#29 欠けた一手
「ナイスシュート!」
一瞬の静寂の後,ベンチから歓声があがる。
この一本は大きい。
あれだけ完璧な3ポイントを見せられたら,今後は文香にマークを割かなければいけなくなる。
今の2-3ゾーンではトップ位置にいる二人のどちらかがマークに入るのが基本だが,あまり前に出てしまうと今度は中に切り込まれる危険性が高くなる。
そうなれば,またそのサポートに回らなければばらなくなり,結果的にゴール下が甘くなり,ゾーンは崩壊する。
シューターというのは,一人いればそれだけの価値があるのだ。
「そう言えば…」
いつだったか,ゾーンの攻略に苦しんでいた文香にもこの話をした気がする。
元々外で勝負するタイプの文香には合っていると思ったが,文香もきっとそう思ったのだろう。
それ以降,以前にも増して3ポイントの頻度と精度が上がった気がする。
「と,それよりも……」
今は試合に集中だ。
相手を崩す一手は打てたが,まだそれだけ。
作戦通りに行ってくれれば,この先は点取り合戦になる。
その時は,全員で相手を崩さなければならないのだ。
「それに……」
隣で俯いている天王寺先輩にも,そろそろ復活して貰わなければ困る。
この試合の鍵は,あくまで天王寺先輩が握っているのだから――
「光を下げるのは分かった。でも,光の代わりに1年を入れて勝てるほど甘い相手じゃない」
タイムアウトで天王寺先輩を下げると言った時,真っ先に口を開いたのは白山先輩だった。
別に反対をする訳でも,文句がある訳でもなく,ただ確認するような口調。
もちろん,俺だってそこまで簡単に考えてはいませんよ。
「それは分かっています。でも,今の天王寺先輩をこのまま出したらすぐに退場です。それは一番困りますので,今は下がってもらいます」
「……」
白山先輩だってそんな事は百も承知のはずだし,だからこそ俺にかじ取りを任せたはずだ。
それでも何か言いたそうにしてしまうのは,きっと天王寺先輩を考えての事。
こんな場面,こんな形で交代になってしまったら,彼女がどれだけショックを受けるか良く分かっているのだ。
でも,俺は努めて淡々と続ける。
「この先は,しばらくガード無しで戦ってもらいます。ディフェンスの形も変えませんが,相手キャプテンの4番には白山先輩がついてください。それで5番を神崎先輩,6番を文香,8番を風花,7番は今まで通り火野先輩がマークしてください。少しやりづらいかもしれませんので,得点されてもその時はその時です。上手く切り替えて行きましょう」
俺の言葉をみんなきちんと聞いてくれる。
今までずっと煙たがれるだけだったので,少し嬉しい。
「攻撃は各々好きに行きましょう。どうせ司令塔抜きで戦うんですから,小難しい作戦は無し。ボールを持ったらゴールを目指してください。とにかく全員で攻撃しましょう」
今までのプレイでストレスが溜まっていたのか,俺の言葉に全員の顔が少し明るくなる。
これで少しは気持ち良くプレイしてもらえるだろう。
「ここからは何とかこれ以上相手のペースにさせない事を第一に考えましょう」
このメンバーで最後まで戦うのは得策では無いが,天王寺先輩が復活するまで,とはあえて言わない。
そこでタイムアウト終了のブザーが鳴り,俺はみんなをコートへと送り出した――
文香の1本を引き金に,取っては取られのシーソーゲームの形になった。
お互いに本気でディフェンスはしているが,攻撃が止められない。
キャプテンを中心にした多彩なパスワークでマークを外していく楓高校に対し,こちらは文香の3ポイントを狙いつつもフォワード陣がゴール下へ切り込んでゾーンを崩す。
そんな一進一退の攻防がしばらくの間続いている。
だが,この均衡状態もそう長くは続かない。
あくまで個人技主体の今の作戦では,いずれ相手に捕まってしまう。
捕まらない攻撃をする為には,天王寺先輩が必要なのだ。
