4.ブラックフェイスはいつ現れたのか?
火田が資料とにらめっこをしている。
苛立った様子で貧乏ゆすりをしながら、「チッ」と舌打ちをし「データが多過ぎるな」と、小さく呟いた。
彼はブラックフェイスの正体を突き止める手始めに、“ブラックフェイスが関与しているだろう事件”の情報を視聴者達から集めたのだが、大量にある上に真偽不明のものばかりで、どれを信頼して良いのかまるで分からなかったのだ。
もっとも、そうなるだろう事は、彼も予想していた。それでも面白そうだから、自分でやってみる事にしたのだが……、
「実際に目にしてみると、想像以上に面倒くさそうだな」
その膨大なデータを目の前にして、嫌気が差した。
AIにデータを放り込み、重複を削除した上で時系列順に並べさせ、報道機関で報じられている事件との兼ね合いなどから信頼度を出させれば大したコストはかからない……
そのように彼は考えていたのだが、その作業すらも億劫に感じられたのだろう。結果、
「おい、みょんちゃん。ブラックフェイスの情報を送るから、分かり易く整理しておけ。AIを使えば楽にできるだろう」
みょんちゃんに電話をかけてそのように丸投げした。忙しいとかで、みょんちゃんは少しばかりごねたようだったが、「ああ? ちゃんと、金ぇ払っているだろうが!」と脅すとあっさりと引き受けた。格安で彼を雇っているので、労働に見合っているとは言えないのだが。
「――さて、」
みょんちゃんに仕事を任せてしまうと、彼は腕を組んで考え込み始めた。
「多分、さっきのデータは9割以上は、デマや勘違いだろう。整理したところで、奴が見つけられるとは限らないな」
ヒーローものの娯楽作品のようにわざと事件を起こして誘い出す…… という手段も考えたが、ブラックフェイスは全ての事件に現れるという訳ではもちろんない。今のところ、法則性は掴めない。それに、そんな事件を起こしたら、下手したらこっちが警察に捕まってしまう。
当然、却下だった。
ポンポンポンと、指で頬を軽く叩くと、彼は独り言を呟いた。
「まだ、ブラックフェイスの噂が広がる前に起こった奴が関与していそうな事件を漁る方が、ノイズが少なくて見つけ易いかもな。動画のネタにもなるし」
ブラックフェイスは承認欲求が強い“ヒーロー症候群”の罹患者ではない。もしそうなら、自らの活躍をもっと世間にアピールしているはずだ。
ならば、世間に認知される前から活動をしていたはずである。
「あ~。また、新しい動画がアップされちゃったか」
稲塚薫はパソコン画面を眺めながらそう呟いた。風呂上りで、さっぱりした後だったので余計に嫌な気分になった。
画面には動画のタイトルが映っていて、タイトルは『ブラックフェイスはいつ現れたのか?』になっていた。
彼がチンピラ相手に闘った動画は既に再生回数が1千万を超えていて、テレビやネットのニュースや記事でも紹介されていた。最早、軽い社会現象になっていると言っても過言ではない。
その先鞭をつけた、動画チャンネル“みょんチャンネル”では先日、ブラックフェイスに関する情報を視聴者から募集していた。だから次はそのアンサー動画になるのではないかと彼は予想していたのだが、どうやら違うようだった。
動画主は視聴者からの情報提供にまず感謝をし、『非常に役に立っています。集まった情報を整理中です』と断った上で『ただ、ノイズが多過ぎるのです』と説明をし、『今度はブラックフェイスの噂が出る前に、彼が関与している可能性が高い事件の情報が欲しいのです』と訴えていた。
“また情報が集まり過ぎるのじゃないの?”
と、彼はそれを聞いて疑問に思ったが、きっと動画ネタの意味もあるのだろう。新しい動画を上げなければ忘れられるし、金も稼げない。
『初めてブラックフェイスの噂が広まったのは、大体6年前のようです。我々の掴んだ情報からの予測では、ストーカーを行っていた犯人が、“黒いフルフェイスマスクを被った黒ずくめの男に襲われた”と証言したのが噂の始まりです。
ですが、それ以前にもブラックフェイスは現れていたはずなのです。デマや誇張が少ないはずなので、そういう事件の方がきっと彼の正体に迫る手がかりも得られ易い。信頼度の高い情報から推測するに、彼が現れた可能性の高い有望な地域は……』
動画の中でみょんちゃんは、そのように説明し情報提供を呼びかけていた。
“ブラックフェイスが噂になる前の事件?”
