15.大学に潜む怪人“ヤリサリアン”達
とあるジャーナリストが、暴動の体験記を書いている。特筆すべきなのは、それが外部からの暴動体験ではなく、暴動の内部から……、つまり参加者側のものである点だった。
彼自身が真面目なジャーナリストで、参加者側だったからこそ、通常の社会生活とは根底から仕組みが変わってしまったかのようなその体験を綴る事ができらしい。
そう。
それはある意味では当に異世界だったのだ。
この暴動はプロスポーツの試合によって引き起こされた。つまりはスポーツチームのファン達によるもので、経済的な理由でもなければ政治的な理由でもない。その為、暴動を起こさなければならない切実な背景は一切ない事になる。それでも彼らは集団で暴力行為に及んだのである。
そして、暴動の最中、彼の近くにいた男性はこう叫んだのだそうだ。
「なんて楽しいんだ!」
暴力に快感を覚えている事がよく分かる。そして彼自身もそれは同じだった。高揚感を覚え、スリルに歓喜し、そしてあらゆるものを破壊した。
要するに、それは快楽を得る為の集団による暴力行為だったのである。
陶酔。酩酊。衝動。
ただし、そこにあるのが暴力行為による快感のみだったのかといえばそれも違うだろう。何故音楽バンドのライブがあれほどまでに人気なのかと言えば、ファン同士て同じ音楽を楽しむ一体感が得られるからなのだという。つまり集団行動そのものに人に快感を与える作用があるのだ。そして、集団は快感を与えるばかりではなく、独自の文化や空気感によって罪悪感を麻痺させもする。
或いは、これは虐めが起こるプロセスも同様であるのかもしれない。
“虐め”自体に快感を覚えさせる作用があるばかりではなく、集団行動の快感と独自に形成される文化によってそれが許される。否、時に推奨、強制すらされる。それが罪悪感を奪い、集団内に虐めという虐待行為を定着させ、ある種の悪習のようになってしまう。
エコーチェンバーという現象がある。ある集団内で互いに“正しい”と認め合う事で、その集団内の道徳や倫理観が一般社会とはかけ離れていってしまうのだ。実際に、敵対する思想を持った人物の殺害を、祝福したり称賛してしまう人々がいる。彼らはその行為を批判されても何が悪いのか理解できていないように見える……
人間は集団になると、容易に怪人になってしまうのである。
――その情報は上原拓海からもたらされた。
格闘技ジムに顔を見せるようになっていた彼は、ある時、初めて稲塚から一本取れた。
「やった! これで白鳥愛と付き合えるぞ!」
大いに喜んだ彼は、そう叫んだ。
それに稲塚は「いやいや、今まで多分、100回くらい僕が勝っているよね? 一回勝っただけで“彼女と付き合える”はないと思うよ」とツッコミを入れたのだが、もちろん冗談だと思っていた。
が、しかし、どうもそれは冗談ではなかったらしい。
「――おい、稲塚! 多分、俺はもうちょっとで白鳥ちゃんと付き合うことになると思うぞ!」
一週間後、格闘技ジムで、いきなり彼がそう話しかけて来たのだ。
その時、稲塚はサンドバッグへの打ち込みを熱心にやっていたので、思わず勢いで彼を殴りそうになってしまった。
「なんだよ? 突然?」
寸前で拳を止め、そう尋ねる。
上原は勝ち誇った表情で、「いやな、お前とも長いからな、一応は報告しておこうと思ってよ」と返す。
「ま、もうお前より俺の方が強いからな。残念だろうが、何も言うなよ」
ちょっと嫌味なくらいに彼は浮かれていた。むかついたので、稲塚は
「じゃ、スパーやるか?」
と彼を誘った。そして、
「いててててっ!」
数分後、腕ひしぎ十字固めを稲塚は完全に彼に極めていたのだった。勝負有である。油断をしなければまだ敗けない。
「――で、何があったんだよ?」
技を解いた稲塚がそう尋ねると、彼は「くそう! 前は勝てたのに!」と悔しがりながらも話し始めた。
「お前に勝った俺は、早速白鳥ちゃんに会いに行ったんだよ。彼女の大学に。彼女のいる場所は色々な人に聞きまくってなんとか突き止めた」
「明らかに不審者だが、凄い行動力だな。それで告白したのか?」
「いんや、話しかけるタイミングがなくてな、何日かは見守っているだけだった」
「うん。普通にストーカーだな」
稲塚のツッコミを無視して、彼は語り続けた。
上原はやや駆け足気味に白鳥愛を追っていたのだそうだ。彼女が取っている講義が既に終わっていて、彼女がもう帰ってしまったと聞いたからだった。追いかければ、まだ彼女に会えるかもしれない。
その最中、中庭がありベンチが見える辺りで不意に声が聞こえて来た。
「ね、白鳥ちゃん。ちょっと遊んでいこうよ。今日、実はサークル棟で飲み会をやっていてさ」
“白鳥”という単語に彼は反応をした。声の方に足を進めると、奥まった木々に囲まれた休憩所のような場所で白鳥愛が数人の男達と一緒にいるのが見えた。
上原は心を躍らせたが、話しかけるのは躊躇した。理由がない。どうやら女性相手にはナイーヴであるらしい。
が、そこで彼は気が付いた。白鳥が男達から誘われているのは明らかだが、どうにも嫌がっているように見えるのだ。色々なタイプの男達がいたが、胡散臭いと感じるくらいに軽そうだという点だけは共通していた。
「……あの、わたし、未成年ですから」
やんわりと断る彼女に男達はしつこく絡んでいた。
「そんな硬いこと、言わないでさ」
「なんなら酒は飲まなくても良いから」
彼女は困っているようで、「でも、これからアルバイトもあるんです」と返す。
するとすかさず男は言った。
「じゃ、アルバイトの時間まで。時間になったら車で送っていくからさ」
彼女はそれに益々困った表情を見せた。強く断れない性質なのだ。そして、「そんなに俺達と遊ぶのが嫌?」と憐みを惹くような態度と口調で言われると、彼女は「それじゃ、ちょっとだけ……」とそれを認めそうになってしまったのだった。
世間ずれしていて勘の悪い上原でも、彼女が無理矢理に飲み会に参加させられそうになっているのは分かった。
“この男どもは、よくない連中だ!”
