二十二話 殺す条件
地下から神殿にたどり着いた私はまず結界が壊れていないかを確認した。
「姫さんが台に座ったりするから罰が当たったんだ!」
オイゲンが涙を浮かべて喚く。
罰ならとっくの昔に当たった後よ。むしろ今でも謂われのない罰を受けている。
好きこのんで聞かせる話でもないので黙っておいた。
「結界は作動してる。あの魔物は始めから対象に含まれてなかったのよ」
知性体が同種の魔物とは別枠の可能性もあるけど、今は無視する。
重要なのは大半の魔物が神殿に入れないという一点のみ。
きちんと説明したというのにオイゲンは神殿の出口へと走っていき、振り向きざま叫んだ。
「何してる。早く逃げるんだ!」
呆れた。パニックになっているらしい。
私は肩を竦めて冷静に返す。
「神殿の方が安全よ。結界が動いている以上、対象の魔物は入ってこれないからね」
問題は骨猫だ。あいつさえ倒せば安全になる。
もっとも、骨猫が攻めてくるかは分からない。
あれは知性体で迂闊な事をしない狡猾で用意周到な性格だ。失敗したのだから深追いはせずに次の獲物を待つか、何らかの対策を練ってから現れるだろう。
確かに気は抜けないけど不確定要素が少ない分、神殿は安全で備えもできる。
理路整然と説明する私にオイゲンも熱が冷めたのか落ち着きを取り戻した。
「姫さんの言うことも分かる。だが外なら魔物に出会わないかもしれないんだ。やはり逃げるべきだ」
「そんな賭には出られない。夜が明けるまでかなり時間があるから暗い外に出ると奇襲を受ける可能性があるし私の体調も悪い」
さっきまで緊張を高めて魔力制御に気を使って、挙げ句の果てに全力疾走した。
胸の中がぐらぐらして吐きそうなのよ。
一応は殿方の前だから明言はしない。私は奥ゆかしいのだ。
兎に角、下手に動きたくはない。
これ以上緊張の糸を張ったら切れてしまう。
森があるから魔物がいるのよ。焼き払ってしまえば、とか考え出すのは避けたい。実行しかねないくらいに私も自棄になっている。
オイゲンが私に近づいてくる。その顔は険しい。
「さっきの魔物が来たらどうするんだ?」
私の瞳を見据えてオイゲンが問いかける。
「殺すに決まってーー」
言いかけた私の耳元で乾いた音がした。一歩遅れてジワリと広がる痛み。
何が起きたのか分からず視界が揺れ、理由を探す。
地下への入り口は閉まったままだ。骨猫の仕業ではない。
なら、誰がやった?
痛む左頬を押さえる。
「オイゲン……?」
この男が殴ったの?
あまりにも不可思議で理由が想像すら出来ない。
オイゲンが大きく深呼吸する。私はそれを首を傾げて見ていた。
「魔物だって生きてる。俺たちが出ていけば殺さずに済むんだから逃げるべきだ」
オイゲンが一語一句を区切るようにしてはっきりと言う。
こいつは何をほざいてるの?
彼の手が伸びて私が頬に当てていた左手を取ろうとする。
「……汚い手で触るな!」
オイゲンの手を思い切り払いのけた。
博愛主義でも気取ってるの?
命を守るなんて格好いいって言われたいの?
はいはい、惚れちゃうね。格好いいよ。男前だよっ。
虫酸が走る……!
「生きてるから殺すなって? それは全ての生き物がその考えを遵守している場合にだけ合致するのよ」
私の勢いにたじろぐオイゲンに詰め寄る。反射的にか、後退るオイゲンの胸ぐらを掴んで引き寄せ、渾身の力を込めて突き飛ばす。
「そいつが生きている事で死ぬより大きな損失があるなら、殺すべき」
言葉を尖らせて叩きつける。
死んだ方がいい奴なんてたくさんいる。今回は骨猫だっただけだ。
それに私は積極的に殺すつもりはない。向こうが襲ってきたらと言う前提がある。
私の放つ圧力に飲まれていたオイゲンはゴクリと唾を飲み、やがて口を開いた。
「理由をつけてるだけの殺し屋じゃないか」
「違う。殺し屋を殺す人よ」
「……なら、あの魔物より君に価値がある根拠は何だ」
「あなたを助けた。それとも、オイゲンは生きているだけで私の価値すら無にするゴミなの?」
再び一歩詰め寄る。オイゲンは下がらなかった。
そして、彼は私に問い返す。情けなく震えた声で。
「そうだと言ったら?」
決まってる。あなたの想像通りだよ。
「殺す」
オイゲンを囲むように火の魔力を集める。
彼は歯を何度も噛み合わせてガタガタ震えている。
「バイバイ、オイゲーー」
突如、私を激痛が襲った。
覚えがある。これは、
「……あの差別神!」
力が抜けて倒れ込む。集めた魔力が私の制御を離れて霧散した。
慌てた様子で駆け寄ってきたオイゲンを睨みつける。
体に力が入らない。入れ方も分からないほどの痛みを堪える。
私が何をした。人を気分一つで弄んで良いご身分だな。
あの骨猫はお咎め無しか? オイゲンにも無しか?
また私だけ特別扱いとは感激だよ。
悲鳴なんかあげるものか。懇願なんかするものか。気絶なんかするものか。
絶対に……。




