18.空の旅(墜落)
ほのぼのコースからちょっと路線を変更
改めて今日は翼人族のツゥリさんの日だ。
先日はスケベ親父よろしく翼を撫でまわして呆れられてしまったので今日は汚名返上もしなければならない。
ただそれでも翼への憧れは消えていない。
「ツゥリさんって空を飛べるんだよな?」
「はい、勿論です」
「重い荷物を抱えた状態でも飛べるのか? 具体的には70キロくらい」
俺の質問に一瞬考えたツゥリさんはすぐにその意図に気が付いてクスリと笑った。
「飛べますよ。こう見えて職業レベルは28。
以前狩りで仕留めた200キロを超える魔獣を持って飛んだこともありますので、男性1人を抱えて飛ぶのも余裕です」
「それは頼もしい」
要するに俺を抱えて飛んで欲しいというお願いを笑顔で受け入れてくれた。
では早速ということで、庭先に出た俺はツゥリさんに背中を向けて両手を横に広げた。
ツゥリさんは「失礼します」と言いつつ俺の脇に手を回して抱きかかえた後、バサリと翼を羽ばたかせた。
するとツゥリさんの腕に体重が掛かる感触と共に足が地面から離れた。
そのまま上昇を続け屋敷の壁が見下ろせるようになる。
更に上昇すれば遠くの景色まで見えるようになった。
屋敷の周囲が森なのは分かっていたけどかなり広い。
一番近くの街でも個々の建物が判別できないくらい遠い。
あと分かるのはこの世界も地球と同じで球形だということ。地平線が弧を描いてる。
って、あれ?
「あの、ツゥリさん」
「どうですか? 空を飛んでみた感想は」
「うん、眺めも綺麗で風も気持ちいいんだけど」
「良かったです。じゃあもうちょっと飛んでみましょう」
そう言いながら風を纏って飛ぶツゥリさん。
抱えられてる俺の飛び心地はグライダーで滑空してる感じで気持ちいいのはそうなんだけど、言いたかったのはそこじゃない。
気が付けば地上から100m上空。いやもっとだな。
この高さから落ちたら死ぬ。
勇者の職業レベルで肉体が多少強化されているとはいえ耐えられるとは到底思えない。
以前、風を操る魔法を教えて貰ったけど俺では落下エネルギーを相殺する威力はでない。
だからもうちょっと低い所を飛んで欲しいんだけど。
(事前に高度は10mくらいでって言っておけばよかった)
落下した時の事を考えると恐怖が勝って景色を楽しむ余裕がなくなってきた。
それにだ。
意を決して足下を確認したがそこには屋敷はなく、遥か後方にあった。
ちょっと離れすぎじゃないだろうか。
「ツゥリさん。そろそろ戻ろうか」
「それなのですがコースケ様」
何故か更に高度を上げて飛び続けるツゥリさん。
何か問題でもあったのだろうか。
「コースケ様はあの場所に特に思い入れはありませんよね?」
「ん?」
「元々別の世界から無理やりここに連れてこられ、あの屋敷に軟禁状態だったはずです。
ならこのまま飛び去ってしまっても良いのではないでしょうか。
私の生まれ故郷であればもっと自由で楽な暮らしをお約束できますよ」
あれ、これはまさか引き抜き工作、いや、誘拐なのでは?
この世界に来て数か月。
事件らしい事件もなく平和に過ごせていたから忘れそうになっていたけど『勇者』というのは各国が喉から手が出るほど欲しがる希少資源だ。
誘拐や略奪されることもあるから注意が必要だとサチカさんが言ってたではないか。
なら子作り候補に送られて来た女性の中にスパイや工作員が紛れ込んでいる可能性も考慮すべきだった。
普段の狩りなら護衛のサチカさんやヤナタさんが同行していたからまだ安全だったけど、ここは空の上。
飛んで移動するツゥリさんを止められる人は居ない。
う~ん、完全に油断していたな。
ここでもしツゥリさんの提案を断ったら、多分素直に戻ってくれるなんて都合のいい話は無いだろう。
提案が脅迫に変わって「上空から投げ捨てられたくなかったら大人しく言う事を聞け」ってなるのが目に見えている。
ただ、そうだとしても素直に頷く訳にはいかないな。
「ツゥリさんの言う通り、そこまで思い入れは無いですよ」
「じゃあ」
「でも出ていくにしても筋は通すべきです。
お世話になりましたと挨拶をしてきちんと正門から出ていくべきであって、何も言わず突然逃げるように去るのは違うでしょう」
「彼女らがそんな事を認めるとは思えません」
「その時は改めて強行突破するなりでどうにかなりますよ。
という事で、屋敷に戻ってくれませんか?
今ならまだちょっと遠くまで遊びに行ってましたで通ると思うので」
「……」
俺の説得を聞いて、しかしツゥリさんは速度を緩めない。
むしろ更に加速していく。まるで何かから逃げるように。
「残念ながら追手が来ました」
短く告げるツゥリさん。
この上空でいったいどうやって?
その答えは俺達の更に上から降ってきた。
「追いつきましたよ。大人しく屋敷に戻りなさい!」
「その声はカァムさんか」
呼びかけと共に俺達に急降下で突撃してくるカァムさん。
ツゥリさんは寸での所で横に避けるも、カァムさんはすぐに反転上昇して俺達の横に並んだ。
「観念して屋敷に戻ってください」
「いやよ!」
ツゥリさんの翼が光ったかと思えば刃となってカァムさんを襲った。
しかしカァムさんは滑るように飛び回りそのすべてを楽々避けてしまう。
さらに急接近したカァムさんの鉤爪がツゥリさんの背中に叩きつけられた。
「人一人を抱えた状態で鳥人族から逃げられると思っているのですか!」
「ぐぅ。それでも翼を捥がれるよりマシでしょ!」
すぐさま始まる戦闘機のようなドッグファイト。
左右に旋回したり上昇下降、回転まで混ぜながら激しくバトルする2人。
うぐぐ、抱えられてる俺は酔いそうなので降ろしてほしいんだけど駄目かな。
それとやはりと言うべきかツゥリさんの方が劣勢だ。
両手が塞がっているし碌な反撃が出来ていない。
そして遂にクリティカルな一撃がその首元に入った。
一瞬意識を失うツゥリさん。
するとどうなるか。
「あ……」
「しまった」
腕の力が抜けて俺から手が離れた。
そうなると当然重力に従って落ちるしかない。
高度は多分300mくらい?
パラシュートもなくこの高さから落ちて生き残れる可能性はどれくらいだろうか。




