四話 死が住み着く街
この街に着いたのは多分幸運とはいえない。
そんな私の考えなど知る由もない目の前の少女は雲で隠された星を確認しようと空を見上げていた。
その姿は魅惑的で美しい。焚き火に照らされた白い肌は一目で滑らかな肌触りと分かる。燃え盛る火と見比べても遜色ない見事な赤毛が覆う後ろ姿は華奢だけれど立ち居振る舞いは力強い。
「この広場を守りたいんだ」
少女がそう言って私を振り返った。
「残って手伝え、と?」
問いかけると少女は首を横に振った。そして、強い意志を秘めた微笑みを私に向ける。
「単なる決意表明。昔この街に来た吟遊詩人が言ってたの。言葉は記憶に強く残るって」
「そしてあなたを縛りつける、と」
私の皮肉に彼女は「続きは知らなかったわ」と肩を落とした。
今考えたんだから当たり前だ。
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騎士達に追われてから五日が経ち、野草で飢えを凌ぐのに限界を感じ始めた頃、私はこの街に着いた。
街というよりも廃墟に近い。
視界には必ず何かの死体が入る。血が滴るような新しい物から腐臭をまき散らす物、骨が風雨にバラけて元の形が分からない物まで、雑多な死が住み着く街。
追われる身だから暖かい食事は期待していなかったけど、この様子だとまともな食べ物はなさそう。
せめて地図や武器になりそうなナイフくらいは手に入れたいと煉瓦作りの家を覗いていると、どこからか独特の足音が聞こえてきた。
音がする街の入り口へと顔を向ける。
石畳に転がる死体を見向きもせずに歩いてくるのは足がゼリー状の二足歩行するサイだった。肩に担いだ大きな斧を時折振るっては家を破壊している。
森でも何度か見たこいつは多分、魔物。
サイの化け物と一瞬目が合ったけれど、まるで私の存在を認めないかのように無視される。
森にいた魔物達と同じ反応。
私が魔王と呼ばれることに関係しているのかも。
とはいえ、本来なら圧倒的な脅威であろう魔物が向かってこないのは非常に助かる。中には襲ってくる魔物がいないとも限らないけど新種にだけ注意しておけばいい。
比較的原形を保っている家を見つけて中を物色する。壷を割ったりすれば勇者の気分が味わえそう。
魔王にだって遊び心はあるんだよ。
「……重い」
水瓶はかなりの重量だった。諦めて放置する。
台所から包丁を入手し棚から幾ばくかのお金を頂く。
予想はしていたけどやはり見たことのない銅貨や銀貨だった。どちらもむさ苦しい髭のおじさまが刻印されている。
価値が分からないので今後のためにも意地汚くお金を集めるとしよう。
あらかた物色した後で玄関に歩き、外れかけた蝶番に手をかけて押し開ける。
「わっ!?」
眼前を巨大な火球が横切った。散らばっていた死体が焼ける嫌な臭いが漂い始める。
……危なかった。一歩間違えれば黒こげになっていた。小麦色の肌なら健康的だけど炭色の肌は不健康すぎる。
火球が来た方向を見ると先ほど見たサイの魔物が死骸となって転がっていた。焼け爛れた皮膚から煙が立ち上りゼリー状の足が沸騰して泡だっている。
その向こうに一人の赤毛の少女がいた。
少女はサイの魔物を冷ややかに見下ろしていたと思うといきなり口を開いた。
「人、か?」
一拍遅れて上げられた少女の顔は美しく整っていた。
「人以外に見える?」
魔王に見えると言われたらどうしよう。そんな私の心配は杞憂に終わった。
「見えない。でも普通の人間が来るとも思えないんだ」
少女がゆっくり近づいてくる。私を見据える瞳が日の光に輝いた。
魔王です。なんて名乗ったら消し炭だろうなぁ。
「とりあえずーー」
待ったをかけようと私が手の平を突き出すと、少女は弾かれたように身構える。それに苦笑を返しながら私はお腹を押さえて切り出した。
「食べるものない?」




