命が生まれた時
マスタードラゴンが帰った後、俺とアウラは、これまでに訪れた町を巡っていた。
ギルバートが生み出した球体の魔物が、まだ残っていないか確認するためだ。
あちこちを回ってみたが、残っていたのは数体だけだった。
球体の魔物によって傷つけられた人はいたものの、命を奪われた者は一人もいなかった。
しかし、奇妙なことがあった。
どの町の住人も、危険な目に遭ったとき、人の姿をした光に助けられたと口を揃えて話すのだ。
俺がギルバートに刺され、死にかけたときもそうだった。
意識が闇に飲み込まれそうになったあの瞬間、俺を救ってくれたのも光だった。
「……リリス」
俺たちを助けてくれたのはリリスなのではないか。
確証はなかったが、俺にはそう思えてならなかった。
「リリスはただの人格じゃなくてちゃんと一つの命として生きてたんだぞ! だから、みんなを守ろうとしてくれたんだぞ!」
アウラが嬉しそうに声を上げる。
「そうだな」
ただの人格にすぎないのなら、魔導人形から離れた後も、誰かを守ろうとするだろうか。
俺たちを助け、町の人々まで守ってくれた。
それは、彼女自身の意思があったからではないのか。
やはり、リリスは生きていた。
彼女には、確かな魂が宿っていたんだ。
俺はアウラの背に乗り、ネイサの様子を見に空飛ぶ島へ向かった。
ゴブリンの家を訪ねると、ゴブリンが血相を変えて部屋の中を探し回っていた。
「何やってるんだ?」
「に、兄さん! 兄さんに看病を頼まれていた、あの魔族の子がいなくなっちまったんですよ!」
「ネイサが!?」
「今朝まで寝たままだったんですけど、俺が配下のゴブリンたちと飯を食っている間に、どこかへ行っちまったんですよ!」
魔力を封じているから、そう簡単に暴れることはできないだろう。
とはいえ、探した方がいいのだろうか。
「放っておいていいと思うぞ。何かする気なら、やっつけてやればいいんだぞ」
最善の方法とは言えないが、それでもいいのかもしれない。
ネイサに仲間を殺された人魚たちには悪いが、わざわざ追いかけて始末する必要もないだろう。
「いいんですか? 探さなくて?」
「妙な魔力も感じないし、自分で島を出たみたいだからな。今まで世話をしてくれてありがとうな」
「気にしなくてもいいですよ。この島に住まわせてもらってますからね。それより、皆の様子を見に行ってあげてください」
「ああ、そうするよ!」
ゴブリンの家を出た俺は、辺りを見渡しながら町の中央へ向かった。
俺が島を離れていた三日の間に、簡易的なものではあるが、家の屋根は木の板で補修されていた。崩れた壁も、いったん壊してから作り直されている。
ゴブリンたちが頑張ってくれたのだろう。
俺は感心しながら、復旧した町を見て回った。
球体の魔物にかじり取られていた畑には、トマトやニンジン、カボチャが実っていた。
中でもトマトは真っ赤に熟し、食べ頃になっている。
「美味そうだぞ!」
「こら、勝手に食うなよ!!」
よだれを垂らしそうな勢いで畑に駆け寄るアウラを、俺はたしなめた。
アウラがトマトを取ろうとした、そのときだった。
畑のそばにある家の扉が勢いよく開いた。
「リリス! ……あ、エンペラードラゴン様だったんですね」
現れたラズベリルは、アウラを見るなり、がっかりしたような顔をした。
「ラズベリル、そこで何をしているんだ?」
「リリスを待ってるの。球体の魔物がいなくなったことにも、まだ気づいてないのかしら?」
俺は何も言えなかった。
真実を伝えるべきなのだろうか。
「リリスー! 戻ってきても大丈夫よ! あなたの好きなトマトを、たくさん作ったんだから!!」
