20.怪人“闇落ちストーカー”
――或いは、誰かがストーカー化する原因を、“性欲”だと思っている人は多いのかもしれない。だが、少なくとも男性の場合は“プライド”が重要な要因になっている。
“女性にフラれる”
それを男性の多くは“プライドが傷つけられた”と感じるのである。そして、プライドの回復の為に女性に執着する。つまりこの時点で、その男性にとって女性は“プライドを傷つけた敵”となっているのかもしれないのである。敵だからやっつけなければならない。復讐しなければならない。痛めつけ、支配して、分からせてやらなくてはならない……
……それがストーキングという行為となって表れてしまう。
この話は稲塚薫が鈴谷凛子から聞いた話なのだが、これが正しいとするのなら、彼がブラックフェイスとしてストーカーに対処した方法は、“ストーカーのプライドを回復困難になまでに叩き折る”というものだったのかもしれない。少なくとも彼自身はそう考えていた。
「……だけど、こういう闇落ちストーカーに比べると、僕はかなり良心的な“問題のないストーカー”だよね」
その稲塚の言葉に反応し、天野小夜子は呆れた声を上げた。
「充分に問題だと思うわよ? こんなものをあいつの荷物に勝手に忍ばせておくのだもの」
彼女はつまみ上げるようにして、小さなスポンジ状のコインほど大きさのものを彼に見せて来た。
「あ、渡したそれ、まだ持っていてくれたんだ」
と、彼は誤魔化す。彼女は軽く溜息を漏らした。
「一応ね、何があるか分からないから」
彼らは学食で昼食を取っていて、スマートフォンで先日起こったストーカー事件の記事を眺めていた。タイトルは“謎のダークヒーロー・ブラックフェイス現る”となっていた。
「有名にされちゃったけど、正体については誰も気が付いていない感じね。コメントを読む限り」
彼女が言うのを聞くと、彼は軽く頷いた。
「だね。ま、良かったよ」
「これに懲りたら、もうそろそろ止めるべきだと思うわよ。あいつのナイト様気取りは」
「それはどうとも言えないよ。彼女がもうこれ以上、悪い奴に引っかからなければ良いのだけど……」
「あんた、まだやる気でいるの? いつかはバレるわよ。あいつにも」
「バレても、彼女なら許してくれそうな気もするけど……」
「へー。なら、私がバラしてあげようか?」
「それは止めて。お願い」
ヤリサリアン達の組織は解体した。
ネットで猛烈に叩かれているから、これ以上の活動はできないだろう。だが、全てのヤリサリアン達が大人しくなったという保証はない。酒と脱法ドラッグで女性を酔わせて手籠めにするという方法自体を封じた訳ではないのだから。また、ヤリサリアン達以外の誰かが同じ手段を使わないとも限らない。
つまり、白鳥愛が狙われる危険性はまだあるのである。
だから稲塚薫は、彼女が出席する飲み会の類には極力同席していた。何かあったら彼女を護れるように。自分がどうしても無理な時は天野に頼んでいた。
――が、その日の飲み会には、彼も天野も出席できなかったのだ。だから彼は小型の盗聴機能を持つGPS装置を白鳥愛のバックに忍ばせておいたのである。装置は檜倉から購入してもので、半日程度ならバッテリーは持つらしい。
彼の目的は飽くまで“飲み会で彼女を護ること”だから、半日程度という時間の短さはむしろ好都合だった。もし見つかっても、言い訳ができる。
彼も天野も出席しなかったから、具体的にどのようなやり取りが“ストーカー君”との間にあったのか詳細は不明だが(GPS装置の盗聴機能はそれほど高くなく、あまり聞き取れなかったのだ)、聞いた話ではズレた発言で周囲から引かれ、冷たい対応を執られていた彼の事を、白鳥は庇っていたらしい。そして、飲み会後に彼からラーメン屋に誘われた彼女は、何の警戒心も抱かずにオーケーを出してしまったのである。
ラーメン屋では何事もなく、ただ単にラーメンを食べてお終いだったようなのだが、ただそれだけでストーカー君の中では、“白鳥愛は自分の彼女”とどうやらなってしまっていたらしい。
