↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
22/27

21.怪人“闇落ちストーカー”退治

 人がストーカー化する条件の一つとして言われているのが“不安”である。人生に何かしら不安を感じている。その不安の吐き出し口が、ある場合には恋人(と、当人が認識している)異性へと向かってしまう。

 恋人だと思っている異性の存在がストーカーのプライドを支え、不安を和らげてくれるからだ。しかし、逆に言えばその所為でストーカーはその異性への執着を強くしてしまうのであるが。そして、その執着は本人でもコントロールできなくなり、異常な行動へと駆り立ててしまう。

 だから、ストーカーを治療したいと思ったのなら、無理矢理に諦めさせるよりも、安定した就職先の世話やスキルアップなどを支援するのが効果的かもしれないのだ。それが患者の自信に繋がり、精神的な安定を支えてくれるのである。

 ……白鳥愛にストーキング行為をしていた彼も、或いはそんな一人だったのかもしれない。

 

 稲塚薫はストーカー君を気は小さいがプライドが高いタイプの男だと考えた。髪を赤く染めているいかにも怖そうな上原を怖がって簡単に追い払われ、以降は大学に現れなくなったのは気が小さいからだろう。彼が髪を金髪に染めているのは、威嚇の意味合いがあるのかもしれない。これも臆病さの表れである。そして、そのような威嚇行動は、プライドが高いからでもある。単に気が小さいだけだったなら、できる限り目立たないようにしていれば良いのだから。

 ……彼には脅しが有効ではあるが、何をするか分からない凶暴性も同時に持っていると考えた方が良さそうだ。稲塚はそう考えた。普通の方法で止めようとするのは、リスクが高いかもしれない。ならば、黒いヘルメットの出番である。

 稲塚が白鳥愛のバックのポケットに小型のGPS装置を潜ませたのは、もちろん、ストーカー君から彼女を護る為だった。もしつけ回されているのなら、彼女は駆け足で速く移動するだろうし、盗聴機能で何か聞こえて来るかもしれない。

 幸い、彼女の自宅と彼の自宅はそれほど離れてはいない。ピンチになってから駆けつけても間に合う可能性が高い。

 初日は何も怪しい動きは観られなかった。がしかし、それでも心配だった彼は彼女の自宅付近をパトロールした。そして、ストーカー君を見つけてしまったのだった。

 見覚えのある頼りない金髪。まるで毒を持つ生物が持つ警戒色のようだ。もっとも、彼の場合は擬態であるのかもしれないが。

 彼は白鳥愛の自宅近くの路上から、彼女がいるだろう二階の部屋を見上げていた。

 「何をやっているのですか?」

 いきなり襲いかかるような真似は流石にできなかったので、稲塚はそう彼に話しかけた。すると彼は驚いた顔で稲塚を見、それから「いや、別に……」と言って何処かへと行ってしまう。

 これで離れてくれるかもしれない。

 そう稲塚は願った。だが、この程度でストーキングを止めてくれるのなら、ストーカーは社会問題になってはいない。

 上原が追っ払ったら、簡単に彼は大学には来なくなった。だがそれは、上原がいかにも危なそうな奴だからかもしれない。赤い髪だし、喧嘩っ早そうだし。見た目は普通に思える稲塚がちょっと話しかけた程度では脅しの効果はきっと薄い。

 念の為と思ってまだ見回っていると、今度は白鳥の自宅の玄関の出入り口近くの電柱の陰に彼がいるのを見つけた。

 背後からゆっくり近寄ってみると、ブツブツ独り言を言っている声が聞こえて来た。

 「あいつの所為で、余計な恥をかいたじゃねぇか。付き合っているのに、“付き合っていない”なんて。じゃ、どうして俺の誘いに乗って来たってんだよ…… 今更、“なし”だなんて通ると思っているのか?」

 その内容に、稲塚は静かに青筋を立てた。

 “ラーメンを一緒に食べたらオーケーなんて、恋愛にそんなルールある訳ないだろーが!”

