遅すぎた気付き
「俺を殺すんじゃなかったのか? そんなにアウラが怖いのか?」
「黙れ!」
リンドバーグが叫ぶと、屋敷の天井に届きそうなほど巨大な大剣が出現し、俺に向かって振り下ろされた。
どうやら、奴にはもう余裕がないらしい。
「ラルク! 避けた瞬間に魔法を叩き込んでやれ!」
「ああ、分かった!」
アウラの声が、直接頭の中に響く。
俺は迫り来る刃にあえて肉薄し、寸前のところで身をかわした。
リンドバーグが次の手を打つ前に、腕に仕込んでいた風と雷の魔力を矢として放つ。
矢は嵐のような凄まじい破壊力を伴い、リンドバーグの腹部を貫いた。
腹に大きな穴が開き、奴の体が大きく揺らぐ。
俺一人では、こんな威力の魔法は放てない。
やはり、アウラを纏ったおかげだろうか?
「ぐあああ!!!」
リンドバーグは屋敷を震わせるほどの叫び声を上げ、後方へと倒れ込んだ。
俺は倒れたリンドバーグを見下ろし、その顔に光弾を突きつけた。
「諦めろ、リンドバーグ。お前は俺を殺せないし、サキもお前のものにはならない」
「わ、私はサキを手に入れようなど……」
「この世界に留まってほしかっただけだ、とでも言うつもりか? だったら、どうして魂を抜いた後もサキのことを気にかけていた?」
俺はリンドバーグを睨みつけた。
「お前はサキを手に入れたかったんだろ? でも、サキを傷つけた負い目があって、自分では探しに行けなかった。だから、それとなく俺にサキを探すよう頼んだんだよな。違うか?」
「ち、違う。私は純粋に……」
リンドバーグは俺の目を見ようともせず、必死に弁明しようとしていた。
図星だったのだろう。
その時、屋敷に燃え広がった炎が、俺たちを飲み込もうとしていた。
「私はサキを……サキをぉおお!!」
リンドバーグの体から、膨大な魔力があふれ出した。
魔力は周囲の物を次々と飲み込んでいく。
花瓶、ソファー、本棚。
吸い込まれた物は、ことごとく粉々になり、跡形もなく消え去った。
「ラルク! あれに吸い込まれたらまずいぞ!」
俺は慌てて屋敷の外へと飛び出した。
その直後、轟音とともに屋敷が倒壊した。
瓦礫が崩れ落ちる中、そこには顔を覆うリンドバーグの姿があった。
そして、その体からは、あらゆるものを飲み込む魔力が放たれ続けていた。
「私のサキを思う気持ちは本物だ! 汚れてなどいない!!」
リンドバーグから放たれる魔力を見つめながら、俺は思った。
あれは、サキを思う気持ちを否定されたことへの拒絶なのだろうか。
自分自身の醜い感情を認められず、消し去りたいと願う心。
その願望が、周囲のあらゆるものを拒絶し、破壊する魔力となって現れたのではないだろうか。
破壊の魔力は、リンドバーグの屋敷に咲くバラを次々と飲み込んでいく。
魔力は少しずつ広がっているようだった。
「リンドバーグ! 魔力を鎮めろ! このままだと死人が出るぞ!!」
「この町は私の治める町だ。だから、そこにある命も私のもの。どうなろうが知ったことではない!!」
叫ぶリンドバーグを見て、俺はこれが奴の本心なのだと理解した。
最初から、こいつは領主としての器ではなかったのだ。
「心まで化け物に堕ちたか、リンドバーグ!!」
「何とでも言え!」
体から破壊の魔力を放ちながら、リンドバーグは俺に向かって突進してくる。
「あの魔力は、リンドバーグの命が尽きるまで暴走を続けるぞ。ラルク、やるしかないぞ」
どうやら、アウラには見抜かれていたらしい。
俺が、なるべくならリンドバーグを殺さずに済ませようとしていたことを。
俺はリンドバーグから距離を取り、その頭上に暗雲を作り出す。
「これで終わりだ!!!」
雷が竜の頭の形を成し、リンドバーグの体を飲み込んだ。
轟音とともに大地が震える。
リンドバーグの体は真っ黒に焼け焦げたが、まだ息があるようだった。
「まだだ……まだ死ぬわけには……」
弱っていくリンドバーグとは裏腹に、破壊の魔力はさらに広がり、町の噴水や民家を次々と飲み込んでいく。
もう、時間はほとんど残されていなかった。
「アウラ! もう一度だ!」
「……待って」
俺の前に現れたのは、コトハだった。
「どうして止めるんだ?」
「あいつに会いたいって言うから連れてきたの。止めたんだけど、聞かなくて……」
コトハは俯きながら、手のひらほどの大きさの卵型の模型を閉じ、再び開いた。
すると、その中から見覚えのある少女が姿を現した。
リンドバーグが渇望していた、勇者サキ本人だった。
「サキ!」
「ごめんね。どうしても彼と話したかったの」
白銀の鎧を身に着けたまま、サキはリンドバーグへと近づいていく。
不思議なことに、破壊の魔力は彼女を避けるように広がっていた。
「サキ! どうして君がここに……」
リンドバーグは嬉しそうでありながら、戸惑っているようでもあった。
「リンドバーグさんだよね。姿は違っても、雰囲気で分かったよ。もう怒ってないよ。だから、もう止めよう」
サキは優しく語りかけた。
リンドバーグは何も答えず、黙り込んでいた。
そのとき、たまたま通りかかったのか、一人の少女が姿を現した。
それを見たリンドバーグは奇声を上げ、少女に襲いかかる。
「駄目だよ!!」
サキは剣を抜き、リンドバーグを止めようとした。
だが、リンドバーグは避けようとせず、わざと剣先に体重をかけた。
まるで、自ら貫かれることを望んでいるかのように。
その瞬間、リンドバーグの体は元の人間の姿へと戻り、破壊の魔力も消え去った。
「どうして、こんなことをしたの?」
「償いだよ。これしか思いつかなかった」
「馬鹿だよ……。こんなこと、しなくてもよかったのに……」
サキの目から涙が溢れた。
道を踏み外してしまったとはいえ、リンドバーグはサキにとって大切な仲間だったのだろう。
「ああ、私は馬鹿だった。それに、私が臆病だったばかりに、君に……いや、私に関わった者たちを不幸にしてしまった。本当にすまない……」
リンドバーグは静かに目を閉じた。
しばらくの間、その場にはサキの泣き声だけが響いていた。




