第7話 裂華症と解呪
「すみません、紛らわしい言い方をしてしまって」
「いえ、僕の方こそ早とちりしてすみません」
春は終わった。冬が来た。
人力車に漂う月桂樹の香水の香りも、今は重苦しい空気に押しつぶされるばかりだ。
(付き合ってって……、病人の診療に付き合ってって意味ね。告白されたかと思った)
気まずい。
目的地の教会までまだしばらくかかる。
沈黙がつらい。
何か話題を振らないと。
「ディノミスクスについてどう思います?」
「ディノミスクス?」
僕は黙って頷いた。
「病状についての確認ですけど、皮膚の上にできた切り傷がバラのような模様を作り、最終的に全身に転移して死に至るって認識であってます?」
「え、うん。待ってディノミスクスの話はどこに行ったの?」
「おそらく裂華症ですね。血液から感染するタイプの病気だと思います」
「待ってディノミスクスってなに?」
ディノミスクスはディノミスクスだよ。
海辺に生息する、チューリップのデフォルメ絵を立体化したみたいな動物だよ。釣鐘上の花弁のような触手で獲物に巻き付いて捕食する恐ろしい魔物でもあるね。
うちの海だとメジャーなんだけどこっちだといないのかな。ああ、いや待って、場所が違えば呼び名が違うこともあるって父さんから聞かされてたや。そういう感じかも。
まあ、口では説明しないけど。
話題選びを間違った自覚のある僕は、この話題をあえて掘り返したりしないのだ。
「僕が思うに裂華症は病気より呪いに近いですかね。だからヒールやキュアじゃなくてディスペルのほうが効果があるかもしれません」
「……なるほど。呪術でしたか。盲点でした」
よし。
どうやら追及をあきらめてくれたらしい。
この勝負は僕の勝ちといっても過言ではない。
「……ディスペル?」
と思ったが別の話題に食いつかれた。
今度は何。
「まさかディスペルも使えるのですか⁉」
「え、そりゃまあ……」
「あの、伝説の、継承者のいなくなったとされるディスペルですか⁉」
「あはは、継承者がいなくなったってなんの冗談です? 僕の村だけでも10人は使えましたよ」
「10人⁉ ディスペルを使える人が、10人⁉」
何を驚いてるんだろう。
ディスペルなんてヒールが使える人なら大体使える魔法だ。そんなに驚くものじゃないと思うけど。
もしかするとこの女性は身なりこそいいものの生まれは僕より田舎なのかもしれない。なんか親近感わいてきたぞ。
と、その時だった。
人力車の立てる音が少しずつ軽い音に変化して、次第に運動自体が停止した。
「おーい、お二人さん! 着きましたぜ!」
車夫さんが声をかけてくる。
車窓から外を見れば、それはもう立派な教会が立っていた。
「うわぁ、すっごい。さすがアストレアだ。教会もすごく立派……」
「アストレアは初めてですか? えと……」
「あ、そういえば名前も名乗ってなかったですね。ロギアです。よろしくお願いします」
「はい。ロギアさんですね。私は、セフィリアとお呼びくださいませ」
女性はセフィリアさんというらしい。
よくよく考えたら自己紹介もしていない相手に告白なんてしないよね。僕は何を浮かれていたんだろう。
あ、だめだ。
思い出したら無性に悲しくなってきた。
脳内に餅でも書いて食べる妄想をしよう。
なんか余計に悲しくなった気がするぞ。
「ロギアさんはアストレアにきて短いのですか?」
「えへへ、実は先日ついたばかりなんです。って、就活に失敗したばかりなので笑ってられないんですけど」
「就活に失敗? あれだけのヒールが使えて……? いったいどこに就職しようとされたんですか……」
「冒険者です」
「なんでそれで落ちるんですかあああああ!!」
なんでって、そりゃ。
僕より優秀な人はいっぱいいるからだよ。
世にはびこる厳選という振るいから零れた。
それが僕の敗因だ。
「セフィリアさん、知らないんですか? かつて冒険者ギルドに所属した聖女様は首さえ残っていれば命を蘇生できたらしいですよ」
「できるわけないでしょうが!! どこのだれよそんなガセ情報流したの!」
「あ、僕の想像だったかもしれません」
「根拠なさすぎるでしょ!!」
ところがどっこい。
これが根も葉もある話なんだよね。
だって実際に癒術師のオーディオさんが役立たずの烙印を押されるくらいだし。オーディオさんにできないことと言ったらやっぱり蘇生くらいだと思う。
「はぁ、もういいわ。早く治療に向かいましょう」
「はい!」