それで、
「おい! お前ら! やめろ! 彼女は嫌がっているだろうが!」
ほぼ反射的にそう叫んでいたのだった。
男達は(恐らく、白鳥も)場違いな上原の闖入に“は?”とでも言いたげな表情で固まっていた。
「いや、なんだよ、お前?」
と、一人が言う。
彼は「俺は……」と直ぐに返そうとしたのだが、どう言えば良いのか分からずに十呼吸ほどの間固まって、なんとかこう吐き出した。
「……その子の通っていた高校の近くの高校に通っていた者だ!」
「つまり、無関係って事じゃねぇか!」
と、それを受けて男達は一斉にツッコミを入れた。
……実はその通りだった。上原は白鳥と話した事すら一度もない。
「なんかお前怪しいな。本当にこの大学の奴か?」
一人がそう言って睨んで来た。
上原は相変わらずに赤髪に軽めのリーゼントにしていて、この大学に通うようなタイプには思えなかったのだ。
しかし彼は怯まない。
「この大学じゃなかったら、なんだって言うんだよ?」
ゆっくりと構えを取った。格闘技ジムで彼は練習し続け、それなりに自信が付いていた。先日は稲塚にも勝てた(何の指標にもならなそうだが)のだ。敗けるつもりはなかった。……もっとも、多勢に無勢だから、普通は敗けるのだが。
男達は彼の構えに反応して、数歩前に進んだ。威嚇している。臨戦態勢だ。中にはスポーツか何かをやっていそうな者もいるから、強気でいるのだろう。このままでは上原が危ない。
恐らく白鳥にもそれが分かっていたのだろう。
「あっ! ごめんなさい。忘れていたわ。そう言えば約束していたわね。迎えに来てくれたんだ」
突然、そう言ったのだ。
そして、上原の方に進むと男達を振り返ってぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさい、先輩達。約束を忘れていました。そういう訳で、飲み会には参加できません。それではっ!」
そして、「急がなくちゃね」と言いながら、彼女は上原の手を取ってその場から二人で走って逃げてしまった。
もちろん、彼女は嘘をついたのだ。争いを避ける為に。
去って行く白鳥を眺め、男達はなんとも言えない顔をしていた。
しばらく走り、もう大丈夫だろうという辺りまで来ると、白鳥は上原の手を放し、「ありがとうございます。お陰で助かりました」と彼にお礼を言った。
「わたしが困っているのを見て、助けてくれたのですよね?」
上原はそれに「あ、ああ、まぁ。咄嗟にと言うか」とぎこちなく返した。実は初めて彼女と会話できて、軽く感動を覚えていたのだが。
それから直ぐに彼は彼女と別れたのだが、それでも彼女に名前を教える事はできたのだった。連絡先の交換まではできなかったが。
「――どうだ? これで分かったか? 絶対に白鳥ちゃんは俺に惚れているぞ。後少しで付き合えるに決まっている」
上原が自信満々に話し終える。稲塚は呆れていた。
「いや、うん。たったそだけでもう“白鳥ちゃん”呼びか。ま、分かってはいたけど」
上原は前までは白鳥を“白鳥愛”と呼んでいたのである。彼は相変わらずに浮かれていたが、“まぁ、大丈夫だろう”と稲塚は思っていた。
が、しかし。
“その男の先輩達はちょっと不安だな。上原の話を聞く限りでは、かなりしつこく白鳥さんにちょっかいをかけているみたいだし”
白鳥を誘っていた大学の先輩達に関してはかなり不安になっていた。きっと、その先輩達は天野が言っていたヤリサーに所属しているのだろう。しかも彼女は既に犠牲になりかかっていたようだ。もし飲み会に付いていったら、絶対に飲まされて何かをされている。上原のお陰で助かったが。
“これは何か手を打っておかないといけないかもしれない”
久しぶりに、“白鳥愛を護らなくては”という昂ぶりを彼は覚えていた。




