#37 ありのままで
「はい,今日はここまで。号令お願いします」
「起立,礼,ありがとうございました」
お昼を告げるチャイムに促され授業を終えた先生の言葉に,日直が号令をかける。
それと同時に教室を飛び出す購買組を横目に,俺は持参した弁当を持って屋上へと向かう。
練習試合の日以降,自然とそれは習慣になっている。
屋上へと続く扉を開けると,そこにはいつものように二人の姿が――
「――来たな。少年」
「……すいません間違えました」
「あ,おいこら閉めるな!」
二人の代わりに腕を組んで立っていたのは天王寺先輩。
それを確認してすぐに扉を閉めると,その向こうが途端に騒がしくなった。
俺はやれやれとため息を一つ,もう一度扉に手をかける。
「…で,何なんですかアレは」
箸を動かしながら隣の天王寺先輩に視線を向ける。
練習試合が終わってからというもの,どこから嗅ぎつけて来たのか,俺と文香と風花の三人が良く屋上にいるという情報を得た天王寺先輩は,いつの間にかよく屋上に来るようになった。
別に屋上に来られただけならば困る事も無いが,本当にやっかいなのはその理由だ。
『今までの自分がダメな事はよく分かった。でも,その期間が長すぎて,それ以前の私がどんなキャラだったのかをいまいち掴みきれなくなってしまった…』
練習試合明けの月曜日。
その日はちょうど練習試合後の部の様子について話したい事もあったので俺が二人を呼んだのだが,そこに突然天王寺先輩が乱入してきた。
『千夏に聞いても難しい顔をするだけで何も教えてくれない。私は知っている。あの顔は笑いを堪えている顔だ。だから頼む三人共,私のキャラを取り戻すのに協力してくれ』
涙ながらに頭を下げる先輩に向かって首を横に振る勇気は無く,それからというもの,毎日様々なキャラの先輩に会う事になってしまった。
「ダメ…かな?」
上目使いでおれを見る先輩。
すでに最初のキャラと方向性がずれている。
「今回は,一体どんなキャラだったんですか?」
先輩の逆隣に座る文香もパンを食べる手を休め口を開く。
「何というのかな。ちょっとクールな感じにしてみた」
そう答える姿は確かにちょっとそんな感じだ。
だが,それじゃ俺への上目遣いは…
「今はギャップ萌えというのが流行っているらしいぞ,少年。君に見せたのはその一環だ」
「…勝手に心を読まないでください」
そういう事らしい。
しかし,ギャップ萌えって…
今の姿だけで十分そうなっている事に,この人は気づいていないのだろうか。
「でもさすがに『少年』はちょっと違う気が…」
胸を張る先輩に突っ込みを入れたのは,正面に座っている風花。
確かに,そこは俺も気になっていたポイントだ。
「…ミステリアスな感じがして良いかなと思ってだな……」
何とも歯切れの悪い言い方。
先輩がこうなる時はいつも決まっている。
「…今度は何の漫画の影響ですか?」
「週刊マンガに出てくる,クールな生徒会長……」
「……その設定は止めときましょう。さすがに無茶です」
「…………はい」
そう,先輩はかなりの漫画好きで,その中からやってみたいキャラを日替わりで準備してくるのだ。
妹キャラに始まり,姉,病弱,ヤンデレ,ツンデレ等々。
毎日違う表情を見られるのは楽しいと言えば楽しいが,どう反応すれば良いのか困る物はやめて欲しい。
「もう止めませんか? 良いじゃないですか,先輩の思うようにすれば」
「…でも……」
俺の言葉にも,そう言って俯くだけだ。
今までの自分を捨てる事も必要なのかもしれないが,今の先輩は少しやりすぎな気もする。
「そうですよ,先輩。最近の映画でも言っているじゃないですか,ありのままで良いんです」
「ありのまま…」
「そうそう,変にキャラを作ったって,良い事なんて無いですよ。自分に正直に行きましょう」
「自分に,正直に………」
完全には納得していないようだが,文香と風花の言葉で少しは分かってくれたようだ。
そう結論付けた俺は途中になっていたお弁当に再び箸を伸ば――
「……今日もハル君のお弁当は美味しそうだなぁ…」
――しかけて止まり,俺は風花へ目を向ける。
この中で俺を「ハル君」と呼ぶのも,毎回弁当のおかずを奪うのも彼女だからだ。
だが,顔を上げた先には不思議な光景が待っていた。
「……」
当の本人であるはずの風花が,驚いた表情で正面を見ている。
その先に視線を移すと,そこには物欲しそうな表情で俺の弁当を見つめる天王寺先輩の姿があった。
「いきなりどうしたんですか,先輩」
「ん?」
「だって,今ハルに…」
「え? あ,あぁ,いや,今の自分に正直になってみようと思ったらつい…」
「………」
確かに驚いたが,先輩がこうやって少しずつでも自分らしくなれるならそれも良いのではないか。
個人的にはそう思うのだが,残りの二人の視線がなぜか痛く突き刺さる。
――二人的にはダメなようだ。
「そうだ,ハル君のお弁当だよ。毎日自分で作っていると言っていたが,本当か?」
「あ,当たり前じゃないですか。そんな嘘ついてどうするんですか」
「そう…か……」
俺の返事に,じっと何かを考え込んでしまう先輩。
その様子を見て,俺はどうにも嫌な予感が頭をよぎる。
二人も次に来るであろう先輩の言葉に薄々感付いているのか,先輩を止めようか止めまいか迷っているようだ。
「…あの――」
意を決して風花が口を開こうとしたと同時に,先輩が顔を上げた。
「ハル君,一つ頼みを聞いてくれるな?」
それが,自分に正直になった先輩の一言目だった。