と、彼はそれを聞いて過去に自分が排除した“問題有りな男”達を思い出す。
新聞記事になったものもある。特に最初の事件は大騒ぎになった。高度情報化社会の現代だ。誰かが気が付いてしまうかもしれない。
“まずいなぁ”
と、彼は思い、そしてその事件思い出していた。
“あれは白鳥さんにフラれた直ぐ後…… だったよな”
今にして思えば、彼がフラれたのは、彼女が既に“問題有りな男”…… 三城先輩を好きになっていたからだったのかもしれない。
「稲塚君の事は好きだけど、異性としては見られないの」
白鳥愛にフラれた時、稲塚薫はそれほどショックを受けなかった。彼女が自分を助けてくれたのは同情心であって恋愛感情ではない。そう思っていた彼には自信がなく、告白する前から覚悟はできていたからだ。
彼は中肉中背で顔立ちはクセがないが、それほど良くもない。勉強や運動は多少はできたが、それだけだ。後は“優しい”というぐらいしか、女性にアピールできるポイントが彼にはなかった。だから、彼女が自分を選んでくれるはずがないと、彼は思っていたのである。
ただ、“友達から”という可能性くらいならあるのじゃないか、と仄かな期待を抱いてはいたのだが。
彼女にフラれ、彼はどことなく安心してもいた。白鳥愛は手が届いてはいけない存在。そのようにも感じていたからだ。つまり、無自覚ながら、彼女は彼にとって半ば崇拝の対象になっていたのである。
――きっと彼女は、素晴らしい男性を選んで、とても仕合せになるのだろう。
彼はそのように願っていた。もっとも、具体的な相手の男の姿は、まったくイメージできていなかったのだが。
そして、そんなある日、偶然、彼は彼女が彼の知らない男…… 同じ学校の恐らくは先輩だろう男子生徒と下校している姿を見かけたのだった。
背が高くカッコいい男で、アメリカドラマにでも出て来そうな“プレイボーイ”という言葉がよく似合う外見をしていた。スポーツでもやっているのか、健康そうで体格もそれなりに良かった。まず間違いなく女性からモテるだろう。
それを見た瞬間、フラれた時以上に彼はショックを受けた。
単なる嫉妬か、それとも崇拝の対象が穢されるという危機感か。邪魔をしたいという強い衝動に駆られた。
が、なんとか彼はそれを抑え込んだ。彼女に迷惑がかかると、理性でブレーキをかけられたのだ。
自分のような並の男子生徒が、あんないかにもスペックの高い男子生徒に張り合うなんてダサすぎる。
そんな思いもあった。
ただ、それでも、彼は心の奥底では納得できてはいなかったのだ。
だから、
「――最近、白鳥さんが男の先輩と一緒に帰っているのを見かけたよ」
同じクラスの噂話好きの女子生徒に、彼はそう話しかけたのだった。恋愛関係の噂が特に好きで、きっと食いついて来ると思っていた。すると、
「え? 白鳥さんが? 相手の男はどんなだった?」
案の定、彼女は喜んで乗って来た。これで相手の男の情報が得られるかもしれない。彼が特徴を話すと、
「ああ、それなら、きっと三城先輩ね。噂は本当だったんだぁ」
などと言って来る。既に噂になっていたらしい。そして、
「でも、三城先輩って“良くない噂”も聞くわよ」
隣にいた別の女子生徒がそのような事を言って来たのだ。俄かに彼の中に不安と期待が膨らんでいく。
“何か問題がある男だったなら、何がなんでも別れさせなくちゃ……”
それはもちろん、もし、“三城先輩”が“問題有りな男”だったなら、白鳥との恋愛を妨害する言い訳ができるからだった。