 あまりに腹が立ったので、また追っ払ってやろうと彼はバックからヘルメットを取り出して被った。正体は知られない方が良い。今度は充分な脅しになるくらいの暴力で“分からせてやる”つもりだったのである。が、そこで白鳥の自宅の玄関から気配があった。

 「お母さん。じゃ、ちょっと買って来るね」

 彼女の声である。どうやらコンビニか何処かに買い物へ向かうつもりらしい。

 玄関から出て来た彼女は、稲塚達がいるのとは反対方向に歩き始めた。すると、想像の中で勝手に溜まっていた理不尽な怒りが限界寸前だったのか、ストーカー君はいきなり走り出してしまったのだった。そして、

 「ちょっと待て、コラァ!」

 そう怒鳴りながら彼女の髪を後ろからむんずと掴んで引っ張ったのである。

 「キャッ!」

 彼女が悲鳴を上げる。その悲鳴が気に食わなかったのか(悲鳴は拒絶の意味でもある)彼はそこで彼女の顔を殴った。

 “何してやがるんだ、こいつ?!”

 稲塚は怒りのあまりほぼ反射的に我を忘れて駆けると彼の首に腕を回し、頸動脈を絞めた。一瞬で失神させる。無理に引き剥がしたり殴ったりすれば、白鳥の髪が更に引っ張られて痛い想いをするだろうと無意識の内に判断し、絞め落としたのだ。

 白鳥愛は彼の手が髪から放れ、頭が軽くなったのに気付いたようだった。よほど怖かったのか、振り返りもしないでそのまま逃げ去っていく。

 そして、稲塚と腕の中にいるストーカー君だけが残された。頸動脈を絞める刹那、彼が自分を目を大きくして凝視したのを稲塚は覚えていた。もっとも、ヘルメットを被っていたから正体は分からなかっただろうが。

 少し考えると、稲塚は彼を道路の隅の誰にも見つからなそう場所にまで引きずってそのまま放置した。誰か救護を呼ぶほどでもないし、どうせ直ぐに意識は回復する。その後、少し離れた位置から見守ったが、意識が回復した彼は辺りを警戒した様子で見回してから何処かに去っていった。

 再び黒いヘルメットの男が現れないかと恐怖したのだろう。正体不明の謎の男に襲われれば、怖がって当然である。

 稲塚が稲塚として彼を脅すのではなく、正体を隠して彼を襲った理由にはそれもあった。

 

 稲塚は流石にこれであの怪人“闇落ちストーカー”も懲りただろうと考えていた。がしかし、まだ彼は白鳥愛への執着をなくしてはいなかったのだった。

 「またバイト先に来て、“あの黒いヘルメットの男はなんだ?”とか変な事を言って来て……」

 大学で再び彼女が稲塚と天野に愚痴を言ったのだ。それを聞いて天野が呆れた視線を稲塚に向けたが、彼は気が付かない振りをした。

 バイト先という事もあってか、幸いその時は暴力は振るわれなかったらしい。が、彼女の頬にはまだ先日殴られた所為でできた薄い痣が残っていた。

 それを見て彼は怒りを覚えつつこう思った。

 “こうなったら、あいつがストーキングを止めるまで何度でも失神させてやるか……”

 ――初めて彼女を傷つけさせてしまった。しかも自分の見ている前で。

 彼にはそれが許せなかったのである。

 

 その日の晩、稲塚が白鳥の自宅に行ってみると、先日と同じ様にストーカー君は彼女の二階の部屋を見上げていた。

 放置すると何をするか分からない。

 稲塚は背後から彼に近付いていった。すると敏感にそれを察知して彼は振り返る。見ると、手にカッターナイフを持っていた。それで稲塚が怯えるとでも思ったのだろう。先日絞め落とされた件で用心の為に準備していたようだ。が、場慣れしている上に防弾ジャケットを着ている稲塚にはその程度では通じない。稲塚は少しも物怖じせず、何でもない事のように彼の腕を取ると手を捻り、カッターナイフを落とさせると、流れるような動きで前と同じ様に頸動脈を絞めた。

 一瞬で彼は失神する。

 目が覚めた後、彼がストーキングを続行するかもしれないと稲塚は不安になった。が、流石に恐怖心が勝ったのだろう。彼は白鳥愛へのストーキングを諦めて逃げ去って行った。

 ただ、それで彼が完全に白鳥愛を諦めるとは稲塚には思えなかった。

 

