えれば,ガード候補生を探して育てるのには丁度いい。
これは「お願い」2つ目だ。
「むぅ…」
本来であれば両方出来るのが一番なのは当然だ。
しかし,高校で部活に割ける時間というのは,思っている程多くは無い。
特に3年生の先輩なら尚更だ。
限られた時間の中でどうやっていくか、それが課題だ。
インターハイまでの日程を考えると、基礎練よりはゲーム形式にした方が効果は高いだろう。
だが、ゲーム形式に偏るとどうしても練習が出来ない時間が出てきてしまうし、スタメンはまだしも、それ以外の選手にとってはあまり良い練習にはならない気もする。
指導してくれる顧問の先生が複数人いれば分かれて練習も出来るが、顧問の先生がいないこの部活ではそれも難しいだろう。
「ハル君はどう思う?」
「…インターハイ予選までの日程を考えると、ゲーム寄りの練習の方が成果は早いと思います。先輩にとっては最後の大会ですから、まずはそこに重点を置いた方が良いんじゃないかと」
「あら、何を言ってるのハル君。私はインターハイで終わりなんて思ってないわよ」
天王寺先輩が何かを言っているような気もするが、きっと気のせいだろう。
3年生のくせにウィンターカップまで出るとか言い出さないよなこの人…
「……まぁ、今から基礎練習を重点的にやってもインターハイには間に合わないっていうのは賛成かも。それならゲーム重視にしてチームとしての力を優先させる方が良いかな…」
「でも、それじゃその後が…」
「う~ん…」
天王寺先輩は俺の意見に頷いてくれたが、文香はまだ納得していないようだ。
その理由も分かる。
この時期に基礎練をおろそかにすれば、困るのは先輩たちが引退した後だ。
個人の実力を疎かにしたまま勝てるほどそれからの試合は甘くない。
「1年生だけでも別々に練習できればなぁ…」
『えッ?』
「うん?」
ぼそっと零した俺の声に先輩を含めた3人が驚いた声を上げる。
無い物ねだりを窘められるか、とも思ったがそうでは無いらしい。
その表情は、むしろ…
「それよ! それなら問題ないじゃない!」
「あれ~?」
まさか、本当に気が付いていなかったのか。
「で、でも、そうすると片方の練習を見る人がいなくなっちゃいますよ。それはそれで問題なんじゃないですか?」
「……?」
俺の言葉に、キョトンとした表情で首をかしげる先輩。
文香と風花と目を合わせ、先輩は口を開いた。
「あなたが1年生を見てくれればいいんじゃないの?」
この瞬間、これから新しくなるであろう部活での、俺の役割が決定した。




