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第8話 聖女と手料理

 夜が深くなる。

 教会に差し込む月明かり。

 ステンドグラスを通った光が、白い大理石をとりどりの色で飾り付けます。


 その光の下で祈る月桂樹の香りをまとう女性は誰でしょう。


「聖女様……、あのような逸材をどこから引き抜いていらしたのですか?」

「聖女はやめたの。今はただのセフィリアよ」


 そう。

 実はセフィリアは聖女でした。

 とは言っても、癒術師のオーディオが追放される原因となった聖女ではありません。彼女はその二代後の聖女でした。


 思い返してみましょう。

 ロギアが最初に会ったとき、人力車の車夫さんが「せ」と言いかけて「セフィリア」と言い直しましたね。あれは最初、「聖女様」と口に出しそうになったのを慌ててごまかしたのです。


 また、教会でもセフィリアのことを「せい……」と口にした人がいましたね。こちらも同様です。


 セフィリアは聖女だったのです。

 そう、「だったのです」。


「聖女様、あなたはまだ、冒険者の世迷いごとに心を痛めておられるのですか」


 一人の老人がセフィリアに問いかけます。


 セフィリアが先代から聖女の座を譲り受けたのは3年前。そして、それと同時に熱心に勧誘してくる冒険者パーティがありました。


 セフィリアも最初は断りました。

 生来、争いごとを好む性格ではなかったからです。


 しかし、しつこい勧誘に、いつしか折れました。

 そして向かった初めての探索。

 そこで言われた言葉は、今でもセフィリアの胸の奥にくさびのように突き刺さっています。


「『今度の聖女こそはと思ったが、どいつもこいつもオーディオの足元にも及ばない』、あの時はたわむれごとと思いましたよ」

「でしたら!」

「見たでしょう? 彼の癒術を。あれが本当の癒術師なのよ。私みたいな名ばかりの癒術師ではなくてね」


 結局、セフィリアはたった一度の冒険で見限られ、追放されました。半ば自暴自棄になった彼女は聖女の座を返還しようとしました。

 もっとも、聖女の座が空位になるのは困ると引き止められているので、肩書は今なお聖女です。


「いっそロギア君が女の子だったらなぁ」


 次代を担うものが現れればあっさりとその座を譲るでしょう。セフィリアは意固地なのです。


 そんな様子を見て、セフィリアに話しかけていた老人は口を開いたり閉じたりを繰り返しました。

 やがてしばらく押し黙り、しばし沈黙が続きます。

 それから、老人はゆっくりと口を開きました。


「かしこまりました。セフィリア様。それで、どこであのような逸材を?」

「車夫が、ひき殺しかけて、出会った」

「壮絶な出会い方をなされましたな」

「運命的な出会いってやつね」


 セフィリアはからからと笑います。

 ここしばらく、快復の兆しが見えない病人と向き合うばかりだったので、落ち込んだ気分が続いていました。

 ですが、ロギアと出会い、一気に解消したようで、心に積もった雪が解けたようです。


 それでも、すべてが解決したわけではありません。


「それで、この呪いのもとは分かったかしら?」


 そう、諸悪の根源を見つけなければなりません。

 老人は小さく首を振りました。


「そう、引き続き調査を続けて頂戴」

「承知いたしました」


 夜が更けていく。

 セフィリアは、ステンドグラスをじっと見ていた。



 朝焼けの匂いで目が覚めた。

 そして僕は気づいた。


「あ、しまった。朝ごはんが何もない」


 晩御飯をごちそうになって、満腹になって横になったら布団が想像以上にふかふかで、そのまま寝ちゃったんだ。


「……はぁ、結局狩りに出かけないとダメかぁ」


 起き抜けに野山はしんどいけど、朝食抜きもしんどいのだ。朝ごはんを狩ってきますと書置きを残して、僕は教会を後にした。



 朝になってもロギア君が起きてきません。

 やっぱり昨日のエリア・ディスペルが相当負担だったのでしょうか。単に寝起きが弱いという可能性も捨てきれませんが、少し心配です。


「ロギア君、起きていますか?」


 軽くドアをノックして問いかけます。

 返事はありません。


「入りますよ?」


 マスターキーを使って、ロギア君に貸し出した宿直室に入り込みます。


「ロギア君⁉」


 何ということでしょう。

 もぬけの殻ではありませんか。

 いったい、いつの間に。


 と、気づきました。

 窓が開いています。


(ま、窓から出て行ったのね⁉)


 何という非常識。

 まさか脱走されるとは。

 せめて何か残して言ってくれればいいのに……、あら? なにかしら、書置き?


