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嘘つき魔王  作者: 氷純
オイゲンと白い池
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二十話 魔法の鏡

 オイゲンがようやく鏡に魔力を注ぎ始めた。


「よし、終わりだ」


 彼が腰に手を当てて眺める鏡は淡く光を放っている。光の魔力が影響しているのだろう。


「早く始めてよ」


 魔王が待ちくたびれてますよ。

 オイゲンがわざと時間をかけていたのには気付いてるけど、そんなに見せたくない物なのか。


「慌てんなって、今から発動させるさ。俺の番が終わるまで近づくなよ」


 何故か、叱るようにオイゲンが言う。

 理不尽だ。


「いいから早くしてよ」

「はいはい。お待ち下さい、お姫様」


 いい加減な返事をして、オイゲンが鏡を手に取る。

 それから数秒の間、ナルシストみたいに鏡を覗き込んでいた。そのまま飛び込んで溺れてしまえ。

 私の心の声が聞こえたわけでもないだろうけど、オイゲンは顔を上げると鏡を台に戻した。

 すると、次第に鏡の輝きが強まり始める。

 広い地下室の隅々まで照らす白い光が目に刺さり、思わず私はまぶたを閉じた。

 しばらくして明るさに慣れたのを見計らって目を開ける。

 鏡が懐中電灯のように私へ光を浴びせていた。目を閉じている間に光に指向性が加わったらしく、鏡の後ろにはもう光が届いていない。

 オイゲンが鏡の後ろに立って手招きしている。


「姫さん。こっちに来てくれ」


 頷いて鏡の後ろに回り込む。

 鏡の光が照らす壁にはどこか暗い森で焚き火をしている青年の姿が映されていた。


「この鏡って、もしかして映写機?」


 私の呟きにオイゲンが怪訝な顔をする。この世界には無いだろうから当然か。

 鏡自体は何の変哲もない普通の物に見える。魔法でこの状況を作り出しているのだろう。

 壁が丁寧に研磨されていたのはスクリーンの代わりだから、地下室なのは暗室にする必要があるため。


「理にかなってる」


 納得する私にオイゲンは更に怪訝な顔をした。


「姫さんが何を考えてるか分からないが、満足してくれたようでなによりだ」


 オイゲンが困惑を声に滲ませつつ言う。

 その声に別の響きが混じっているのを私は聞き逃さなかった。

 明確に言葉にはできない違和感だったけど、何かを皮肉ったように感じたのだ。

 壁に映された青年を見ているオイゲン。その表情からは何も読み取れない。

 いや、読み取れないように無表情を貫いているのか。

 追及すべきか。

 隠したがっているのに?

 他人の隠し事なんて泥で出来ていて、迂闊に踏み込むと足を捕られるのだ。

 この髭面にそこまで深入りする義理も義務もない。

 けれど聞いておかないと神からの嫌がらせに悩まされるだろう。

 自分の為だけに他人の隠し事を暴く、傲慢かつ一方的で惚れ惚れするね。

 私の視線に気付いたオイゲンが首を傾げる。


「どうかしたか?」

「いいえ、何でもない」


 視線を部屋の隅へと逃がす。

 その時、風の魔力が妙な動きをしているのに気付いた。

 さり気なく魔力が向かう先を辿ると、部屋の入り口に少しずつ引き寄せられているのが分かった。

 見なかった振りを装ってオイゲンに向き直りつつ、素早く部屋に目を凝らす。

 明らかに風の魔力が減っていた。

 間違いなく魔力を集めている誰かがいる。それも、広範囲の魔力掌握が出来る相手だ。

 灯りにする光や火ではなく風の魔力である事から考えて、攻撃を仕掛けるつもりだろう。


「……オイゲン」


 私は入り口にいる何者かに聞こえないよう小声で話しかける。

 しかし、私はこの男を買いかぶっていた。彼は何も考えずに「どうした?」とはっきり返事をする。

 きっと、入り口の何者かにも聞こえているだろう。

 空を仰いで嘆息するか海に向かって叫びたい衝動に駆られたけれど、生憎とどちらもこの場にはない。

 そして、そんな暇もなかった。

 私はオイゲンの声を聞くと同時に土魔法で岩の壁を生み出し、入り口を塞ぐ。

 間髪を入れずに激しい衝突音が地下室に轟いた。


「な、なんだ!?」

「伏せて」


 キョロキョロと部屋を見渡す間抜けなオイゲンの膝の裏に回し蹴りを入れて彼の体勢を崩す。

 衝突音からしてかなりの質量と速度だ。即席の岩壁なんて何時まで保つか分からない。

 予想は当たり、私が屈んだ直後に人の頭ほどもある石が魔法で作った壁を突き破る。

 飛来した石にかすった鏡が落ちて砕ける音とオイゲンがあげる短い悲鳴。

 私は衝撃を受け流せるように湾曲した分厚い岩の壁を自分の正面に生み出す。

 反撃しようにも襲撃者が複数いた場合、周囲の魔力を飛ばす火魔法は弾切れが怖くて使えない。

 風の魔力を取られている時点で不利なのに、攻撃手段が限定されている。

 強力な魔法は地下室が埋まる可能性もあって使えないので防御に回るしかなかった。


「出てきなさい!」


 入り口に向かって叫ぶ。

 襲撃者の数さえ分かれば対策を練りやすくなる。相手もそれが分かっているのか姿を見せない。

 石を飛ばす攻撃も止んでいた。

 こちらが痺れを切らして攻勢に転じるのを待つつもりだろう。


「オイゲン、長くなりそうだから寝てていいよ」

「……囮にするんだろ?」


 こんな時だけ回転の早い頭だね。

 襲撃者に増援が来ないとも限らない。騎士団だったら尚更だ。

 急いで逃げる必要がある。

 様々な案が頭に浮かんでは消えていく。数々の取捨選択を繰り返す。

 やがて、とある案を採用した私は鏡の破片を集めるようオイゲンに指示した。


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