第9話 悪徳医師と弓少女
僕たちはアストレアの中心部にやってきた。
多種多様な店が並んでいて、町いく人も忙しそうな人からカフェでくつろいでる人まで様々だ。
こういう景色を見ていると、都会に来たんだなって実感できて、頑張るぞって活力がわいてくる。
「むむむ……」
「セフィリアさん? どうしたんですか?」
「お味噌を買うか、お醤油を買うか。それが問題よ」
「? どちらも買えばいいんじゃないですか? あ、それとも金銭的な問題ですか?」
セフィリアさんは僕を数秒ぽけーっと見て、それから分かってないなぁと肩をすくめた。
「金銭的には大丈夫よ。でもね、お味噌やお醤油っていうのは重たいのよ。だから一度の買い物ではどちらかしか買えないの」
「ああ、じゃあ僕が持ちますよ」
「うんうん。だから――ってはぁ⁉」
お味噌とお醤油を持ち上げる。
重いかな? 全然そんなことないと思うけど。
「ちょ、ちょっとロギア君⁉ 大丈夫⁉ 無理してない⁉」
「あはは、セフィリアさんは心配性ですね」
「え⁉ 私がおかしいの⁉」
よく見ればセフィリアさんは線が細い。
これくらいの物でも重たいと感じてしまうのかも。
うーん。
持つのは苦じゃないんだけど、セフィリアさんが心苦しそうな顔をしているのを見ると僕も悲しくなる。
「えーと、そうだ! ほら、僕は冒険者になるために修行しないといけませんし、なんならもっと重い荷物だってどんとこいです! なんならお砂糖も買いますか⁉」
「待って、もうやめて」
お砂糖はいらないらしい。
さよなら余分三兄弟。
結局、お味噌とお醤油を購入して、「行きましょう」と店を出ようとした瞬間、のれんの向こうから嫌な気配を感じた。
「……ロギア君?」
「いえ、なんでもありません」
直感は厄介ごとになると告げている。
嵐が過ぎるのを店内で待つというのも一瞬考えたけど、そうした場合はそうした場合で後悔をする予感があった。
諦めて素直に店を出る。
同じタイミングで、はす向かいの建物から少女が転がり込んできた。
少女がどす黒い瞳で締め出された建物を睨んでいると、今度はどっぷりと太っていてモノクルを掛けた男が屈強な男を引き連れて出てきた。
「お願いします、他のお医者さまが、ロヌマードさんにしか治せないって言ってたの。お願い、私の病気を治して」
「治さんとは言っとらん。治してほしければ誠意を見せろと言っておるのじゃ」
「うぅ……お願い、します」
「頭を下げるだ? そんなこと、誠意がなくても打算でできる。本当の誠意というのはな、金だよ、金なんだよ!」
「あぐっ」
太った男が少女の頭を踏みつけた。
見ていられなくて、男の額に焦点を合わせてデコピンを放つ。圧縮された空気が弾丸となって、男の頭蓋にクリーンヒットする。
「ぶべらっ! な、なんだ⁉」
男があたりを見回している間に少女を連れて戻る。
「大丈夫?」
「え? はい」
「ちょっとじっとしててね? ≪ディスペル≫」
「あっ、ん……ふぅ」
見れば少女の右手に切り傷があった。
バラのような模様を刻むこれは、つい昨日見たのと同じ裂華症だ。症状が悪化する前にディスペルで解呪する。
「もう大丈夫。よく頑張ったね」
「痛く、ない?」
「うん。もう治ったから、安心してね」
はす向かいでは、太った男がようやくこちらに気づいたようで、ヅカヅカと歩みを向けてくる。
いや、微妙に違う。
正確には、僕ではなくセフィリアさんのほうだ。
「またてめえの仕業か。うちの客を取るなって何べん言えばわかるんだ」
「……あら? 私にはあなたがこの子を客とみなさず締め出したように見えたけど?」
「同じだ。医学ってのは唯一寿命を買える技術だ。二束三文で売り払われたらたまったもんじゃない」
……嫌な気配の正体はこの人か。
なんだ、この人。
命をお金で選別しているのか?