『朝ごはんを狩ってきます』


 ……朝ごはんくらいこっちで用意するのに。


「あ、セフィリアさん!」

「ロギア君! ってそれ、(うさ)インボル()じゃないの! よくそんなの狩ってこれたわね」


 ちょうど手紙を読み終えたタイミングで、両手に(うさ)インボル()を引っ提げたロギア君が帰ってきました。

 (うさ)インボル()は足がとても速く、そのうえ狡猾で罠にもかからない、一流のハンターでも狩るのが難しい兎なのに。それを二羽も。


「あ、これコツがあるんですよ」

「そうなの? よかったら教えてくれる?」

「はい! まずですね、こうやって空間を斬り裂きます。そこを時間魔法で時を固定して……」

「ちょちょちょっと、ストップストップストップ!」

「なんですか?」


 あたかも何も知らぬ顔で話を続けるロギア君。

 ちょっと待って。


「剣を振ったからって空間は斬り裂けないし、時間魔法なんて失伝魔法じゃないの!!」

「あはは、冒険者なら誰だってできますよ」

「どこの冒険者よ!!」


 そんな冒険者聞いたことないわよ。


「で、獲物が近づいたタイミングで時間を再生します。すると真空に空気が流れ込んで獲物をしとめられるってわけです」

「もうそれでいいわよ」

「はい! 今から作りますね」


 ロギア君はそういうと、何もない空間から包丁を取り出しました。もう驚かないわよ。どうせ空間魔法とか言い出すんでしょ? 知ってるんだから。


「この兎、味はおいしいんですけど筋肉質なのが玉に瑕でして」

「あー、そうやって聞くわね」

「なので隠し包丁を仕込みま――した」

「はやっ⁉」


 ロギア君の腕の位置が微妙にずれた。

 そう思ったときにはすべてが終わっていたらしい。

 なにこれ。


「サンライトツリーのハーブを添えて、固定した時間の中で一気にあぶれば、それだけでおいしくなりますよ」


 一瞬、ものすごい火柱が立った気がする。

 そして聞き間違いでなければ固定した時間の中であぶるとか言っていた気がする。

 時間魔法を、そんな、そんな気楽に……。

 というかサンライトツリーって、おとぎ話に出てくるあの伝説の木?


「はい! セフィリアさんの分です! どうぞ」

「え……?」


 きれいな皿を無から取り出すと、ロギア君は盛り付けて私に差し出してくれました。


「昨日の晩御飯のお礼です。お口に合うかわかりませんが……」


 昨日のお礼って……、そもそも患者の治療をしてくれたことに対するお礼だったのに。

 まあいっか。

 せっかく用意してくれたんだもの。


「それじゃあ、いただきます」


 用意してもらった食器を使って口に運びます。


「っ⁉」


 体に電流が走った。

 何、今、いったい何が起きたの?

 私は硬い肉を口に運んだつもりだった。

 なのに気づけば飲み込んでいた。


「あの、お口に合いませんでしたか?」

「へ⁉ いやいやいや!! そんなことないわよ⁉ おいしすぎてびっくりしちゃったの!!」

「ほ、本当ですか? よかったぁ。僕、村の外の人に料理をふるまうの初めてで」


 ……本当に、いい子だなぁ。

 一般常識がないことを除けばだけど。


 あ、そうだ。


「ロギア君、今日は時間ある? 買い物に付き合ってくれない?」

「ごめんなさい。僕、冒険者になるために修行もしないと……」

「まだ強くなるつもり?」


 あきれた。

 既に世界で見ても最強格でしょうに。

 まだ強さを求めるの?


「ロギア君。冒険者は依頼をどうやって受けるか知ってるかしら?」

「はい! 冒険者ギルドの掲示板に張り出されている依頼を受けるんですよね」

「そうよ。でもね、依頼に出される話が全て真実とは限らないの。中には報酬を出し渋って、危険な依頼を簡単な依頼に偽装して提出する人もいるの」

「……そ、そんな」


 ロギア君の顔色が青くなる。

 ふぅ、ダメだなぁ。

 私が面倒見てあげないと。


「冒険者にはこんな格言があるわ。『嘘が嘘であると見抜けないと(掲示板を使うのは)難しい』。付き合ってくれたら嘘の見抜き方を教えてあげるわ」

「ほ、本当ですか⁉」

「うっ」


 ロギア君が目をキラキラさせている。

 いやいくら何でも純真すぎるでしょ。

 さすがに私の心が苦しいんですけど。


「やります! よろしくお願いします!」


 ううん、これも将来、ロギア君が騙されないため。

 ロギア君のためだから。


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[良い点] いや、名前!うまいけどうさぎの名前!
[良い点] あなたのためよ っていう言葉は大抵自分のためだったりしますねw 今回はちょっと違うけどこの世間&常識知らずにはちょうどいいですなw [気になる点] 通常 いや普通の常識をえることができるの…
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