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16.怪人“ヤリサリアン”達の誕生

 どこの大学にも、どのような事情があるか分からない、まるで大学に取り憑いた妖怪のような古参の学生が一人や二人はいるものだ。長年大学に在籍をし続け、卒業する気があるのかないのかもよく分からないような。

 古原はそんな学生だった。正確な数字は不明だが何年間も留年しているらしい。親泣かせである。

 「ああ、ダンスサークルね。俺が入学した頃は真っ当なサークルだったんだよ」

 と、彼は稲塚薫に言った。

 天野から聞いたこの大学のヤリサーは、どうやら本来はダンスサークルであるらしい。稲塚は“何はともあれ情報が必要だ”と、ダンスサークルについて知っていそうな古原を訪ねたのである。彼は学生寮の有名な重鎮の一人で、酒や飯を奢りさえすれば機嫌良く色々な事を話してくれるらしい。「女友達がヤリサーに狙われていて心配だ」と言うと、彼はあっさりと説明し始めてくれたのだ。

 「――でも、ある年に入ったある男の生徒が切っ掛けで変わっていった。

 そいつはダンス業界じゃ高校時代から有名だった奴らしくてね。俺はダンスには詳しくないから知らないが、カリスマとかって言われていたらしい。

 高校のダンス部って女の子がほとんどなんだろう? 多分、だからだと思うのだけど、たくさんの女の子がダンスサークルに入会したんだよ。彼目的で」

 そこまでを語ると彼は軽く溜息を漏らした。

 「しかし、嫌になるよな? なんで男一人にそんなに女の子が寄って来るんだよ? 聞いた話じゃ、女の子に選ばれる男っていうのは極少数なんだってさ。三島由紀夫の文章読本には、4700人の女の子とエッチした男の話が載っているし、NBAのスター選手にはなんと2万人の女の子とエッチしたって主張している奴がいる。まったく、一部の男だけがそれだけモテまくっているから、俺らみたいなのに女の子が回って来ないんだよ。しかも女の子達はそれをあまり嫌がらないらしい。人類は進化の過程で少なくとも一時はハーレム制を経験しているって言われているのだけど、こーいう話を聞くと納得できるよな」

 古原は独特のリズムのある遅いのか速いのかよく分からない口調で喋り続けた。どうも喋るのが好きな男らしい。これ以上脱線されても困るので、稲塚は話題を戻す為にこう尋ねた。

 「それで、その人がダンスサークルをヤリサーに変えちゃったのですか?」

 「いいや、違う。まあ、モテまくっていて複数人の女の子に手を出していたらしいけど、それでもその男は真面目にダンスをやっていた。でも、女の子が集まって来ると、男どもも寄って来るんだよ。まぁ、彼が全員を相手できる訳もないし、おこぼれ目的だな。

 で、そーいう男が集まって来ると、そーいう女の子も集まって来る。結果として、ダンスサークルはエッチ目的の男と女のマッチング場所みたくなっちまったんだな。

 ……もっとも、別にそれ自体は悪い事とは言い切れない。自由恋愛……、恋愛じゃないケースもあったかもしれないが、まあ、本人達の自由だ」

 稲塚は思う。少しずつヤリサーになりそうな気配を帯びて来た、と。

 「その頃は、なんとかダンスサークルの体裁は保っていたんだ。そのカリスマが抑えていたんだな。ダンスを真面目にやりたいって連中もそれなりにいたしね。

 が、そのカリスマが卒業して、タガが外れた。目の上のたん瘤がいなくなって、エッチが活動の中心になっちまったんだな。真面目にダンスをやりたい連中は辞めていって、エロ目的の男どもは我が物顔で女の子漁りをするようになった……

 が、ここで一つ問題が起こった。連中にとってはとても大きな問題が」

 「なんですか?」

 「女の子の人数が減っちまったんだよ。ダンス好きで、ダンスが巧い男と知り合う為に入会したって子もそれなりにいたんだろうな。それでエッチがしたくても、男と女の子の数が釣り合わなくなっちまった。

