9. ヘーデン氏の奮闘
久しぶりの主人公視点、修行?前編
少し短めです。
良い暇つぶしとなりますように。
今日も散々投げられた。
自分でも呆れるほど、手も足も出ない状態だ。
しかし、投げられることに慣れてきたせいか、回復するのは最初に比べて、ずっと早くなった。
第一、今日はまだ修練四日目だ。そう簡単に師匠に敵うようにはなるまい。
一日目は悲惨だった。向かって来いと言うので、とにかく体当たりでもしようと思ったのだが、かすりもしない。そのうち息が上がってきたところを、宙に飛ばされて、おしまいだった。
体力が限界だったのか、宙に浮いたときに意識まで飛んでしまい、目が覚めたときには師匠は見当たらなかった。
どうしたものかと思ったが、日も暮れかけていたし、終了の挨拶を離れに向かって声掛けして、寺を後にした。疲労感はあったが、どこも打ったような痛みがないので、気を失ったのは走り疲れだろう。
二日目、どうも体当たりでは、かわされた時に無駄に走ることになるので、今度は捕まえられないか試してみた。
結果を言えば無理だったのだが、少なくとも気を失うほど走ることはなかった。その代わり、何度も転ばされたが。
やはり、捕まえようとすると、つい腕のほうに意識がいき足元がおろそかになる。そのくらいは柔術でも教わっていたのだが、これまた面白いくらいに、足を引っかけられて転ばされた。
前半はその調子で、たいした怪我はない代わりに、汗と土とで泥だらけになった。見かねたのか、自分の着物を汚されるのが嫌だったのか、離れの玄関脇にある井戸へ案内されたので、手と顔をすすぎ、ついでに水を飲んだ。
しばらく休憩を取り、稽古を再開した。
少しかするようになったので、師匠の動きに慣れてきたのかと思ったのだが、後から考えると逆だったろう。師匠が私の動きに慣れたので、最小限度しか避けないようになったのだ。その代わり、足を引っかけるのはやめて、再び投げ飛ばされた。
自分の足が空を向いているのを見たから、一回転していたのだろう。実戦であれば頭から落とされたのだろうが、足が先についたのは確かだ。ただし、私に心の準備などなかったので、ずいぶんあちこち打ったのだが。
それでも、痛いという事よりも、宙空で一回転したということの方が衝撃で、呆然としてしまって、しばらく立てなかった。
心境とすれば、茶店で最初に投げられたときと同様だ。
それ程長い間でもないと思う……思いたいが、気付けば目の前にヨリ……いや、師匠の顔があった。男が見ても整った顔だ。
大丈夫かと訊かれたので、はいと答えて立ち上がる。
どうも、大の字になったところをしゃがみ込んで覗き込まれていたようだ。師匠とすれば、あまり私が動かないので、投げ損じたかと心配してくれたのだろう。
その後も同じように2・3回投げられてその日は終了になった。
収穫と言えば、足元に空を見るような飛ばされ方をしたときの心の準備方法くらいのものだった。何もないよりはましだが、実際の役にはあまり立たないだろう。私の意思で足から着地しているのではなく、そのように「降ろされて」いるのだ。
一日目同様、大した打ち身もないが、足から落ちてばかりいたので、ふくらはぎが腫れていた。部屋に帰り着いてから、自分が恐ろしく疲れていることに気付く。やはり、足元に空を見るのは精神に負担をかけていたのだろう。
次に訪なったときは、離れは閉まっていた。どうやら留守だったらしい。
三日目、とにかく向かっていく。
大体、私は柔術もさわりくらいしか心得がなく、掴み合いにも慣れてはいないのだ。そう思って、一日目と同様、体当たり戦法へ立ち戻る。
師匠はこの日は避けなかった。
もちろん、受け止めもしなかった。
投げ飛ばしたのだ。
はっきり言って、あんな細い身体で、よくもあんなに景気よくぽいぽいと投げてくれるものだ。それが技と言うものだろうが。
当たりさえすれば、あちらの方が丈は高いといっても、体格からして受け止めることはできないだろう。突き飛ばすまではできるかはわからぬが、突き倒すことはできたかもしれない。少なくとも、立ち位置を変えることはできる。
が、立ち位置を変えずに、ただ投げ飛ばすのである。
向かっていくと、当たるはずの瞬間に相手はゆらりと揺れて、どこをどうされたものか、私は宙を飛んでいる。
三日目ともなると、手加減も程々になったものか、最初のように無傷とはいかなかった。それでも、青たんができる程度で、一晩寝れば痛みが後を引くようなものはなかったが。
そして本日、四日目。
今まで私は勝手に「師匠」と呼んでいたが、別に謝礼を納めているわけでもなく、ただ手合わせの相手をしてもらっていただけで、何も助言はもらえなかった。
初日に、謝礼を渡そうとしたのだが、「弟子を取る気はない」といって、受け取ってもらえなかったのだ。
助言のないのはそのためだろうと思っていたのだが、今日は初めてそれらしきものを貰った。
私の無策ぶりに呆れたのかもしれぬが、助言には違いない。
今日は珍しい見物がいたが、そのせいでもあろうか。いつもより大きく飛ばされた。衝撃でしばらく体が動かなかった。
それを見かねたのか、今更ながら私の履歴をただし、私が師匠の考えていたより余程初心者であったのか、助言が与えられた。いわく、毎日受身の訓練を一時間欠かさずしなければ、命の保障はない、と。
確かに、何かの拍子に「うっかり」本気で投げられては、足や腕の骨で済むとも思えない。頭から落ちては命に関わる。
