三十三話 野暮用
「これ程あからさまだと一種の感動を覚えるよ」
私は呆れて呟く。
森の中、一人の青年が息絶えてそれを見つけた十五歳くらいの娘が泣きながら魔法陣を描いている。
夜闇に紛れていることもあってか、私や牛頭に気付いていないらしい。
それとも、気付く余裕も無いのか。
魔法陣を書き上げた娘は夕焼け色をした髪が乱れているのも気に留めず、詠唱を始めた。
魔力が娘に集まっていくのが見える。
「隠蔽、違う」
「黙って」
不思議そうな牛頭に命じつつ、娘の詠唱を暗記する。
詠唱が終わると青年の体が火に包まれ、中から赤ん坊が生まれた。
詠唱の内容から考えると生まれ変わりいや、生まれ直しね。
娘が涙を拭って赤ん坊を抱いた。
息をしているのを確認して、娘は赤ん坊と共に森へと消えていった。
「……また面倒事か。嫌になっちゃうよ」
牛頭から飛び降りて、娘が残していった魔法陣を羊皮紙に書き写す。
意味するところはやはり解らない。
詠唱は亡くなった人との再会を願う内容だった。
さっきの事象を引き起こしたのは魔法で間違いない。
分析と状況把握。導き出される結論なんて最初から解っている。
十中八九、神の手引きね。
「魔王、機嫌、悪い」
「ヴェベストロー行きは少し待って。野暮用が出来たの」
私と牛頭の素敵な旅路を邪魔するなんて、本当に野暮よね。
軽い頭痛を覚えて頭を押さえる。
野暮天神様、己を蹴って死んじまえ。馬蹴りのセルフサービスだ馬鹿やろう。
「魔王、楽しそう」
「嫌なことがあるとテンションが上がる質なのよ」
今すぐあの娘と接触するのは避けた方がいい。
見るからに精神の安定を欠いていたもの。出会い頭にズブリとかグサリなんて効果音のお世話になりたくない。
「近くに川があったよね? あの傍で休みましょ」
首の座っていない赤ん坊を連れて旅はしないと思うから川であの娘が水汲みに現れるの待とう。
明日、娘と合うまでに上手く接触する適当な理由をでっち上げよう。
ネックは牛頭だけど……。
「先に天魔のところに行く?」
「魔王、場所、知らない」
そうだった。地名を聞いたところでたどり着く自信もない。
何しろ、方位磁石や地図もない。太陽のおかげである程度の方角が判るくらいで目指す場所に着いたら奇跡だしね。
方向音痴の自覚もある。
「さて、どうしようか」
目立つところにいなければいいか。
別行動して、解決したら再びヴェベストロー平原をめざすとしよう。
川を越えて森に身を隠す。
あの娘とさほど距離が開いていないのか、鈍痛が全身を這い回るだけでいつもに比べれば楽なものだった。
牛頭の枝に腰掛けて、幹を背もたれにして眠る。
凍える空気が身を包むので皮袋で手足を覆ったり首を巻いたりした。冷え易い箇所を保護すれば少しは我慢できる。
早く村でも見つけて防寒具を買わないと凍死するかもしれない。
ベリンダの街で拝借したお金が手つかずで残っているのに使う機会にも恵まれないし、困ったものね。
寒さに身を震わせながらも、私をゆっくりと眠りに落ちた。
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好きだと言われたことがある。
あれは何時だったか。
そう、夏も間近な頃だった。
むせかえるような草のにおいと夕立の気配を覚えている。
まだいじめが表面化していない時期だったからその男子は知らなかったのだろう。
付き合えばいじめが止むかもしれない。男子に良い顔を見せていたい女子が何人かいた。
いじめが続いても一人じゃなければ堪えられる。
けれど、この男子まで標的になってしまうのは避けたい。
まともに私の顔も見れず、俯いて耳まで赤くしているその男子を躊躇なく巻き込む。それをしようとしても、良心が邪魔をした。
あの時、私は何と言って断ったっけ。
適当な理由を並べて、もう話しかけるなと言ったかな。
違うか。彼の誠実な雰囲気に嘘を吐けずに頭を下げて私は逃げた。
いじめが表面化するまで何度か話しかけてくれたけど、次第に目を逸らすようになっていった彼は最終的にいじめグループに仲間入りしていた。
主犯格の誰かと付き合っていたはず。
取ってやった、と自慢していた女子の顔は思い出せない。
ただ、いじめに参加する彼の楽しそうな笑顔がよぎるだけ……。
「魔王、泣いてる」
「寝起きだからよ」
頭がぼんやりする。
胸の中に暗い何かがわだかまって気持ち悪い。
「何もしたくない」
額に手を当てて見上げた空は灰色をしていた。
夜は明けたようだ。
かじかんだ手に息を吹きかけて暖める。
地面に降りて、川に背を向ける。
「人の寝顔を観察するなんて悪趣味ね」
森から送られてくる視線に向けて言う。
昨日の娘だと思うけど、牛頭と居るのを見られたのには参った。
とりあえず、言い訳を考えようとした刹那、夕焼け色の髪が刃物をちらつかせて飛び出した。