9.狩りの時間
なぜか戦闘描写と流血表現がありますのでご注意ください。
朝食を食べ終えた俺とフタさんとサチカさんの3人は狩りに出るための準備に取り掛かった。
と言っても俺は何をすればいいのかさっぱり分からない。
「俺は狩りに関しては素人を通り越して無知なので色々と教えて欲しいのだけど」
「そうですね。まずは服装を整えましょう」
倉庫に向かえば男性用サイズの装備一式が出て来た。
ほぼ女性しかいないこの世界でなぜ男性用のがあるんだ?
「これは以前この屋敷を使っていた勇者が残していったものでしょう」
なるほど、過去の勇者のお古か。
ただそれにしては使われた形跡が殆ど無いんだけど?
「状態保存の魔法が掛けられているのと、実際にほとんど使われなかったんだと思います」
わざわざオーダーメイドで作らせただろうに勿体ない話だ。
それとも使えなくなるような何かがあったんだろうか。
「一応確認だけど、狩りって危なくないんだよな?」
「私が同行しますので奇襲を受ける心配はほぼありません」
「大物が出たらあたしが討伐するから大丈夫さ」
「あーうん。頼みます」
つまり奇襲を仕掛けてくる何かや、熊みたいなこっちを襲ってくる何かが居るって事じゃないか。
そういえば屋敷に来る途中でも魔獣が出たって話があった。
この屋敷の近くにもそういう危険な生き物が数多く居るのだろう。
……今更やっぱ止めようって言うのは無しかな。
まあ二人を信じるしかないか。
「武器は何をもっていけば良いだろうか」
「コースケ様は弓の扱いは?」
「持ったことも無いレベルだ」
「なら今日の所は持たない方が安全ですね。
自衛のためにこの中から振り回せそうなものを見繕いましょう」
倉庫の中にはファンタジーにありがちな西洋剣が数本。先端がトゲトゲになっているメイス。なぜか刃が雷状になってるナイフ。などなど物騒なものが並んでいる。
アニメとかゲームだと剣でモンスターをバッサバッサと切り倒してるけど、実際にはそんな簡単なものではない。
剣は刃をしっかり立てないと鈍器と大して変わらないし、物によってはあっさり折れる。
それなら最初から鈍器のメイスを使った方がマシだろう。
しかしここにあるのは持ち手から先端まで金属で出来たメイスだ。要するに重い。
鈍器として重さは重要なのだけど、一般男性の俺では持ち上げるだけで一苦労だ。
なので俺が選んだのは先端だけが金属になっている長さ2メートル足らずの槍だ。
これならそこまで重くないし、突くだけなら可能だ。
相手の手の届かない位置から攻撃できるので安全性も多少は確保できるだろう。
「では行こうか」
「ああ」
まだまだ不安は残るものの、フタさんを先頭に俺達は出発した。
行き先は屋敷の近くにある森。
俺一人だとすぐに方角を見失って迷子になっていただろう。
しかし二人は余裕そうだ。心強い。
森の中を歩くこと30分。不意にフタさんが手を上げて止まるように合図してきた。
(獲物ですか?)
(いえこれは……)
声を出すのも良くないだろうと視線だけで隣のサチカさんに問えば、悩む仕草が返ってきた。
そして左手をグーにして左に動かしつつ、それを右手の指数本でリズムよくトントンと叩いて見せた。
どういう意味かと言うと、獲物が何者かに攻撃を受けて逃げているってところかな。
「まずい。一直線にこっちに向かって来てるみたいだ」
「逃げる?」
「いやここは場所が悪い。迎え撃った方が良いだろう」
フタさんの判断で俺達は足元の安定した場所で武器を構えた。
程なくして俺の耳にも犬の唸り声のようなものが複数聞こえて来た。
(あれか)
木々の隙間からちらっと見えたのは、立派な角を生やした鹿とそれを追いかける野犬の群れ。
タイミング悪く彼らの狩りの現場に居合わせてしまったらしい。
じゃあどうするか。
「コースケ様はこの場でお待ちください」
「だな。あたし達であの犬っころどもを蹴散らしてくるから。
あの鹿はその後で狩るとしよう」
そう言うと二人とも颯爽と飛び出していった。
サチカさんは短剣で戦うんだと思ってたけど、フタさんは背中の弓は使わないのか。
じゃあどうやって戦うのかと思ってたら素手で野犬の額を殴り飛ばしていた。
高身長のリーチを活かしたパンチを喰らって野犬が文字通り飛んでいく。
隣のサチカさんは残像を残して野犬の飛び掛かりを避けて、すれ違い様に短剣で首を切り裂いていた。
野犬からしたら『取った』と思った瞬間意識が無くなってる感じだろう。
全く危なげない戦いに安心していたのもつかの間。残された鹿はなぜか俺目掛けて突進してきた。
サチカさん達の注意は野犬にばかり向けられていてこっちに気付くのが遅れた!
(逃げないと!)
突然のピンチに俺の足は動かなくなってしまった。
迫る鹿の角にどこか冷静な頭が「あれが刺さったら死ぬだろうな」と結論を出し、ずっと杖代わりに地面に突き立てていた槍をそっとその眉間に差し向けた。
なぜかこれで大丈夫だという確信があった。
ゴッ
まるで岩を叩いたような衝撃が槍から伝わってくる。
同時に視界が赤く染まった。
それは頭頂部から首のあたりまで槍が突き刺さった鹿の血液だ。
「コースケ様。ご無事ですか?」
「あーはい。なんとか」
急ぎ戻ってきたサチカさんに肩を叩かれて夢から醒めた気分だ。
ぽたぽたと槍を伝って流れてくる血液の温かさにようやく俺が鹿の命を奪った実感が出て来た。
「よっ、うーん、抜けないな」
俺の槍は石突の方は地面に埋まり、穂先の方は鹿に突き刺さり、俺の腕力ではびくともしなかった。
深々と刺さっているのを見ると鹿の突進力の凄さを思い知らされる。
石突を地面に刺しておいてよかった。水平に盛ってたら鹿の頭蓋に刺さる前に俺が吹き飛ばされていた。
槍をこのままにしておく訳にも行かないので、戻ってきたフタさんに抜いて貰った。
「見事な一撃でした」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、偶然上手くいっただけだ」
偶然というか奇跡かな。
そして遅れてやって来た恐怖に俺の両足は震えあがり動けなくなってしまった。
なんとも情けない話だ。
「済まないが今日の狩りはこれで終わりでも良いかな」
「そうですね。十分過ぎる成果です」
「じゃあ少し休んでから帰ろうか」
「コースケ様は座っててくれ。あたし達で血抜きとかしておくから」
お言葉に甘えて近くの木に背中を預けて地面に座った。
ふたりは慣れた手つきで鹿と野犬の死体の血抜きを行い、持ち運びやすいように木の枝に結び付けていた。
そうして大量の獲物を持ち帰った俺達は屋敷に残っていた皆から歓迎され、特に鹿を仕留めたのが俺だと分かると若干俺を見る目が変わった気がした。
獲物を取って来て初めて一人前と認められた、って感じだろうか。