「……先輩,いつまで俯いているんですか。ちゃんと試合を見てください」
「………」
「…先輩!」
「…………」
俺の声への反応は無い。
ただ少しだけ顔を上げ,またすぐに項垂れてしまう。
「先輩!」
「………ぃ」
「…え?」
今度は歓声に掻き消されながら,微かな呟きが聞こえた。
俺は耳を寄せ,先輩の言葉を聞く。
「…これじゃ,みんな私を認めてくれない……また,1人になっちゃう…」
「……」
そんな訳は無い。
みんなに認められてなきゃ,キャプテンになんか選ばれない。
本当に1人だったら,こんな時に気遣ってくれる人間なんていやしないのだ。
「…そんな事,ある訳無いじゃないですか」
「……あなたには,分からないわ」
「確かにそうかもしれません。でも,そんな俺にも,この先先輩がどうなるのかくらいは分かります」
俺の言葉に,疑うようにこちらを向く天王寺先輩。
俺はまっすぐに先輩の目を見て続ける。
「俺もポイントガードで,中学時代,仲間にパスが出せなかった試合がありました。それも,今の先輩のように,絶対に負けられない試合で,です」
「……」
「あの時,俺は仲間を信じきれなかった。そんなのが中学最後の試合で,今でもずっとその時の事を後悔しています」
「………」
「先輩はまだ3年の4月じゃないですか。ここで諦めたら,絶対にずっと後悔します」
「…………」
「この先笑う為に,今頑張ってください。もう先輩は十分すぎるくらいチームメイトに信頼されています。もっと自分に自信を持ってください」
「……でも…」
何を言っても,俺の言葉では不安そうだ。
普段はあんなに気が強いのに一皮剥いた中身がこれだとは,一体誰に想像出来ただろうか。
これでは俺が何を言っても無駄だ。
自分で現実を見てもらう方が早い。
「なら先輩、コートをよく見てください」
「…え?」
「今みんなが戦っている、コートを見てください」
躊躇いながらも、そこでようやく先輩の視線はコートへと向く。
そこには、天王寺先輩を欠きながらも必死に相手に食らいつくチームメイトの姿がある。
「…やっぱり、私なんていなくても……」
「……違いますよ、先輩」
「…?」
そう、今はあくまで食らいついているだけ。
個々の力に頼っているだけの今の状態では、すぐに引き離されてしまう。
相手と対等に戦うのには、もう一手が必要なのだ。
「…これは……」
そして、それに気づかない天王寺先輩ではない。
少しコートの様子を見れば分かるはずだ。
「そうです。このチームには、まだ大切なピースが欠けているんです」
「大切な…ピース………あッ!?」
そんな話をしている間に、とうとうこちらの攻撃がシュート前に止められ、そのままカウンターを決められてしまった。
「まだ…ッ?!」
そして、そこで相手のディフェンスが変わる。
今までのゾーンを崩し、オールコートのマンツーマンに。
全員がぴたりとマークされ、パスが出せない。
「こっちだ!」
何とか火野先輩がボールを受け取り、ドリブル突破を試みる。
「甘い!」
だが、近くにいた相手が上手く先輩の進路を妨害する。
すぐにパスが出せれば振り切れるかもしれないが、焦る先輩の目に味方は見えていない。
そのままダブルチームでつかれ、どうしようも出来ないままボールを取られてしまった。
何とかディフェンスに戻るが、それも間に合わず再び得点を許してしまう。
その次もまた同じパターンに捕まり、今度は風花がボールを取られてしまった。
二度同じパターンで捕まえた事に自信を持ったのか、相手は更に前に出て強くプレッシャーをかけてきた。
そんな中で始まった三度目の攻撃は、ハーフラインを越えられず5秒ヴァイオレーションを取られてしまった。
「ッ……」
「そんな……」
完全に相手にペースを持っていかれたまま、第1クォーター終了のブザーが鳴った。




