三十一話 殺陣
ハンネスがオイゲンに共闘を持ちかけている。
それを聞きながら、私は笑顔を作るのに必死だった。
体中が炎に包まれたように熱いのだ。
神の目的に限りなく近いはずなのに、何が不満なのか。
いやな汗が顎を伝う。
焼け付くような痛みに意識を持っていかれそうになる。この精神状態でまともに戦えるのか。感覚が麻痺した四肢が心許ない。
オイゲンはさして驚異ではないものの、問題はハンネスだ。
オイゲンとの戦いで彼の剣は急所を鋭く狙っていた。落ち着いていれば対処できるけれど、今の状態でそれが可能かどうか……。
「魔王なんて嘘だろ?」
馬鹿オイゲン、まだ言ってるのか。
まぁいいや。殺さない程度に痛みつけてーー
「アホらしい」
思考をはき捨てる。
何が殺さない程度に、だ。神に飼い慣らされている。
ベリンダの時とは違って実力的にはこちらが上だ。
それに、仮説を考えついた。
今の私の思考を神は読めないのではないか?
白い空間を除いて私が致命的な行動をするまで妨害は入らず、何時だって私の発言や行動の後に痛みが襲ってきた。
事実、私が殺意を持っても焼け付く痛みは強くならない。
幸い、痛みを我慢するのには慣れている。
演技している振りをして、神を騙せば人を殺す機会もあるだろう。
オイゲンを殺せば神は私を許すまい。それで自由になれる。
二十個の水球を同時に生み出す。どれも人の頭くらいの大きさだ。
溺れ死ぬには十分な量。
「彼女は本気だ。オイゲン、戦わないなら見捨てる!」
ハンネスが最後とばかりに叱咤して、私に向かって走り出す。
速い。力強い動きは数日前の狼たちを思わせる。
彼らを同時に殺さないといけない。
ハンネスに集中していてはオイゲンを逃がしてしまう。
目前まで来たハンネスは腰だめに構えた剣で突きを放ってくる。
それを水球で受け速度を落としながら、水にうねりを加えて絡める。
剣を奪えればこちらのものだ。さっさと離せ。
だめ押しにハンネスの胸を蹴り飛ばそうとすると、彼は体を捻り、その勢いを利用して剣を横に振り抜いた。
すぐさま土魔法で防ぐ。彼は追い打ちをかけずに一歩引いて正眼に構え、私のお腹を狙ってくる。
「終わりだ!」
片足をあげた不安定な私には避けられないと見てハンネスが叫ぶ。
「せっかち、ね!」
勝手に終わらすな。
上げていた片足を曲げて引き戻しつつ、もう片足を跳ね上げる。
お尻が地面に落ちる軽い音と衝撃、頭上を過ぎ去る剣を巻く風を感じた。
追撃に振りおろされる剣を無視してハンネスに水球を打ちつける。
「ぐっ……!」
足に力を込めて堪える彼のふくらはぎに蹴りを入れて倒し、入れ替わりに立ち上がる。
「くそっ」
「はい、まずは一匹」
ハンネスを土魔法で地面に押さえつけオイゲンに視線を移す。
震えながらナイフを両手で持つ髭の男はお世辞にも強いと言えないから、実質的に私の勝ちだ。
こいつらを殺せば私は解放される。
……けれど、それは二人の犠牲の下に成り立つものだ。私の為だけに殺していいのか?
無様に転がるハンネスじゃあるまいし、自分の為だけに殺すのを私は許せるか?
許せるならハンネスにお説教なんてしていない。
「ねぇ、オイゲン。一つ質問を良いかな?」
断られてもするけどね。
「まだ、私を殺さないで事態を納めるつもりだったりするの?」
「も、勿論だ」
ちっ。
この甘ちゃんが、青汁で練ってあげようか? 苦味ばしった良い男になるかもよ。
この頭が軽い髭面を殺せる理由が無くなってしまった。
「やっぱり、あんたは嫌い」
ハンネスの手を踏みつけ、彼がしつこく握ったままだった剣を取り上げる。
「俺の剣を返せ」
威勢だけご立派なハンネスの顔を足場にしてオイゲンを見る。
自分の体を利用してオイゲンの死角を作り、皮袋から粉炭を取り出した。小さな水球に混ぜてハンネスの目隠しに利用する。
「どっちから始めてもいいんだけど、ハンネスも仇が血祭りにされるところが見たいでしょうから先にあんたを殺すよ」
本当は無期限延期だけど。
こいつらを殺して自由になっても自分に誇りを持てないなら死んだ方がましだ。
私には少し重たい剣を風の魔法で支える。
オイゲンは私がした事に気づいていない。早めに終わらせてしまおう。
持ち慣れない剣を腰の横に下げ持ち、オイゲンに迫る。
「ばいばい、オイゲン」
数日前に口にした決別の言葉を紡ぎながら逆袈裟に剣を振る。
オイゲンがたたらを踏んで後ろに下がった。
「逃げるな!」
手元が狂って殺しちゃうかもしれないでしょ。
言い返す余裕もない様子で後ろに下がり続ける彼の後ろに岩壁を生み出す。
背中に触れた感触に驚いたオイゲンが振り返り、青ざめた。
「じゃあね」
私が大げさに振りかぶるのを見て、オイゲンが祈るようにナイフを捧げ持つ。
ここまで追い込んでも彼の目に闘志はない。しまいには瞑る始末だ。
情けない男……。
ナイフを持つその手を魔法の風で押し、無理やり突き出させる。
事故を装って私の肩をえぐったナイフの感触にオイゲンが目を開く。
「くっ!」
肩を押さえて跳び退く。
最初からオイゲン達が逃げるか、私が怪我をする以外にこの戦闘を終わらせる方法がなかった。
この傷も計画時から覚悟の上だったけど加減し損なったらしい。
「痛いなぁ、もう!!」
ある意味では自業自得だけど。
オイゲンが血の気の引いた顔でナイフに付いた血を見ている。
私の背後でハンネスが体を起こした気配もした。オイゲンとのやり取りに夢中になったせいで土魔法が解けたらしい。
これが潮時だろう。
「ハンネスも武器を持ってるみたいだし、引くことにするよ」
左肩が動かせないとかわしにくいから、言い訳には妥当だろう。
「逃がすか!」
血気盛んなハンネス君が大きめのナイフで切りかかってくるのを突風で吹き飛ばして、私は森に駆ける。
「ま、待て! 待ってくれ!!」
オイゲンの声を無視して私は木々を縫って姿を眩ました。
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途中から風の魔力で飛んだのでかなりの距離を稼いだはずだ。
撒いたとみていいだろう。
「損な役ね」
背中から打たれたり、肩をえぐられたり、魔王の仕事に労災保険が無いから雇用条件を見直してほしいよ。
とりあえず、焼け付く痛みは収まっている所を見ると解決したのだろう。
肩に空の皮袋を当てて止血しながら空を仰ぐ。
「拍手はまだ?」
当然、答えはない。
私は鼻で笑って歩き出す。
「笑い死んだか」