 なら、外部の女の子に手を出すしかなくなる……」

 「――もしかして、女生徒に無理矢理乱暴するようになったんですか?」

 稲塚の表情がきつくなる。なら、絶対に白鳥愛を連中に近づけさせてはいけない。そう思っていたのだ。

 「いや、そうとも言い切れないみたいだな。そんな噂もあるが、多分、誇張だ。が、問題がない訳じゃない」

 「と、言いますと?」

 「準強制わいせつ罪ってあるだろう? 催眠や泥酔状態の相手にエッチな事をしちゃダメってやつだ。奴らはそれが成立する…… かもしれない事をやっている」

 「酒を飲ませてエッチしているのですか?」

 「酒も飲ませているだろうな。だが、泥酔はさせていないらしい。だから、そっちは合法だ。が、どうやら脱法ドラッグは使っているみたいだ」

 「脱法ドラッグ?」

 「そうだ。意識は明瞭だが、多少高揚して判断能力が鈍るって代物らしい。痕跡も残らないって聞いている」

 「つまり、女の子が自分の意思で同意したかどうか分からないって事ですか?」

 「その通り。もし、現場を見られたら、だから罪になる可能性がある。しかし連中は巧みだ。現場を押さえられないように、キャンパス内の安全な場所でしかやらないんだよ」

 少し考えると、稲塚は口を開いた。

 「それって女生徒の中に不満を抱いている人はいないのですか? 騙されたと思っている人もいそうですが」

 「いるらしいぞ」

 「なら、そういう人が警察に訴える可能性もあるって事ですよね?」

 古原の話を聞いて、むしろ誰も訴えていないのが不思議なくらいだという感想を彼は持った。

 「あるな。そこまでは俺も知らないが」

 それに軽く頷くと稲塚は「ありがとうございました。参考になりました」と礼を言って彼の部屋を出て行った。

 

 「――警察になんて言えないわよ。こっちにだって人間関係があるんだから」

 

 彼女はそう言って肩を竦めた。

 天野小夜子に頼んで、稲塚はヤリサーの被害に遭った女性を探してもらったのだ。彼女は“エロ目的の飲み会に無理矢理に参加させられた”と愚痴を言っていると有名だったから、簡単に見つかったらしい。

 「もう二度とご免よ。酒と雰囲気に酔ってついオーケーしちゃったのだけどさ」

 講義の終わりに彼女を見つけ、話を振ってみると、よほど不満に想っていたのか、そんな感じで歯に衣着せぬ物言いで喋り始めた。だから、警察に動いてもらう事にも直ぐに同意してくれると稲塚は思っていたのだが、意外にも彼女はそこまでするつもりはないようなのだった。

 「そりゃ、文句はあるわよ? 付き合いで嫌々参加した飲み会で、酷い目に遭ったんだから。でも、警察に言うとなると、ラインを超えちゃっているでしょう? あいつらと仲が良い友達だっているんだもん。恨まれちゃうわよ」

 “なるほどね”と、それを聞いて稲塚は思った。

 ヤリサーの連中がそこまで考えているかどうかは不明だが、女生徒同士の人間関係の縛りで、誰も警察に通報できないでいるのだ。

 それに……、

 「ところで、お酒とかつまみとか意外にも脱法ドラッグかなんかをやらなかった?」

 彼がそう訊いてみると、彼女は「やったわよ。変な味だった。隠し味だとか言ってお酒に混ぜていたけど、まずかったわ」などと返した。

 彼女は脱法ドラッグで正常な判断能力を失わされていた事は知らないらしい。

 つまり、一応は彼女は自分の判断で性行為にオーケーを出したと思っているのだ。なら、警察に通報までするのは気が引けると思うのかもしれない。

 「話を聞かせてくれてありがとう」

 稲塚はそうお礼を言うと考え始めた。

 ……白鳥愛は今はまだ彼らを警戒しているようだし、上原にも「白鳥さんが狙われている。護ってくれ」と伝えてあるから(上原は女性に対してはヘタレだから、どうせ何もできないと彼は踏んでいた)、しばらくは平気そうだ。

 

 ――その間で、怪人“ヤリサリアン”どもを退治する準備をしなくちゃならない。

 

 彼はそう考えると、具体的な計画を練り始めた。

本編とはまったく関係のないオマケ

挿絵(By みてみん)

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