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第5話 海原と誇り

「なんだと……! ではロギア君はすでに出港したというのか……!」

「はい。先ほどそれらしき少年と船乗りのおっさんが意気投合して意気揚々と船を出していたのを見ました」

「ど、どうして引き止めないぃぃぃぃ!!」


 ギルドの職員は項垂れた。

 何という手際の良さ。

 釣り逃した魚は大きいとは言うが、その言葉の重みを痛感したのは初めてだった。


「ロギア君ーーーーーーー!!」


 職員の声が港にむなしく響いた。



「どうした?」

「いえ、今誰かに呼ばれた気が……」

「あ? オレには何も聞こえなかったぞ」

「そうですか。じゃあきっと僕の気のせいですね」


 父さん、僕は今、海の上にいます。

 漁師のゲンさんのお手伝いをするためです。


「さあロギア坊、目的地点だ。網を引きあげろ」

「はい!」


 僕は目いっぱい網を引っ張った。

 船が傾き、海が盛り上がる。


「わわわ⁉」

「どっひゃー! ロギア坊はハチャメチャやるな!」

「す、すみません!」

「かっかっか! 沈まにゃやすい! 気にすんな!」


 どうやら一気に引き上げるのはよくなかったらしい。次は少しずつ引き上げるように気を付けよう。


「……ん?」


 と、海をのぞいていると、海の底から巨大な白い影がどんどん海面へと近づいてくる。


「ゲンさん! 海の底から何かがやってきます!」

「あ? 何かってなんでい」

「分かりませんけど、すごく大きいです!」


 言っている間も影は大きくはっきりした形を取り始める。

 そして、ついに影の主が正体を見せた。


「ク、クラーケンだとぉ⁉ こんな近海にどうし――」


 ばしぃん。


 白くて大きなイカだった。

 触手を伸ばしてきて気持ち悪かったからデコピンで弾く。イカは器用にデコピンされた触手だけを切り離して海へと帰っていた。


「ゲンさん! げそが手に入りました!」

「――お、おう。ロギア坊、お前すげぇな。なんで冒険者試験落ちんだよ」

「お恥ずかしい限りです」


 そうだった。

 僕の目標はあくまで一流の冒険者になることだ。ただのイカの足をハンティングできたくらいで得意げになったって仕方ないじゃないか。


「いや、恥ずかしがることじゃあねえ。試験官がロギア坊の凄さに気づけない間抜けだったって考えとけ」

「そんな! 僕なんてまだまだ未熟で、落ちたのも妥当な評価だと思います……」

「どうやったらこんな卑屈に育つんだ……?」


 ゲンさんは小さく何かつぶやくと、口に手を当てしばらく押し黙った。それから神妙な面持ちで、僕にこう言った。


「ロギア坊。お前さんが落ちた理由が分かったかもしれねぇ」

「り、理由、ですか? それは単純に力量が――」

「力量が足りなかったから、なんて考えてるんなら、お前さんはこの先何度冒険者試験を受けても一生受からないだろうさ」

「そ、そんな⁉」


 ゲンさんは舵を取りながら、僕に背中を向けたままで口にする。


 一生冒険者になれない……?

 それは困る。


「ロギア坊。俺が思うにお前さんに足りねぇのは自信だ」

「……自信、ですか?」

「ああ。冒険者は常に危険と隣り合わせだ。死線を潜ることもざらだろうさ。お前さんはそのたびに死ぬかもしれないって思いながら挑むのか?」

「それは……」


 違う、と言いたかった。

 でも、僕の口は一文字に結ばれたまま、そんな短い言葉すら紡いでくれなかった。


「冒険者どもは違う。死線に立った時、まず生き抜く方法を考える。そうしないと生き残れねぇからだ」

「……父さんも、そういう人でした」

「おやっさんが冒険者やってたのか。それに憧れて、ってか?」

「はは、まあ、そんな感じです」


 ある日のことだった。

 僕がまだ村で修行に明け暮れていた日、海からおびただしい数の魔物が津波のように押し寄せてきて、僕は死ぬかもしれないと思った。

 だけど父さんたちは、村を守る方法を考えていた。


 ……そうか。

 僕は、心構えからして半端ものだったんだ。


「ロギア坊、この船に乗っている間に何か一つ胸を張れることを見つけろ」

「胸を張れること……、はい! ありがとうございます!」


 父さん、都会ではじめての先生ができました。

 豪快だけど、僕のことを気にかけてくれる優しい人です。



 なんてことがあったのだけど。

 港に帰った僕たちを待ち構えていたのは屈強な冒険者の皆さんでした。なんで?


「おいロギア坊。あいつらお前さんのほうじっと見てねぇか?」

「やっぱりそうですよね」

「お前さん一体何をしでかしたんでい」

「怒られるようなことはとくには……あっ」


 もしかして、ダミー人形を壊したから?

 それで弁償させようと躍起になっているのかも。

 ええ、それだけのためにこんな布陣を敷くの?


「なんでい、心当たりがあるのかい?」

「なくはない、くらいです」

「そうかい」


 ゲンさんは小さくつぶやくと、海原に目をやる。僕を連れて、海に出てくれる気なのかもしれない。

 ……ゲンさんを巻き込むわけにはいかない、かな。


「……ゲンさん。僕、船を降ります」

「っ! 何を言ってるんでい! ロギア坊が胸を張れるものを見つけられるまでは面倒見る! 男に二言はねぇ!」

「大丈夫です。もう、見つけましたから」


 ゲンさんの横に立ち、僕も海原を眺めます。


「ゲンさん、この海原をずっと行くとですね、僕の生まれ故郷があるんです。小さな村なんですけど、みんな優しくて、暖かな村でした」


 癒術を教えてくれたオーディオさん。

 剣術を教えてくれたアインズワースさん。

 裁縫を教えてくれたクレアさん。

 冒険者の知恵を教えてくれた父さん。


「僕を育ててくれたみんなは、僕の自慢の家族です。僕は才能の一つさえ持たずに生まれてきてしまったけど、育った環境なら誰より恵まれていたって、胸を張って言えます」


 みんな、追放された落ちこぼれと言っていたけれど、僕にとっては大切な先生だったんだ。


「もちろん、ゲンさんとの出会いもです! だからこそ、成長した姿を見せて恩返ししたいんです」

「……ロギア坊」

「見ていてください。ゲンさん」

「お前さん、一度の船旅で、成長したなぁ……」


 潮風に乗って、僕の頬に雫がかかった。

 ゲンさんは、静かに涙を流していた。

 僕はそれを茶化さずに、気づかないふりをした。


「ったく、また求人出さなきゃいけねえな!」

「ゲンさん……」

「行ってこい。お前の戦場は、ここじゃあねえんだろ?」


 僕は頷いた。

 ゲンさんは顎で港をさした。

 僕は頭を下げた。

 もう、言葉はいらなかった。


 海に飛び込んだ。


「っておい!! せめて港までは船に乗って行けよ!!」


 なんかゲンさんが言ってる気がする。

 気のせいかな。


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