二十一話 襲撃者
オイゲンが集めた鏡の破片はまだ輝きを失っていなかった。
半分ほどを皮袋に詰めた私は残りの破片を粉になるまで砕くようオイゲンに命令する。
「目眩ましに使うんだろ?」
オイゲンが首をひねる。
わざわざ砕く意味が分からないと言いたげだ。
「つべこべ言わずにやりなさい」
「だがな」
「さっさとやれって言ってるの。使わない頭なら割って皿の代わりにするよ?」
目眩ましに使うなんて誰が言った。バカじゃないの。
目眩ましは一瞬で強烈な光を当ててこそ成立するもので、少しずつ光を強めるこの鏡では役不足だ。
仮に使うとしても相手に聞こえるように言ってどうするのか。
まぁ、オイゲンがそう言うのも計算済みだけど。
ぶつぶつと不平を並べながらオイゲンが鏡を砕く。
私は破片の一つを取って岩壁から入り口を写す。
緑色をした風の魔力が大量に漂っている通路に襲撃者の姿は見えない。魔力の粒子として見えるから風に変換していないのだろう。
私は腰の皮袋を手に取る。
鏡の光で確かめた中身は大量の黒い粉、結界の魔法陣を書き写すのに使った粉炭だ。
「まだ練習中だったのに」
やるしかないか。
「こんなもんだろ」
オイゲンが鏡を砕き終わった。
光を放つ粉となった破片たち、その全てを皮袋に入れる。
光源だった鏡が無くなったために地下室全体が暗闇に閉ざされる。
だいたいの準備は整った。
私は皮袋から炭を取り出して魔法で作った水の小人に混ぜる。
鏡の破片を取り出して照らすと一体の真っ黒な一寸法師が立っていた。
「名付けて殺し屋黒子、一寸法師バージョン」
一寸法師の昔話ってエグいところが好きなのよ。針でちまちま刺して苦しめるなんて発想からしてゾクゾクする。
だから真似しよう、蜘蛛型魔物の毒針で。
「ふふふ」
オイゲンの視線なんて気にしない。
毒針を持たせた黒子を二十体つくって入り口付近へと進める。
魔力レールは見えていても黒子自体は水になっているので見えていないはずだ。
それにしても黒い僕たちを操ってると悪の親玉みたいね。
魔王ではあるけど。
「おい」
オイゲンが私の肩を叩く。
「なんで鏡を粉にしたんだ?」
そんな事は決まってる。
「こうする為よ」
私は鏡の粉が入った皮袋を水筒に括り付ける。
この皮袋には小さな穴が幾つか開いている。激しく振れば中身をバラまくようになっている。
それを岩壁の陰から入り口に向けて固定。
「意味が分からん」
「あなたの頭ではね」
水筒に魔法で水を充填する。
限界を超えてもまだ入れる。魔法だからこそ出来る無茶だ。
普通は空気を送り込むんだけどね。
「偽ペットボトルロケット、発射します」
人に向けて打ち上げはいけません。
悪人は人ではないから知った事じゃない。
打ち上がった偽ペットボトルロケットは驚異的な速度で入り口に突入した。襲撃者は迎撃しようと魔法で風を生み出してはねのける。
穴の開いた皮袋から光の粉がばらまかれて襲撃者の姿を照らした。
その姿に一瞬、目を疑ったがすぐに岩壁から出て走り出す。
一拍遅れて石が飛んで来るけれど、私の目論見どおり慌てているのか見当違いの方向へ飛んでいく。
迎撃に風を使っていたから反応も攻撃も遅れたのだ。
私の動かす殺し屋黒子たちが闇を駆け抜けて入り口へ殺到する。
黒子を動かすための魔力レールを悟らせないよう、破片のままの鏡を魔法で作った水に乗せて通路に打ち込み、空中で制止させる。
それらが即席の照明となり通路にいた襲撃者を浮かび上がらせた。
……やっぱり魔物か。
現れたのは翼の生えた猫の骨、毛や皮はおろか筋肉さえも見あたらない。光の反射から見て透明な膜に全体が覆われているようだ。
生々しい眼球がドロリと動いて私を見つめる。
沸き上がる生理的な嫌悪感を押さえつけ、土魔法で岩のナイフを生み出して斬りつける。
骨猫の背後に岩の壁を出現させ退路を絶つ。
心臓は見あたらないけど首をはねれば死ぬだろう。
岩のナイフが届く寸前、骨猫が突風を纏って私に体当たりしてきた。
とっさに体ごと右に倒れ込んでかわす。
あの骨猫、自棄になってる。衝突したらお互いに頭潰れてお陀仏だ。
「逃げて!」
骨猫が飛び込んだ先にいるオイゲンに叫ぶ。
黒子たちが骨猫に飛びかかるものの、風に弾かれて毒針が届かない。
耳障りな悲鳴をあげるオイゲンが骨猫から必死に逃げ回りつつ私へ向かってくる。
彼を追いかける骨猫は私の掌握範囲に近づいた所で追うのを止め、風魔法で石を飛ばしてくる。
岩の壁で辛うじて防ぐものの即席だから長くは保たない。
骨猫が私の手を先読みして土の魔力を集めているのも手痛い。
「やっぱり知性体か!」
獲物が地下室という逃げ場のない場所に入ったのを狙い、奇襲をかけて仕留めるやり口、オイゲンの声で躊躇わずに攻撃を仕掛けた事など、狡猾で状況の変化に強い奴だ。
爪の垢を煎じてオイゲンに飲ませてあげたいね。
「ひ、姫さん、俺はどうしたら?」
頭を手で庇ってビクついてる男に出来ることはないよ。邪魔にならないように死んだ振りしてろ。
いっそ死んだら?
手間が省けて骨猫は喜ぶし、損得に賢い奴だから満足して私を追う事もしないだろう。
……すごく良い案な気がしてきた。
「姫さん?」
「……逃げるよ」
見捨てたら性悪の神が何しでかすか分からないもの。
私は次々に岩の壁を出しては骨猫の足止めにしつつ地上を目指した。




