第4話 合否と捜索
大男は試験に合格した。
どうして受かったのかは彼にもわからない。
だが合格してしまったものだから、彼は合格者だけに開かれるガイダンスに参加していた。
「ここ、空いてる?」
「あ、ああ」
大男が嫌な汗を隠していると、美少女に声を掛けられた。生まれてこの方イカツイ顔つきだから、女性と話す機会なんてほとんどなかった。
さらなるプレッシャーが大男を襲う。
「試験をトップ通過したゲゲルグね? 私は弓使いのミュトス、よろしく」
「トップ通過……オレが?」
「ダミー人形破壊したんだから、当然」
そう、
試験終了間際だった。
半ば自暴自棄になってダミー人形を攻撃しようとしたところ、攻撃が当たる直前にダミー人形が爆発四散した。
「あのダミー人形って壊せるのね。あれ、必殺技?」
「いや、あれは……」
「むぅ、秘密? ……情報は財産。しかたないかな」
逆である。
分かっていないのだ。
男は、何一つ、分かっていないのである!
(あの試験そういうのじゃねえだろ!!)
大男は試験の仕組みに気づいていた。
何故気づけたか。二度目の受験だったからだ。
(あれは剣士なら刃こぼれしないように剣を振れるか、後衛であれば正確に標的を射抜けるかを評価する試験だ。ダミー人形が壊れるなんて想定されていない!)
だが大男の攻撃でダミー人形は壊れた。
少なくとも、はた目にはそう見えていた。
「そ、そうだ! 親分は⁉」
「親分?」
「あ、ああ。背丈はちっけぇんだが、骨折すら治せるヒールも使えるバカみてえに強い少年がいるんだ!」
「あんた、骨折すら治せるヒールって……、聖女様ですら切り傷を塞ぐのが精いっぱいなのよ?」
「分かっている! だがオレは確かに治してもらったんだ!」
大男はガイダンス用の講堂を血眼になって探す。
探しに探し、さらに目を皿にして探した。
そして一つの結論に至った。
「バカな……、いない、だと……?」
ロギアは試験に落ちていた。
*
落ちた。
僕は試験に落ちていた。
嘘だと願った。
合格者の張り出された掲示板を、隅から隅まで何度となく目を通した。
だけど、何度見直しても僕の名前はどこにもなかった。
何がいけなかったんだろう。
筆記試験はおそらく満点だ。
やっぱり、実技試験がダメだったんだろうか。
(……時間を越えた攻撃なんて、露骨すぎたかな)
それとも一体の人形に何度も攻撃したのがダメだったんだろうか。試験終了間際に斬撃が到達するようにしたのがまずかっただろうか。
ダミー人形を壊してしまったから、他の人がアピールする機会を奪ったとみなされたのかな。協調性がない奴だって思われたのかも。
(やっぱり、冒険者になるなんて、夢だったのかな)
ベストパフォーマンスだったと思う。
それでも、届かなかった。
気が付けば、僕は港に来ていた。
どこまでも続く青い海。
「……父さん」
口からこぼれかけた弱音を飲み込んだ。
この広い海だって、もがき続ければいつかは故郷にたどり着く。それと同じだ。
パンパンと両手で頬を叩いた。
「ええい! 一度落ちたからってなんだ! 想定通りじゃないか! 僕はあきらめないぞ!」
盛大に送迎会を開いてもらったばっかりだ。
試験に落ちて泣く泣く帰ろうものなら、みんなに合わせる顔がない。
「次は、次こそは絶対に合格するぞ!!」
広大な海に向かって吠える。
吠えるのを、誰かに見られていた。
「元気のいい兄ちゃんだな!」
「わわっ、す、すみません。人がいるとは思っていなくて……」
港に停泊した船からひょっこり顔をのぞかせたのは、ねじり鉢巻きを額につけ、法被を着た、まさに漁師といった風貌の船乗りだった。
「わっはっは! 元気は資本だ! 胸を張ることこそあれ、謝る必要はないぞ!」
「はぁ」
「ん? どうした。悩み事があるなら洗いざらい吐いてしまえばいい。広大な海がすべて飲み干してくれらぁ」
豪快な人だなぁ。
悩みをぶちまける、か。
うん。なんだかとてもいい方法な気がしてきたぞ。
大きく息を吸って、一つ。
「帰る当ても行く当てもなーい! お金もなーい! 就職活動は失敗!! 僕はどうすればいいんですかぁ!!」
山とは違って、海に吠えても反響しない。
やまびこが恋しい。
「なんだぁ兄ちゃん浮浪者かぁ⁉ だったらその元気をオレの船で生かしてみないかぁ⁉」
と、船の上からおじさんが海に向かって吠えた。
僕が目を丸くしておじさんを見ると、おじさんは僕を一瞥し、白い歯を見せて笑った後、また海に向かって吠えた。
「賃金は最低だが三食寝床付き! どうでい!!」
「こんな……、こんな僕でも、必要としてくれますか!!」
「当たり前でい!!」
また、おじさんと目が合った。
僕たちは互いに頷いた。
言葉はいらなかった。
*
一方そのころの冒険者ギルドでは、骨折すら治せる少年の話で持ちきりだった。
「ふむ、にわかには信じがたいが……」
「信じてくれなくてもいい! だけど親分が試験に落ちるなんて何かの間違いだ! もう一回だけ採点し直してくれ!」
「試験をトップ通過したゲゲルグ君の話だ。むげにはできない……。よし、担当した受付嬢に話を聞こう」
そもそもヒールは身体疲労をわずかに回復させる程度の効果しかない。聖女でも傷口を塞ぐのが限界だ。
だけどもし骨折すら回復できる癒術師がいるのならば?
ギルドとしては是が非でも確保したい人材だった。
「外はねの黒髪、黒目、背丈は小さいけど顔立ちは整った少年……ああ、ロギア君ですね。はい。私が担当しました」
「本当か⁉ 彼は本当にヒールが得意なのか⁉」
「い、いえ。彼の特技は掃除と裁縫です」
「……掃除と、裁縫? 癒術は……?」
「使えるなら申請時に記述すると思いますけど」
ここにいる人たちは誰も知らない。
ロギア自身は癒術を苦手だと思っていることも、普通のヒールがどんなものかを知らないことも、ここにいる者は誰一人として知らないのだ。
要するにロギアとしては、あえて書く必要もないかーくらいの軽い気持ちだった。
ロギアにとっての普通のヒールは希代の癒術師オーディオが水準であり、そこには遠く及ばないからだ。
「ゲゲルグ君、ロギア君が骨折を治したのは本当なんだね?」
「間違いない! オレが身をもって体験している!」
「ふむ……、直接本人に聞いてみるか。ロギア君は今どこに?」
話を振られた受付嬢が「えぇと」と指をこめかみにあてて唸る。少しして「ああそうだ」と、筆記試験中に偶然答えを思い出したときと同じようにすっきりとした笑顔で受付嬢が言う。
「たしか一度落ちたら、鍛錬を積んでもう一度受けるって言ってました」
「……」
沈黙。
場を静寂が支配する。
「もう、出国したという可能性は……」
「あり得るかもしれませんね」
「……! 今すぐロギア君を捜索するんだ! 緊急依頼を発動してもかまわない!」
「え、え? 緊急依頼?」
「早くしろ! 次もこの町で冒険者試験を受けてくれるとは限らん!! 優秀な人材は確保だ!!」
こうしてロギア包囲網が敷かれた。




