5.彼女を怪人の手から護る為の準備だよ
天野小夜子には、特に白鳥愛と仲が良いという自覚はなかった。ただ、何故か高校への入学当初からよく彼女に話しかけられていて、別に拒否する理由もないので相手をしていたら、いつの間にか周囲から彼女の“友達”ポジションだと認識されていて、無理に否定するのも変なので、放っておいたら本当にそのような関り合いになっていたというだけの話だ。
どうして白鳥が、天野によく話しかけて来たのかは、よく分からない。単なる気まぐれか、それとも偶然席が近くだったからなのか。
だから、稲塚薫から、「白鳥さんの友達なんでしょ?」と話しかけられた時は、多少なりとも彼女はうざったく感じていた。放課後で、帰ろうとしていたところだったから、その所為もあったのかもしれない。ほとんどの生徒はもう教室から出て行っている。部活に行ったり、塾に行ったり、帰ったり。もちろん(?)、彼女は帰宅部だ。
「そうだけど、そうだったら何なの?」
だから、追っ払う意味も込めて、意図的に冷たい口調でそう返したのだが、彼には通じなかった。否、通じてはいたのかもしれない。だが、構わず彼は必死にこう訴えて来たのだ。
「白鳥さんが危ないかもしれないんだ。助けるのを手伝って欲しい」
天野はそれを聞いて、「は?」と思わず声を漏らした。
――こいつは、何を言っているんだ?
彼女は顔をしかめる。彼女の表情から、彼女がどう感じたのかを察したのだろう。彼は言い訳をするようにこう続けた。
「噂を聞いたんだよ。白鳥さんが付き合っている男が、どうもかなり悪い奴らしいっていう……」
彼は偶然耳にしたらしいのだが、白鳥愛が付き合っている三城という先輩の男子生徒は、付き合っている女性を他の男に抱かせて金を貰うという非道な行いをしているらしい。
「なにそれ? そんな事をして、警察に捕まらないはずがないじゃない」
本当なら、ほぼ確実に犯罪だろう。女性の同意があれば別かもしれないが。
「噂では、三城先輩は女の子にクスリを飲ませるらしいんだよ。オーバードーズだったり、脱法ドラッグだったり。それで女の子は意識が混濁していたり、眠っていたりするから、はっきりとした証拠は残らないらしい。それで警察には通報されない。
それでも怒る女の子はいるそうだけど、そういう場合は“あれは違法ドラッグだ。通報すればお前も捕まるぞ”って言って脅すみたいで」
「はあ」と、やや呆れた様子で天野は返した。
「つまり、それって証拠はないってことじゃないの? 被害に遭った女が本当にいるかも分からないし、勘違いかもしれないし、モテる男なら、他の男が嫉妬で流したデマかもしれないし」
彼女が言うのは正論だろう。ただの噂だけで悪人扱いは問題がある。だが、淡白な態度の彼女に対して彼は激しく反応した。
「でも、もし本当だったら、彼女が危ないんだぞ?!」
彼女は驚いてしまった。目を大きくする。
それを見て、彼は「ごめん」と謝って来た。
「つい、興奮しちゃった。だけどさ、嘘だったら笑い話でお終いだけど、本当だったら白鳥さんが危ないんだよ? なら、念の為、行動しておいた方が良い」
「まあ、分かるけどさ」
稲塚が言っているのは、いわゆるリスク管理というやつの基本的な考え方だ。もっとも、コストがかかり過ぎるのであれば、リスクを放置するという選択肢もあるのだが、彼の様子を見るに、どうもその選択肢は彼には初めから用意されてないようだった。
「そんなに心配だったら、稲塚君から白鳥に忠告をすれば良いじゃない。“危ないから気を付けた方が良い”って」
「いや、多分、無理だと思う。信じてもらえない」
「どうして?」
「僕、実は彼女に告白してフラれているんだよ。だから多分、嫉妬で妨害しようとしていると思われる…… と、思う」
それを聞いて彼女は驚いた。
「は? つまり、稲塚君は、自分をフった相手を必死に守ろうとしているって事?」
彼が嫉妬から行動しているようには、彼女には見えなかった。それにあっさりと彼は
「そうだよ」
と、力強く応えた。
「確かにフラれたけど、僕は彼女を恨んじゃいない。当然だって思っている。それに、僕は彼女に救われたんだ。その恩をどうしても返したいんだ」
彼女はそれを聞いて驚いていた。「ふーん」と返す。
彼女には彼が嘘を言っているようには思えなかったのだ。
「まあ、少しくらいは協力してあげても良いわよ」
彼女がそう応えたのは、白鳥愛を心配したからというよりは、稲塚薫に興味を覚えたからだった。彼は会った事がないタイプだ。思い込みは激しいが、実直で誠実ではある。
「……で、何をすれば良いの? あいつに忠告でもする?」
「それなんだけど、白鳥さん、冷静な判断ができるような状態だった?」
そう言われて彼女は思い出す。ここ最近、白鳥愛がかなり浮かれている事を。彼氏ができたという話は聞いていたので、それも無理もないかとあまり気にしていなかったのだが。
「ああ、冷静に忠告を聞けるような感じではなかったかなぁ」
もし、彼女が忠告をしたりしたら、臍を曲げる可能性がかなり高そうだ。
「それに、下手に忠告をして、三城先輩にまで伝わっちゃったら警戒をされるかもしれない。そうしたら、護り難くなる」
「まあ、その可能性は否定しないけど」
少し怖がり過ぎじゃないか? と彼女は思っていた。
どうも彼はかなり慎重なタイプらしい。と言うよりも、思考がネガティブなのかもしれない。悪い方へ、悪い方へとつい考えてしまう。
「でも、だったら、どうすれば良いの?」
「白鳥さんが浮かれているのだったら、てきとーに話を合わせて情報を聞き出して欲しい。デートの日取りとか、行先とか」
「それが分かったら、あなたはどうするのよ?」
「女子生徒達の噂によると、三城先輩は女の子を、非合法の民泊に連れ込んで、そこで乱暴をするらしいんだ。
それっぽいデート先が決まったら、だから準備をする」
「準備? 準備って何よ?」
「もちろん、彼女を怪人の手から護る為の準備だよ」