 ――白鳥愛が速い速度で移動しているのが分かった。走っているのだ。大学からの帰り道である。

 小型のGPS装置を、稲塚は彼女のバックの中に再び忍ばせていたのだ。今度はもっと長時間バッテリーが持つタイプを檜倉から購入していた。だから、数日時間が経過しても彼女が何処にいるのかが分かったのだ。

 因みに、性能を確かめるのと、一応の護身の為に天野小夜子にも同じ物を彼は渡していた。「多分、大丈夫だろうけど、もしピンチになったら、それをオンにすれば僕に分かるから」と言って。その時、天野は少しばかり嬉しそうにしていた。

 ……それが彼女への初めてのプレゼントだった。今まで色々と世話になっている事を考えるのなら、もっと早くにお礼をするべきだったのかもしれないとそれで彼は思った。

 白鳥がピンチに陥っているその時、稲塚も帰宅途中だったので、直ぐに向かう事ができた。と言うよりも、彼女が移動する時間に合わせて彼は直ぐに駆け付けられる距離で常に行動をしていたのだが。

 GPSを頼りに向かうと、駅の近くで彼は白鳥愛を見つけた。やはり逃げている。背後に“闇落ちストーカー”の姿が見える。その姿を見て、彼女が逃げるのも無理はないと彼は考えた。金属バットを持っていたのだ。もっとも、彼女を襲う為ではなく、“黒尽くめの男”から身を護る為の武器なのだろうが。

 暗い道だった。

 お陰で目立たない。

 稲塚は先回りすると路地裏に潜み、黒いヘルメットを被った。目の前を白鳥が通り過ぎる。彼には気が付かなかったようだ。そしてその後に続いて、ストーカー君が通る。彼は足をかけて転ばせ、片腕で肩を掴むと路地裏に引き摺り込んだ。

 「また出やがったな!」

 尻餅をついた状態で、ストーカー君は後退りしながらバットを振り回した。稲塚は物怖じせず、それを悠然と見下ろしていた。

 道路への道を塞いでいる。

 ストーカー君は座った状態だ。蹴り飛ばしても良かったが、それではいつまで経ってもストーキングを止めない気がした。

 だから、稲塚は敢えて彼に立ち上がる時間を与えたのだ。

 ストーカー君は立ち上がると、バットを振りかぶって彼に殴りかかって来た。彼は一歩前に出て懐に入るとそれで威力を殺して彼の腕を肩で受け、そのままストーカー君の顎を掌底で打ち上げるようにしつつ足をかけて後ろに倒す。

 コンクリートの地面に、彼の背中が強打した。

 もがき苦しんでいる。

 それを稲塚はただ黙って見ていた。ストーカー君が立ち上がるのを待っている。彼が立ち上がると、直ぐにまた足をかけて倒した。

 悲壮な表情。

 同情は沸かなかった。

 白鳥愛を傷つけた者を、稲塚薫が許すはずがないのである。

 何度もそれを繰り返すうち、「もう勘弁してくれ……」と彼は訴え始めた。

 戦意は完全に喪失している。

 そんな彼に向けて稲塚は再生装置のスイッチをオンにした。合成音声が響く。

 『まだ、これ以上、悪さをし続けるようなら、何度でも同じ目に遭わせてやる』

 白鳥愛の名を出す訳にはいかなかったからなのだが、結果として、まるで悪をくじくヒーローのようなセリフになってしまった。

 そして、彼に近付くと、首に腕を回した。彼は無抵抗だった。怯えた声で言う。

 「やっぱり、また落とすのか」

 無言で稲塚は彼の頸動脈を絞めた。一瞬で気を失う。その時、真っ暗になった意識の中、彼は凍りつくような恐怖で、完全にプライドを破壊されたのかもしれない。

 

 次の日、ネット上では“謎のダークヒーロー・ブラックフェイス現る”というタイトルの記事が話題になっていた。

 ストーカー君はネット上で『ブラックフェイスに襲われた』と訴えていたのだが、その内容がどう考えても彼のストーキング行為から女性を救ったものにしか思えず、ヤリサーを潰した“黒尽くめの男”の噂話もあってか、ダークヒーローとして扱われていたのである。

 それはどうやら、白鳥が「バットを持った男に追われている」と警察に連絡していたからでもあったようだった。

本編とはまったく関係のないオマケ

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。