三十二話 再会
夜の空気は随分と冷えていた。
私と娘は息を白くして遊びながら適当に切り出した丸太に座る。
彼女が木の杯に注いで差し出してくれたのは透明な液体。
「香料と水は自分で調整するといいわ」
水で三倍くらいに薄めて昼に採ってきた香りの強い花を浮かべる。
透明な水面に映る青い月と金木犀に似た花が風流だ。
杯を軽く回して花の匂いを楽しんでから液体を口に含む。
「暖まるね」
飲み過ぎると明日が辛いだろうけど、思ったより抵抗なく喉を流れていくので加減が分からなくなりそう。
「遠慮なく飲みなさい」
彼女が杯を傾けて言う。
雪色の頬に早くも朱が差していた。
絡み上戸じゃないでしょうね?
「鼻も目も口も楽しめる一級品。ただ、耳が寂しいわ」
娘が言外に催促するのに苦笑する。
「では、注文通りに一曲」
私は一口飲んで杯を置いた。
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「……魔王、生きてた」
「お久しぶり」
私の前には一体の魔物がいた。
高い山の頂を目指す途中、草すら疎らなこの場所でやけに高い木があると思えば魔物だった。
ベリンダの街の北に広がる森で出会った、牛頭を実らせる木の魔物。
同型の魔物は今までも見かけていたけど、当事者と再会するとは思っていなかった。
牛頭が私を注意深く観察する。
三十を超える牛の瞳に見つめられると背筋がゾワゾワした。
「服、ボロボロ」
「セクシーでしょ?」
クルリと一回転して見せる。
穴が開いているのは撃たれた背中や刺された肩の部分だから、露出の意味はないけどね。
私の軽口に牛頭は反応を示さない。通じなかったか。
牛頭が枝をざわめかせ、丈夫そうな枝を伸ばしてくる。
熟れきった牛頭が一つ重力に引かれて山肌を転がった。
「一緒、ヴェベストロー、行く?」
それ何処よ。
誘われたところで地名なんて分からない私は首を傾げるしかない。
「天魔、いる、平原」
天魔という単語には聞き覚えがあった。
騎士団のリンなんちゃらさんが倒したとかいう奴だ。
複数いるのか。
「その天魔ってなに?」
「強い、魔物」
でしょうね。
倒したことがステータスになるくらい強い魔物なら保護を願うのにはうってつけ。
打算的にそう考えて、私は首を縦に振る。
一緒に行こうと誘ってくれるのだから牛頭が案内してくれるはず。
「牛頭、これからよろしくね」
ヴェベストロー平原までどれくらいかかるか分からないけど、牛頭とは長い付き合いになりそう。
枝と握手してこれから構築する友好関係の先駆けにする。
「魔王、乗る?」
「乗せてくれるなら甘えるよ」
一際丈夫な枝を選んで腰掛ける。
牛頭が動くのに合わせて景色が上下する。
皮袋を詰めた皮袋をクッションにしてみると乗り心地は抜群だった。
「獣が来たら追い払ってあげるよ」
同型の魔物が牛頭の実を狙われて肉食動物に襲われている所を見たことがあったので提案する。
快適な乗り物を獣に壊されるのは癪だもの。
牛頭が頼りにしてくれるらしいので、交渉は成立した。
暇になった私は結界魔法陣を描き写した羊皮紙を牛頭の前にかざす。
幹にも目はあるはずだけど位置が不明なので、近くに下がっていた牛頭の一つを選んで見せた。
「これの意味は分かる?」
自分の血を利用して発動させたりもしたけど、魔法陣の解析には到っていない。
光を屈折させることで効果範囲の物体を透明化する効果がある事と魔法陣の大きさで効果範囲が決まることは分かっているものの、魔法陣に手を加えると何が起こるか分からないので解析が進まない。
「魔法陣、分からない」
「そうよね」
今までの知性体も魔法陣や呪文を使う者はいなかった。
人間独自の技術なのかもしれない。
しかし、諦めきれない。
改良次第では私の姿を隠せる可能性がある。隠せなくとも光の屈折率を変えることで容姿を誤認させる方法もある。
単純な魔法では光を生み出すだけで屈折や反射などが出来なかった。
火や水の魔法で温度を調節することが不可能なのも合わせて考え、魔法陣などは魔力の複雑な応用を可能にする技術と予想している。
「きっと、天魔、分かる」
思考の海に沈んでいた私は牛頭の言葉で浮上した。
単語を並べるだけの牛頭に苛々しながら聞き出してみる。
どうやら、天魔は知性体で魔法を扱える魔物を総称して呼んでいるらしい。
「天魔、魔力、持つ」
「体の中に魔力があるの?」
牛頭が肯定した。
体内に魔力を持っているなら周囲の魔力を掌握されても戦える。
それ反則よ。
自動装填の拳銃みたいな感じだね。
とはいえ、魔物である以上襲ってはこないから心配はしない。
保護してもらえれば良し、魔法について分かれば尚良し。
まだ見ぬ天魔の姿を夢想しながら、私たちは山を下った。




