#31 第2クォーター開始
「ここか…」
案内されてようやくたどり着いた体育館の前で,山口武は息をついた。
今日は彼がいる楓高校バスケ部と,彼の親友である木嶋遥斗がいる霧ヶ原高校バスケ部との練習試合がここで行われている。
正確には女子部の試合だが,最近遥斗が女子部のマネージャーをやっているらしいので,どんなものなのか確認に来たのだ。
「………」
だが,体育館に入れない。
今この中で行われているのは間違いなく女子の試合であって,男子はいない。
この中に男子である彼が一人で入る事に躊躇ってしまう事を,誰が疑問に思うだろうか。
「……」
そんな武に続くように,男子生徒がまた一人体育館へとやってきた。
彼も武と同じような表情を浮かべ,その長身を出来る限り丸めながら歩いている。
別にやましい事は何もないのだから,堂々としていれば良いのだが,二人は同じように後ろめたさを感じている。
「…あ」
体育館の入口で立ち尽くしている武に気が付き,彼の表情が少し明るくなる。
その声で彼に気付いた武もまた,嬉しそうに振り向いた。
「武,久しぶり」
「おう。こちらこそ,大地」
がっちりと握手を交わし,二人は迷いなく体育館の扉を開けた。
見知った友達が一人でもいれば,もうこんな扉は怖くないのだった。
「お,ちょうど第2クォーター始まった所みたいだな」
自由な観戦スペースになっている二階のギャラリーに上がった二人は,まばらにいる人を避けながら中央まで進む。
「霧ヶ原は…ありゃ,負けてる」
「点差は4点,まぁ何とかなる…か……?」
現在の得点は21対25で楓がリード。
得点だけ見れば4点差でまだまだこれからなはずだ。
だが,気になるのは今のコートの状況だ。
楓は背番号もポジションもバランスの取れたメンバーに対し,霧ヶ原は4番がベンチで,一番身長のある5番がボール回しをしている。
今のうちに色々な事を試しておきたいという作戦なのか,それともそうならざるを得ない状況なのか。
二人の視線は揃って霧ヶ原のベンチへと向く。
そこで難しい顔をしている,友人の元へと――
「これは,さすがに無茶でしたかね…」
目の前の状況を見ながら,俺は天王寺先輩に聞こえるように愚痴をこぼす。
白山先輩に何とかボール回しをしてもらい,先ほどのようにすぐディフェンスに捕まる事はなくなった。
それでも,今度はゴール下が甘くなった事で決定力不足に変わりは無い。
白山先輩も相手キャプテンとのマッチアップに相当苦戦しているようだ。
「…そんな事ないわ。千夏なら大丈夫よ」
俺の愚痴が聞こえたのか,天王寺先輩からぽつりと言葉が漏れる。
黙って次の言葉を待っていると,ぽつぽつと天王寺先輩は話してくれた。
「中学時代,千夏は元々私と同じガード希望だった。でも,体格も技術も無くてガードでしか生きていけない私を見て,千夏は自分からフォワードへの転向を決めたの。千夏はフォワードも上手くて,2年生になってからはずっとフォワードのエースとして私を助けてくれていたわ。高校に入ってあの事故があって,木ノ下先生とよく相談してセンターになったけれど,まだ千夏のボールコントロールは錆びついていないわよ」
「錆びついていない…ねぇ……」
「……何よ,文句あるの?」
「…目の前の状況,見てくださいよ……」
言いながら横目で天王寺先輩を見た俺は,思わず息を飲んだ。
先輩は,ぼんやりと気の抜けた表情でコートを見つめていた。
その瞳に映る物が何なのかは分からなかったが,今のコートを見ていない事は確かだった。
先ほどよりも,明らかに悪化している。
もしかして,攻めるポイントを間違えたのだろうか。
「あの,先輩…?」
「………」
ダメだ。
現実に戻す所からのスタートになってしまった。
「くそッ…」
頭をかく俺の前で,天王寺先輩はぼんやりとコートを見ている。
その瞳に映る世界がどんな物なのか,俺には想像も出来なかった。




