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嘘つき魔王  作者: 氷純
オイゲンと白い池
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外伝 オイゲンとハンネス

 逃げる魔王を制止したものの追うことが出来なかった。

 震える足に手をついて抑えながら森の奥に目を凝らす。

 小柄な娘の背中が霞んでいく。


「オイゲン」


 名を呼ばれて髭の男は顔を向けた。

 そこには自らの剣を拾う若い男がいる。


「早くこの場を離れた方がいい」

「ハンネス……」


 オイゲンは未練がましく魔王の逃げた森を振り返る。

 もう背中も見えない。

 警戒心が人一倍で冷静に攻撃的な、そんな不思議な少女だった。

 魔王とは到底思えない。オイゲンには彼女が駄々をこねる子供に見えていた。


「本当に魔王だったのか……?」

「黒髪黒目なんてまずいない。あれほど見事に真っ黒なら尚更な」


 呟いた独り言を拾ったハンネスが言うのに俯いた。


「お人好しも大概にしておけ」


 ハンネスが複雑な面持ちで剣を鞘に収め、オイゲンを睨む。


「自分から言い出したんだ。冗談や酔狂で言えるものではない。近くの村も魔王が出たからと騎士団に注意を促されていた」


 女だとは思わなかったがな、とハンネスが続けた。

 確かにそうだ。魔王だと名乗れば袋叩きにあっても文句は言えない。

 魔物に恨みを持つ人間は多く、オイゲンやハンネスもそうだ。

 天魔など、人に危害を加えない一部の魔物を除いて共存は出来ないとオイゲン自身も分かっている。

 あの少女は必要なら躊躇わずに人を殺すだろう。

 人との共存が出来ない価値観を持っているのは間違いない。

 けれど、神殿からはオイゲンの言った通りに殺すことを避けていた。

 だから考えてしまうのだ。

 もしかしたら、人と暮らす未来があるのではないかと。

 夢物語は何時かくる未来だと言った詩人がいたらしい

 だから、オイゲンは森を見ていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 酷いものだと、ハンネスは嘆息した。

 うっすらと考えていたし、目を背けていた事でもあった。


『あなたのそれって逆恨みよ』


 些かの遠慮もなく切って捨てた少女の言葉を思い出す。

 彼女の夜空のような黒い瞳に見据えられると反論も出来なかった。

 木の上から蔑んだ視線が突き刺さり、父の仇を狙う刃が鈍り、遂には己の醜さを暴かれた。

 鞘に収めた剣の柄に手を置く。

 これを振るう機会は失われてないが、最早かつての焦燥感がない。

 あの焦燥は自分が正しいと思い込むのに必要だったのだ。

 事実から目を背けるための自分勝手な焦燥感。

 父の仇はお人好しを発揮して魔王の消えた森を見つめている。

 ハンネスは一度強く剣の柄を握って、オイゲンに声をかけた。


「俺は魔王が人の血を集めていることを騎士団に伝えに行く」


 急がなくてはならない。

 騎士団が周囲の村や街に通達するのにも時間がかかるだろう。

 魔王は強い。腕にそこそこの自信があったハンネスも地面を転がる羽目になったのだから。

 動き出したハンネスの足はオイゲンの呼びかけに止まった。


「なんだ?」


 ぶっきらぼうに返す。

 早くオイゲンから離れてしまいたかった。

 逆恨みと頭では理解していても、そう簡単に割り切れるものではない。

 今でも殺したい気持ちはあるのだから。


「俺を殺さなくていいのか?」


 なのに何故そんな質問をするのだろうかと、ハンネスは拳を握る。

 それを突き出してもいい少女はこの場を去った。それが恨めしい。


「あんなことを言われた後で、殺せるはずが無いだろう」


 殺せば、復讐を誓った架空の男と同じ場所に落ちてしまう。


「……オイゲン、早く帰って息子と遊んでやれ。寂しがってるはずだ」


 その言葉はささやかな復讐だった。

 それでも、オイゲンは涙混じりに言った。

 ありがとう、と。


次回更新は10月11日の予定です。

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