番外編2【眠気との戦い】
※イリア加入前のエピソードです
その日は、猛烈に眠かった。
「ラルク、早く起きて! 朝ごはんを食べた後、一緒にアクセサリーを見に行ってくれるって約束したでしょ!」
ミーシャが毛布を被っている俺の体を激しく揺さぶる。
だが、俺は眠くて仕方がなかった。
だから、嘘をついた。
「予定は明日にずらしてくれないか? 体のあちこちが痛くて起き上がれないし、だるいんだ」
「えっ、大丈夫!? お医者さんを連れてこようか?」
「あ、いや、そこまではいいかな……。寝ていれば治るよ。ミーシャたちは遠慮しないで、朝ごはんを食べに行くといいよ」
俺はわざとらしく咳をした。
「そう? 私たちは出かけるけど、具合が悪くなったら宿の人に言うのよ」
心配そうなミーシャの声が聞こえた後、扉が閉まる音がした。
ミーシャには悪いが、ゆっくり寝かせてもらおう。
その代わり、明日は好きなアクセサリーを買ってやればいい。
そう考えながら、俺は再び目を閉じた。
もう少しで眠りに落ちそうになった時、廊下を誰かが走る音が聞こえた。
「何だよ……。もうちょっとで眠れそうだったのに……」
足音に腹が立ったものの、俺は気にせず眠ろうとした。
しかし、しばらくすると、焦げ臭いにおいと肌を刺すような熱さを感じた。
薄っすらと目を開けると、部屋の壁が燃えていた。
「……な、何でこんなことに!?」
俺は慌てて冷気の魔力を放ち、宿全体を包み込んだ。
たちまち炎は鎮まり、火は消し止められた。
焼け焦げた階段を慎重に下りると、宿の主人が震えながら立っていた。
どうやら、俺が魔法を使ったせいで、主人まで巻き込んでしまったらしい。
「お、お客さん、よくご無事で……」
「何があったんだ?」
「妻がスープを作ろうとして鍋を空焚きしてしまってね。気づいた時には、宿全体に火が燃え広がっていたんですよ。私は必死に消火活動をしていたんですがどうやら、もう火は消えたみたいですね。よかったぁ……」
宿の主人は安堵したのか、その場に倒れ込んでしまった。
悪いことをしたかな?
いや、火も消し止めたんだから、これで勘弁してもらおう。
俺は宿の主人を近くの病院に預けた。
それから宿に戻ってみると、今度は天井が崩れ落ちていた。
「……ここじゃ、もう寝られないな」
仕方なく新しい宿を取ろうとしたのだが、どこも満室だった。
「金貨百枚でも駄目なのか!」
「申し訳ありません。予約のお客様が優先なんです。お金を積まれて予約を無理に変更してしまったら、宿としての信頼を失ってしまいますから」
結局、どこの宿にも断られてしまった。
まだ眠い。
どこか昼寝ができる場所はないだろうか?
俺は考え抜いた末、酒場へ向かった。
「いらっしゃいませ。何をご注文で……」
「これで頼む」
俺は金貨三十枚をテーブルに置いた。
「いっ!?」
店の主人が目を見開く。
「酒はいらない……。空いた酒樽を一つくれ」
「いや、構いませんけど……。何に使うんです?」
「いいから寄越せ!」
「ひ、ひぃっ!」
店の主人は俺の気迫に押されたのか、それ以上何も聞いてこなかった。
俺は酒樽を人通りの少ない場所まで運ぶと、中に入り、蓋を閉めた。
これで邪魔が入らずに眠れる。
中は酒臭かったが、そのうち気にならなくなるだろう。
俺は狭い樽の中で体を丸め、再び目を閉じた。
しばらくして、うとうとし始めた頃だった。
何だか、樽が揺れている気がする。
……気のせいだろう。
今度こそ眠ってやろうとしたが、樽はますます激しく揺れ始めた。
「……ったく、今度は何だよ」
俺は樽の隙間から外を覗いた。
すると、どういうわけか、樽が宙に浮いているではないか。
誰かが持ち上げているのだろうか?
そう思っていると、外から野太い声が響いた。
「おい、人間ども! 酒だ! 酒を持ってこい! 持ってこないと、手当たり次第に皆殺しにするぞ!」
周囲には、オークたちが群れをなしていた。
どうやら、酒が入っていると思ったオークが、俺の入った樽を運んでいたらしい。
人の眠りを邪魔しやがって!!
俺は怒りに任せて拳を振るい、酒樽を内側からぶち破って飛び出した。
「な、なんだ!」
驚いたオークたちが、一斉に俺へと視線を向けた。
ぶちのめしてやろうと思ったが、強烈な睡魔に襲われ、立っているのもやっとだった。
「爺みたいによろけやがって。樽が割れたように見えたのは、経年劣化のせいだったようだな」
木製の冠を被った、親玉らしきオークが笑いながら俺に近づいてくる。
「いいか、お前ら! 俺たちに逆らうと、こうなるんだ!」
オークは俺に向かって、丸太のように太いこん棒を振り下ろした。
その瞬間、俺の足がもつれ、体が数歩左へとよろめいた。
そのおかげか、こん棒は俺に当たらなかった。
「な、かわしやがった! だが、偶然は二度も起きん!」
オークは再びこん棒を振り上げた。
しかし、今度も俺の足がもつれ、攻撃を紙一重でかわしてしまう。
その後もオークは何度もこん棒を振り下ろしたが、俺はそのたびに、ふらつきながらも攻撃を避け続けた。
「はあ、はあ……。何故、当たらん!!」
「うるせぇ! いい加減、寝かせろ!!」
動き続けたおかげで、少しだけ眠気が覚めた。
俺はオークの懐に踏み込むと、その顎に拳を叩き込んだ。
どうやら、加減を間違えてしまったらしい。
オークは悲鳴を上げる間もなく、遥か彼方へと吹き飛んでいった。
「次は誰だ!!」
俺が叫ぶと、オークたちは化け物でも見たかのように悲鳴を上げ、一目散に逃げていった。
きっと、今の俺は鬼のような顔をしていたのだろう。
これで、ようやく寝られる。
そう思って、その場に横になろうとした時だった。
「この町を救ってくださり、ありがとうございます!」
町の人々が俺の周りに駆け寄ってきた。
「当然のことをしただけだ」
本当は、寝る邪魔をされたから殴っただけなのだが……。わざわざ言う必要もないだろう。
「つきましては、町の者総出で、ささやかながら宴を開かせていただきます!」
「宴なんかいい……」
断ろうとしたのだが、町の人々は聞く耳を持たなかった。
気づけば俺は、町長の屋敷まで引きずられるように連れていかれ、宴の席に座らされていた。
広間の中央では踊り子たちが舞い、吟遊詩人が陽気な歌を歌い始める。
……とてもじゃないが、眠れる雰囲気ではない。
「ラルク! 町を救ってたんだな! おかげで肉が食べ放題だぞ!」
アウラたちも連れてこられたらしく、俺の近くの席に座っていた。
アウラは目の前に並べられた料理に夢中になっている。
「ふふっ、ラルク。体調が悪いって言ってたけど、悪い魔物を倒すために作戦を練っていたのね」
ミーシャが尊敬の眼差しを俺に向けてくる。
違う。俺はただ眠かっただけだ。
そう言いたかったが、この状況で真実を告げるわけにもいかない。
「まあな」
俺はそう答えるしかなかった。
何時になったら寝れるのか。俺の思いと裏腹に宴は夜遅くまで続くのだった。