……なんだろう。
胸の奥がざわつく。
「あまり目の前でウロチョロするなよ? 『愚か者は不運を探し求める』のだ」
「ご忠告、感謝するわ」
男は「ふんっ」と鼻を鳴らしてまたのっそのっそとはす向かいの建物へ帰っていった。
「セフィリアさん、あの人と知り合いなんですか?」
「えぇ……ちょっとね。彼はロヌマード。金持ちにだけ医術を披露する悪徳医師。でも、腕は本物よ」
「……そんな人が」
どうして、みんな仲良くできないんだろう。
どうして誰かから搾取しようとするんだろう。
「あ、あの」
「ん?」
袖を引かれて視線を下ろすと、先ほどの少女がおずおずとこちらの顔色をうかがっていた。
それから少女は、太陽な笑みを浮かべた。
「ありがとう!」
それだけで、胸のつっかえが取れた気がした。
うん。やっぱり。
「こちらこそ、ありがとうね」
「ほぇ? どうしてお兄さんがお礼を?」
「ううん。気にしないで」
やっぱり、人を思う気持ちが間違ってるはずない。
たとえ誰が笑っても、僕は僕が信じることを曲げないぞ。
「おうちには帰れる?」
「うん! ありがとー!!」
「転ばないように気を付けてねー」
「わかったー!!」
手を振りながらとてとてと駆けていく少女。
僕は僕で手を振り返した。
やがて少女は遠くの曲がり角で立ち止まり、改めてこちらを見て大きく手を振った。僕も大きく振り返した。そして、少女は物陰に消えていった。
「見つけた」
背後でそんな声がした。
慌てて振り返る。
弓を背中に抱えた女性が立っていた。
すぐに誰か思い至った。
(あ、冒険者試験にいた人だ)
どうして冒険者試験の時の人がここに?
そんなの分かり切っている。
(ダミー人形の請求に来た⁉)
それしかない。
「……? なぜ黙っているの?」
「い、いえ。どちら様でしょうか」
「そういえば名乗ってなかったわね。私はミュトス」
「は、はぁ。えっと、僕はクレイブって言います」
「……? クレイブ・ロギア?」
「いえ、ただのクレイブです」
バレてる! 名前まで割れてる!!
そうだよね! そりゃそうだよね!!
受験申請の時にロギアで申請したもん!
そりゃバレるよね!!
「ロギア君、お知り合い?」
「すみませんセフィリアさん、ちょっと空気読んでください」
「え、ロ、ロギア君に空気を説かれた……⁉」
「そこに衝撃を受けるのおかしくないですか?」
失礼な。
僕は至って常識人だ。
魂だってあれば感情だってあるもんね。
「偽名を使ったのは謝ります。ですが冒険者ギルドにいたロギアさんとは別人です」
「私は、冒険者ギルドにいたなんて言ってない」
「くっ、謀りましたね⁉」
なんて非道な!
そうか。なるほど。
これが嘘を嘘であると見抜けないと(冒険者としてやっていくのは)難しいって意味か!
まさか、セフィリアさんもグル⁉
「あーあー! 知らない! ロギアなんて人知らない!!」
「むぅ。ロギア、私はけがをした。治してほしい」
「バレバレの嘘つかないでください! どこを怪我したっていうんですか!」
ミュトスさんは矢筒から一本の矢を取り出すと、一切の躊躇なく太ももに矢じりを突き刺した。
「なにしてんの⁉」
「ね? けがしてる」
「してるけど! してるけども⁉」
ミュトスさんの太ももから矢を引き抜きヒールを使う。
その間ミュトスさんは興味深そうに観察していた。
「本当に傷口が塞がった。やっぱりロギアは私とパーティを組むべき」
「だから冒険者志望のロギアさんは別人ですって!」
「この際、別人でもいい。一緒にパーティを組もう」
「この人話聞かないな⁉」
でも悪い人じゃなさそうなんだよなぁ。
はぁ、ダミー人形の件が無いか、もしくは僕にお金さえあればうれしい申し出だったんだけど。
いや、その場合でも冒険者になれなきゃ意味がないか。頑張らないと、頑張って冒険者にならないと。
「むぅ、そもそもロギアはどうして頑なに嫌がる?」
「……僕お金がないんです。ダミー人形の弁償なんてできません……」
「……? ダミー人形を壊したのは、ゲゲルグじゃないの?」
「ゲゲルグ?」
「一緒に試験を受けた、髪の毛がない大男」
「髪の毛がない……ああ! あの親切な大男さん!」
え、どういうこと?
どうしてあの人がダミー人形を壊したことになってるの?
「ま、まさか僕の代わりに弁償代を払って……」
そうだとしたら、僕はなんとお礼を言えばいいのだろう。父さん、都会にもいい人はたくさんいるよ。
「あれ? だとしたらどうして冒険者の皆さんは僕を捕まえようとしていたの?」
「癒術師は貴重だから」
「あはは、さすがにそんな分かりやすい嘘には騙されませんよ?」
「むぅ、嘘じゃないのに」
するとミュトスさんはポンと手を打った。
「よし。冒険者ギルドに行こう。それで全部解決するから」
「だ、ダメです!」
「なぜ?」
「だって、お味噌とお醤油の荷物持ちする約束してますもん!」
「……」
ミュトスさんがセフィリアさんをじっと見つめ、セフィリアさんは小さく「ごめん」って呟いた。
セフィリアさんが謝る必要なんてないのに。
「じゃあそれが終わったら冒険者ギルドに行こう」
「えぇ……」
この人、ついてくる気?