*
セフィリアさんに案内され病床に向かう。
毛布をかぶって横になる人、やつれた体で寄り添う会う人。幼い子供から老いた人まで、幅広い人が病床に伏していた。
……冷たい。
抱いた印象は、一言で言えばそれだった。
向けられる視線はどこか敵対心が込められている。
言葉よりも雄弁に訴えかけている。
見世物じゃないんだぞ、と。
「ひどい有様でしょう?」
前を歩くセフィリアさんが言う。
僕は頷く。
どうしてディスペルしないんだろう。
「ここにいる人たちはみな、医者に診てもらうお金もないのです」
「……そっか。都会だと治療するにもお金がかかるんですね」
「ロギアさんの生まれでは違ったのですか?」
「僕の村は小さな村だったので、困ったときは助け合うのがあたりまえだったんです」
「……いい村ですね」
「はい!」
どうやらここにいる人たちは、解呪しないのではなくて、したくてもできないが正しいみたい。
都会には都会の厳しさがあるというわけだ。
「あの、ディスペルをかけてもいいですか?」
「……かけていただく予定ですが、できれば重症患者から見ていただきたいと思っております」
「あ、大丈夫ですよ。全員まとめて解呪するんで」
「はい?」
大気中に広がる魔素に僕の魔力回路を接続する。
精神が肉体という殻を破り、外界へ染み渡る感覚。
神経が研ぎ澄まされていく。
知覚がどこまでも引き延ばされて、時の流れが粘性を帯びる。
湧き上がる全能感に身を任せ、僕は癒術を展開する。
「≪エリア・ディスペル≫」
右手を天に突き出す。
僕を中心にディスペルの波紋が広がり教会を覆う。
『この光は、いったい……』
『あたたかい』
『うぐっ……、あ、れ? 苦しくない?』
効果はすぐに表れたようで、あちこちから症状が緩和したと分かる声が聞こえてくる。
よかったよかった。
ぼんやりその様子を眺めていると、後ろからすごい勢いで引っ張られた。振り返ればものすごい形相をしたセフィリアさんが僕をのぞき込んでいる。怖い。
「ロギア君⁉ 今のは何⁉」
「何って……ただの≪エリア・ディスペル≫ですよ。ディスペルの広範囲バージョンです」
「ディスペルの広範囲バージョン⁉ ただの⁉」
よくある癒術ですよ。
あ、そっか。
セフィリアさんはそもそもディスペル自体見たことがなかったんだっけか。だったら仕方ないかも。
「そ、そんなの使って体は何ともないの? 魔力欠乏症になったりしていない?」
「え? ディスペル程度で魔力が切れるわけないじゃないですか。1パーセントも使ってませんよ」
「えぇ……?」
懐かしいなぁ。
冒険者になるなら流星群魔法を連発できないとと言われて、魔術師のキッドさんに魔力総量を底上げさせられたんだよね。
底上げすると言っても、魔力総量は一朝一夕で増えるものじゃない。毎日魔物からとれる魔石を砕いた粉末を溶かしたくそまずい水を飲むことになった。
いやぁ、あの日々はなかなかの地獄だったよね。
と、その時。
廊下の奥から白衣とメガネが特徴的な男性が駆け込んできた。男はセフィリアさんを見つけると、大きな声でセフィリアさんを呼びながらさらに加速した。
「せい……セフィリア様!! 大変でございます!」
「もう! 今度は何!」
「重症患者の傷口が一人残らず塞がっております!! これは神の奇跡としか言いようがございませんぞ」
セフィリアさんが頭を押さえた。
そりゃそうだと思う。
ただのディスペルに対して「神の奇跡」なんて言っちゃう人を見たら誰だって痛々しいと感じると思う。
僕もそう思う。
いい大人なんだからそういうのは卒業しようよ。
……あれ、でもちょっと待って。
何か大事なことを忘れているような……。
「……あ! た、大変ですセフィリアさん!」
「どうしたの⁉」
僕は気づいてしまった。
どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。
くそ、こんな初歩的なミスをするなんて。
悔やんでも悔やみきれない。
「僕、今日の晩御飯なにも用意してないです!! 急いで野山に行ってきます!!」
「待って⁉」
「放してください! これは死活問題なんです!!」
「教会でおもてなしするから話を聞いて⁉」
え、ごはんが出るの?
「いいんですか?」
「もちろんよ。ロギア君のおかげで助かったんだから」
「わーい! ありがとうございます!」
今日は狩りに行かなくてもいいみたいです。
ラッキー。