天野に言わせれば、惚れこそしなかったものの多少は白鳥もストーカー君に惹かれていたのではいか?という事だった。稲塚は違うと思いたかったが、“問題有りな男”を好きになってしまう白鳥の傾向を考えるのなら、有り得る話ではあった。だからこそ、ストーカー君は勘違いをしてしまったのかもしれない。もう少しゆっくりとアプローチをしていたなら、彼女はストーカー君を好きになってしまっていた可能性だってあるだろう。
GPS装置で、白鳥が真っ直ぐに帰っていない事を知った稲塚は、彼女の身を心配してラーメン屋に向かい、一緒にラーメンを食べている二人を目撃している。愛想笑いかもしれないが、白鳥はその時、ストーカー君に笑顔を向けていたので、彼は悔しさを堪えながらそれを見守っていた。
相手の男は痩せ型で、髪を薄い金髪に染め上げていた。やや髪が薄かったので、その金髪は頭髪の頼りなさをより強調してしまっているようにしか稲塚には思えなかったが本人に気にしている素振りはない。強そうには思えないが、“何をするか分からない”凶暴性のような何かを稲塚は彼のその見た目から感じ取っていた。
――ただし、同時に“醜い嫉妬がそう思わせているだけかもしれない”とも考えていたのであるが。
ラーメンを食べ終えると、二人はそのまま別れて家路に就いた。それでも心配だったので途中まで稲塚は背後から白鳥を見守っていたが、特に何も起こらなかった。だから彼は杞憂だったと判断していたのだが、ストーカー君は彼が直感的に感じ取ったように“普通ではない”思考をする男だったのである。
それからストーカー君は、白鳥愛を“自分の彼女”と認識し、付き纏い始めてしまったのだった。
「――ちょっと困っているのよ」
大学でそう白鳥愛が稲塚や天野に相談をして来た時、“完全に油断をしていた!”と稲塚は激しく後悔した。
「偶々、飲み会で一緒になった人なんだけど、帰りに一緒にラーメンを食べたら、それでわたしが付き合うのをオーケーしたって思い込んじゃっているみたいで……」
彼は天野と顔を見合わせた。天野は“あんたが知らないんて意外”とでも言いたげな目をしていて、実際、彼自身も驚いていた。一体、いつの間にかそんな事になっていたのだろう? と。
ラーメン屋に一緒に行った次の日、白鳥に電話がかかってきて、ストーカー君はデートの約束をしようとして来たらしい。彼女が「どうしてデートをしなくちゃいけないのですか?」と質問をすると、彼は「だって、俺ら付き合っているじゃないか」とそう言って来たのだという。
あまりにしつこいので、一度デートをしてみたのが更にいけなかったらしい。その時、きっぱりと彼女は「付き合っているつもりはありません」と言ったにも拘わらず、彼はその後もしつこく連絡を取って来たらしいのだ。彼女が無視をし続けると、アルバイト先にも現れるようになり、尾行されていたのかどうかは分からないが、何故か彼女の自宅も知られてしまっていて、近所でも見かけるようになったのだとか。
「それにしても、それだけ付き纏われているのに、どうして大学には現れないのかしらね?」
天野が当然の疑問を口にした。もし大学に現れていたら、稲塚がいち早く気が付いていただろう。
「それは分からないわ」と、白鳥は応える。
「誰か苦手な人でもいるのかしら?」
それを聞いて、稲塚はピンと来た。少し離れると、上原に電話をかける。
「おい。お前、大学で金髪の変な奴を追っ払った事はないか?」
『おお。よく知っているな。薄毛の金髪ヤローが白鳥ちゃんを尾行していたから追っ払ってやったよ』
「オーケー。よく分かった。ありがとう」
電話を切ると、“役に立つ奴だ”と彼は心の中で呟いた。これで疑問は解けたと彼は思った。“ストーカーをもってストーカーを制す”といった感じだ。もっとも自分も他人の事は言えないのだが。
「警察には相談したの? 確かストーカー防止法とかなんとかっていうのがあるのよね?」
天野がそう尋ねる。
「したわ。でも、したら、“よくも警察にチクりやがったな”って怒っちゃって…… なんか敵意を持たれている感じなのよね。プライドを傷つけたって言うか……」
“なんか、やばそうなパターンだな”と、それを聞いて彼は思った。そして、ほぼ反射的に彼女のバックのポケットに小型のGPS装置を潜ませたのだった。