ラズベリルが大声で叫ぶ。
当然、返事はない。
しかし、そのときだった。
島を巡る妙な魔力を感じた。
「ラズベリル! もう一度だ!」
「え……? わ、分かったわ。リリス、戻ってきて!!」
再びラズベリルが叫ぶと、妙な魔力の濃度がわずかに増した。
もしかしたら、リリスと関わりのある者が彼女を呼べば、本当に戻ってこられるのかもしれない。
「ラズベリル! 今すぐ、島の皆をここに集めてくれ!」
「……分かったわ!」
怪訝そうな顔をしながらも、ラズベリルは小さな羽を羽ばたかせ、島の皆を呼び集めに向かった。
十分も経たないうちに、皆が集まった。
「訳あって、リリスは一人じゃ戻ってこられないんだ。でも、皆がリリスを呼べば、戻ってこられるはずだ。力を貸してくれ」
皆は、すぐには事情を理解できない様子だった。
「えーと、リリスを呼べばいいのね。リリス、また一緒にお酒の飲み比べをしましょう。今度は私が勝つわ!!」
リズが叫ぶと、それに応えるように魔力が再び濃くなった。
「リリスちゃん! 俺たち、強くなったから、もう二度と怖い思いをさせないよ!」
「俺たちと兄貴、そしてラルクさんが君を守るよ!」
「リリスさん、早く戻ってこないとゴーレムたちも悲しみますよ。俺たちだって、リリスさんがいなくて寂しいんですから!」
ゴブリンと、その弟分のゴブリン二人が声を上げる。
すると、光が現れ、少しずつ人の形を作り始めた。
「リリス、聞こえる? あなたはここにいていいのよ。魔族だからって悩まなくてもいい。そのままのあなたが、皆大好きなんだから。また一緒にパスタを食べましょう!」
ミアが叫んだ直後、光から確かな存在感が伝わってきた。
だが、まだ何かが足りないようだった。
「……何が足りないっていうんだ」
俺が俯くと、アウラが俺の肩を軽く叩いた。
「きっとリリスは、ラルクに呼んでほしいんだぞ」
「俺に?」
俺は何と言えばいいのか考えた。
だが、気の利いた言葉は何も浮かばなかった。
「リリス、姿を見せてくれ。会いたくてたまらないんだ……」
口にした途端、リリスがいないという現実を改めて突きつけられ、涙が溢れ落ちた。
その瞬間、人の形をした光が消え、そこにはリリスが佇んでいた。
「リリス!!」
信じられない気持ちと、どうしようもない嬉しさが込み上げ、俺は思わず叫んだ。
「あなたは誰? 私はリリスっていうの?」
よく見ると、彼女には魔族の角がなかった。
だが、その魔力は間違いなくリリスのものだった。
どういうわけか、彼女は新たな命として生まれ変わったのだろう。
魔導人形に宿った、ただの人格にすぎなかった彼女が、いつしか魂を宿し、人間の姿へと生まれ変わったのだ。
「リリス、記憶喪失になっちゃったの? 仕方ないわね。また、たくさん楽しい思い出を作りましょう」
ラズベリルがトマトを差し出すと、リリスは大きく口を開けてかぶりついた。
「……美味しい」
「まだまだあるわよ」
「リリス、見せたいものが……」
皆に囲まれたリリスは困惑しながらも、どこか嬉しそうだった。
俺はアウラの背に乗り、島を離れようとした。
「待って!」
リリスが俺を引き留めた。
「あなたの顔、何だか見覚えがあるの。私たち、どういう関係だったの?」
「……ただの知り合いさ。島の皆と仲良くしろよ」
魔族だったことを伝えると混乱させてしまいそうだったので、それだけ言うと、俺はアウラの背に乗り、島を後にし
た。
以前のリリスは、もういない。
だが、今、彼女は確かにここにいる。
それだけで十分だった。
アウラは、珍しく何も言わず、静かに空を飛んでいた。




