三十話 主役強奪
オイゲンがナイフを抜いた。
疑われない程度に抵抗するつもりだろう。
対するハンネスが持つのは腕くらいの長さの実用的な西洋剣。
すぐに決着が付いてしまいそう。
足をぶらつかせながら観戦する私を二人は気にしているけど、互いに相手の動きを警戒しているために私が居ることに異を唱えられない。
ジリジリとハンネスが距離を縮め、一拍の気合いと共に剣を横に薙ぐ。
オイゲンが辛うじて跳び退いて避けるもハンネスの追撃が首を狙う。
その即死の一撃は私の土魔法が防いだ。
「くっ」
全力で振った剣が岩の壁に当たりハンネスが苦悶の声を上げる。
衝撃で腕が痺れたのか、牽制に振った剣も遅い。
「言ったでしょ。即死はダメだって。首なんて跳ねたら血が勿体無いじゃない」
「邪魔をするな!」
人差し指を立てて指摘する私を忌々しそうに一睨みしたハンネスが声を張り上げる。
オイゲンも私を睨んでいたがやがてその視線に疑念が混ざり始めた。
「先に邪魔したのはハンネスなんだけど、まぁいいや。続けなさいよ」
オイゲンが死にそうになれば必ず妨害するけどね。
ハンネスは私が操る魔力に注意しながら戦い始めた。
それでいい。決着しないまま双方が疲れ果てた時、私の独壇場になるのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「邪魔をするなと言っているだろう。叩き切られたいのか!?」
度重なる妨害に嫌気が差したらしいハンネスが怒鳴る。
私は肩をすくめて呆れた風に見せた。
「あらら。父の仇を討ちに来たのに関係ない女の子まで血祭りにするのならただの殺人者ね」
樹上から落ち着き払って言い返すと木を切り倒しかねない勢いでハンネスが罵声を浴びせてくる。
「うるさいよ。血を流さない殺し方なら文句はないの。例えば首を絞めるとか」
「……血なんて何に使うんだ?」
私に問い掛けたのはオイゲンだ。
その顔は何かの予想を否定したいと願っている。
「決まってるでしょ。結界を描くのよ」
さらりとした私の返答に困惑したのはハンネスだけだった。
「人が入れない結界なんて描けないだろう。そもそも意味がない」
「描けるよ。私は人じゃないから」
人でなしだから、と冗談は言わない。
代わりに続けるのは自己紹介を兼ねたなぞなぞ。
「黒髪黒目で騎士団に追われるモノってなぁんだ?」
困惑して私の顔を見つめた二人の顔が徐々に青ざめていくのは見物だった。
「さっきオイゲンの話を聞いて思ったのよ」
彼らと私を囲むように岩の壁が乱立する。無論、私の仕業だ。
「オイゲンはハンネスから逃げ回ってこの池に着いた、ハンネスは復讐の旅で人生を浪費した。二人共まともに友人も作ってない。死んでも、血を抜かれても、誰も気にしない」
彼らが顔を見合わせる。
混乱しているハンネスの剣先がオイゲンと私の間を行き来する。
哀れなその姿に大いに嗜虐心をそそられた。
「ハンネス、復讐するのって楽しい?」
呼びかけられたハンネスの肩が跳ねる。
「私は楽しくなかったよ。可能なら復讐するより無視を貫きたかったね。そんな私からすればあなたの復讐はみっともないのよ。あなたの場合、復讐にこだわる理由って完全に自分のためでしょ」
ハンネスは父親の安否を確認せずに町から逃げた自分を悪者にしたくないだけだ。
オイゲンにすべての責任を押しつけて、仇討ちの形を取って自分を正当化する。
そんなみっともない仇討ちでオイゲンが命を落としたら、あの世で父親がオイゲンに土下座するね。
「ハンネスの復讐ってオイゲンの息子の恨みを買ってまですることかな?」
息子という単語に男達が反応する。
互いに不味いと言いたげな顔だ。
当然だろう。
既にハンネスの復讐に大義はない。自分勝手な理由で人を殺せば殺人者だ。
オイゲンが人に危害を加える残虐性を持っているのなら兎も角、この男は真逆の性格をしている。
彼に息子がいると分かれば殺した瞬間、復讐に怯える悪役の完成。
ハンネスが復讐できる理由は潰した。それでもがむしゃらにオイゲンの命を奪えるくらいに屑だったとしても、がむしゃらになる理由がない。
目の前に怒りをぶつけて良い相手、父親の命を奪った魔物を統べる者、本質的な仇がいるのだから。
切りかかるなら魔王でしょう?
ハンネスが歯を食いしばって一度だけオイゲンを睨み、私へと向き直った。
まずは一匹。とはいえ、まだ髭面の一匹が残ってるのよね。
「ハンネス君こわぁい!」
ぶりっ子ポーズでもじもじしてみる。
池の水面に映る私の姿に辟易したのですぐに止めた。
「私、オイゲンも嫌いなのよ。息子に嫌われるように生きて、復讐が連鎖しないように計画立てて死ぬ。息子が一方的に不利益を被ってる。そんな自分勝手さが嫌い」
「連鎖しないようにって……オイゲン、本当か?」
ハンネスが私に踊らされている。
彼としては聞かないわけにいかないだろう。
彼の事まで心配するほど、仇が予想以上のお人好しだったのだから。
自分勝手な復讐者さんはさぞかし惨めな気分だろうね。
オイゲンがハンネスから目を逸らす。やり場のない怒りをぶつける先はやはり、私だ。
計画を最後の最後で粉微塵にされ、人生を狂わした魔物を操る、云わば人生の仇。
「姫さん、いや魔王。なんでこんな説教してんだ?」
結界の材料を採取する目的からして、私は復讐劇が終わってから生き残った者を殺して血を取ればいい。
なら何故、この段階で言うのかと疑問に思ったのだろう。
「貴重な材料だから一滴も無駄にしない為よ」
私は枝から飛び降り、ふわりと地面に着地する。
なるべく威圧的かつ不気味に見せるべく魔力を纏いながら、手を後ろに組んで私は言う。
「絞め殺してあげる」