私だって、鍛錬で命を落としたくはない。
今日からでも、柔術の師範か、得手の先輩を捕まえて、受身の型を覚えなおそうと思っている。
次に、手ほどきを受ける側の心得を諭された。
先生にも言われたが、どうやらそれは常識であるらしい。
私が教わったのは、基本の型と、ひたすら打撃の反復と言う訓練法であったから、大体が自己との戦いであって、他人の技とはほとんど無縁であった。最初に師匠が手本を示し、後は悪い点を直される。基礎ができれば干渉されない。
一撃必殺を目指すので、打ち合うことはめったにない。
腕がなければ見極められずに危険であり、あれば当たれば骨折が免れぬ。例え木刀であっても大いに危険なのだ。しかも、基本理念が肉を切らせて骨を断つを地でいっているため、避け技はない。相手より早く当てればよいという考えなのだ。
言われてみれば、ただ打ち込むのみの剣であり、融通が利かないあたり、私には向いていたのだが、あの師匠に対したときには、いかにも暖簾に腕押し、といった感触である。
今では、例え剣を抜いて向かっていったとしても、投げ飛ばされるのではないかと思える。
剣を握れば、私の集中力は上がるだろうが、ヨリアス師匠もあれは全く手加減しているはずで、本気になればどれ程のものかはわからない。剣も遣う様な口ぶりであったが、例え無手でも勝てる気がしない。勝とうと思えば殺す気で向かう必要があるだろう。
とにかく、師匠は剣ではなく無手の訓練をつけてくれている。
幸いではあったが、いかに自分が考えなしかもわかってきた。
あまり情けなく思ったのか、考えるコツは教わったのだが。
投げられたときの違いとは、なんだろう。
腕か袖を取られて投げられているとは思うが、実はどこを取られているのかもよく分からないのだ。
後は、着地方法か。一回転して足から、一間ほど飛ばされて背中から、ほとんどその場で尻から。
大別すればおよそその三種に分けられる。
他に何かあるだろうか。
いっそ、離れた所から見れば、どこをどうされているかも分かるかもしれないが、今は予備動作もよく分からない。
揺れるような、風に流されるような動きで、私の視界から消えるのだ。
足元は動いていないようなので、たぶん身を沈めているのだろうが。
投げられ方といって、別に師匠はその技の違いを訊いているのではないのかも知れぬ。最終的にはそこへたどり着かねばならないだろうが、今はまだその段階には遠い。もっと表面的なことに気付かねばならないのだ。
一回転するとき、一間飛ばされるとき、尻から落ちるとき、そこには明らかな差があるはずだ。まさか師匠の気まぐれではないだろう。違いがあるからこそ、投げ技が変えられたのだ。
という事は、違うのは私のほうだ。
今日に限っていえば、全て突撃だった。思考に差はない。
違ったのはなんであろうか。
最初の一撃は、三種のうちで言えば、背中から落ちるものに類似しているが、衝撃が以降とは比べ物にならない。
どうも口調からすると、背中から「運良く」落ちただけで、あまり手加減もしなかったものらしい。私の腕前を試したのだろうか。
頭は何とか打たなかったようだが、完全に息が止まった。全身が痺れたようになって、しばらく身動き取れなかった。
どのようにしているのかは分からないが、手加減してもらえるのはありがたい。同じだけ飛んでいても、後のは息が詰まるだけで、多少咳き込むが、他は大したこともなくすぐに立てる。
一番立ち直りが早いのは一回転の後だが、これは慣れの問題かもしれない。足がしばらく痺れたようになるが、二呼吸ほどの間に復調する。元の位置に戻る間に平常どおりになるので、すぐに次に移れる。尻から落ちると、衝撃が腰を通って、頭にまで響く。ジーンとした痛みが腰付近に留まり、なかなか立てない。それでも背中打ちよりはましだが。
茶店で投げられた技はたぶんこれだろう。
あの時も、立ってから気付いたが、尻や腰の辺りが痛かった。
さて、私の違いはどこにあったのか。
今日の流れを振り返る。結局今までで一番多く投げられたが、①定位置、背中落ち、②定位置、背中落ち、③立った位置から、一回転、④定位置、背中落ち。
これで前半は終了。
休憩を挟み、見物も増えて再開。
⑤定位置、背中落ち、⑥立ち位置、一回転、⑦二、三歩下がり、尻落ち、⑧定位置、背中落ち。
どうも、八回も投げられたようである。
そして、やっと自分の行動との関連が見えてきた。どうも、技の違いは距離に関係しているようだ。
距離が違うということは、突進の勢いが違うと言うこと。
それにより、飛ばされる距離も変わってきていたのだ。
わかれば、簡単なことである。
何とか答えが出せたことに安堵する。
求められた答えは一つではないかもしれないが、まずは一つからだ。
読了ありがとうございます。
今回は文量は短めでしたがツッコミどころは満載の回ですね、ハハハ。
ヘーデン氏の修行?が4回目ということは、アーベイ氏の休暇は20日くらいとったのか!?そんなばかな!(作者は適当星人)……きっと夜勤明けとかにも離れへ顔を出していたのでしょう、ということで。そりゃ倒れるわ。
あと、この国に暖簾はあるのか、とかね。
驚異の雷撃流剣術、超極端な修行法!モデルは某流派ですが、さすがにこれはいい加減すぎる自覚があります。むしろヘーデンがありえない。主人公全否定。特殊能力がなくても不思議ちゃん。




