淀んだ思い
「おお、久しぶりだね。君も無事だったんだな」
屋敷の庭でバラの手入れをしていたリンドバーグは、俺に気づくと顔をほころばせた。
「まあな。……少し話をしないか」
神妙な顔をする俺を見て、何かを察したのだろう。リンドバーグはバラの手入れをやめ、屋敷の扉を開けた。
「外でするような話ではないんだろう? コーヒーでも飲みながら話そうじゃないか」
俺は黙ったまま、リンドバーグの後について屋敷に入った。
「それで、話とは何かな?」
ソファーに腰を下ろした俺に、リンドバーグが熱いコーヒーの入ったカップを手渡す。
「この町は、魔物に襲われなかったんだな」
「……サキの守護獣が守ってくれているんだ」
北東の丘で暴れ回っていた、あの馬のような魔物のことか。
俺は、以前の出来事を思い出していた。
「あの球体の化け物だけじゃなく、ほかの魔物からも守ってくれているのか?」
「ああ。サキがいなくなってから、ずっとこの町を守ってくれているよ」
「待てよ。初めて会った時、あんたはサキがいなくなってからずっと丘で暴れ回っているから、止めてくれって言ったよな。俺はそのために、あいつを止めに行ったんだぞ。自分の感情に振り回されていたあいつが、町を守っているなんておかしくないか?」
リンドバーグはコーヒーを一口すすった。
その手がわずかに震えている。
動揺しているのだろう。
「何を隠している?」
「何も隠していない。私が誤認していただけだ」
リンドバーグは伏し目がちに答えた。
「……あんた、昔は戦士だったらしいな」
「それが何か関係あるのかね?」
「ミーシャたちが襲われた時、ここは安全だと連絡してくれたな。その時、通信魔法を使っただろ? 通信魔法は複雑な魔術で魔法使いでも習得に時間がかかると聞いた事がある。戦士が通信魔法を使えるものなのか?」
リンドバーグの顔に焦りの色が浮かぶ。
魔物が町を襲わないこと。そして、リンドバーグが通信魔法を使えること。
この二つには、何かつながりがある気がした。
「ギルバートと取り引きをしたな?」
俺がかまをかけると、リンドバーグは目を見開いた。
「それを、どうして……」
「奴とどんな取り引きをしたんだ!!」
リンドバーグは手を叩いた。
次の瞬間、辺り一面に白い空間が広がった。
「……私は世界を救うために、サキと旅をしていた」
リンドバーグは静かに語り始めた。
「世界を救うことだけを考えて旅をしていたはずだった。だが、いつしか私はサキに惹かれるようになった。強さをひけらかさず、どんな相手にも優しく手を差し伸べる……。そんな彼女に、好意を抱くようになったんだ」
リンドバーグの体から黒い魔力があふれ出し、無数の矢を形作っていく。
「サキを手に入れたかったから、ギルバートと契約したのか?」
「そうだ。告白することなどできなかったからね。もし断られたら、世界が足元から崩れ落ちるような気がしたんだ。彼女は役目を終えれば、元の世界に戻ってしまう。だから、せめて魂と肉体を切り離し、この世界に留めようとしたんだ……」
サキを一人の人間として尊重せず、自分の望みを押し通そうとした結果、彼は道を踏み外してしまったのだ。
「そんなの間違ってる!」
「間違っているかどうかなど、どうでもいい。私は彼女をそばに置いておきたかった。だが、ギルバートが背後から魂砕きの剣でサキを刺した時、彼女の肉体と魂はどこかへ消えてしまった。だから、君に彼女を探してほしかったんだ」
俺やミーシャたちに優しくしていたのも、結局は自分の目的を果たすためだったのだろう。
最初から、こいつの目にはサキしか映っていなかったのだ。
リンドバーグは俺に向けて、矢を一本放った。
矢は俺の頬をかすめ、背後へと飛んでいく。
「何も言わずにサキを探すというのなら、生かして帰してやろう。だが、断ればどうなるか分かるね?」
見下すような目つきで、リンドバーグは俺の返答を待った。
「お前なんかの言いなりになるかよ!!」
俺は火の魔術を放ち、迫り来る矢を焼き払った。
炎は勢いを失わず、リンドバーグの服にまで燃え移った。
しかし、彼は火を消そうともせず、平然と立っていた。
やがて炎が全身を包み込む。
そして、炎が消えた後に立っていたのは、人間とは思えない異形の魔物だった。
トロールのような巨体に、ゾンビのように崩れた顔。背中にはドラゴンを思わせる翼が生えている。
その姿は、見る者に嫌悪感を抱かせるほど醜悪だった。
「お前、魔物だったのか?」
「人間だよ。禁術を使った結果、こんな異形の姿に変わってしまっただけだ」
リンドバーグは、醜悪な姿のまま俺を見下ろした。
「この姿を見せたのは、本気を出すため。そして、ドラゴンテイマーである君を始末するためだ」
最悪な状況だ。
アウラはいない。体力も、まだ回復しきっていない。
リンドバーグがどれほどの力を秘めているのかも分からない。
俺はリンドバーグの一挙手一投足に注意を払いながら、距離を取った。
「長々と戦う気はない。潰れろ」
リンドバーグが俺に手をかざした。
次の瞬間、俺の体は地面に叩きつけられていた。
立ち上がることすらできない。
全身に凄まじい圧力がかかり、骨がみしみしと音を立てる。
「う、うう……!」
このままでは、何もできずにやられてしまう。
どうにかしなければ。
焦りを募らせていた時、俺はリンドバーグ以外の存在がすぐそばにいることに気づいた。
「何をしに来た? ギルバートが亡き今、私に用はないだろう」
リンドバーグが、そいつに声をかけた。
しかし、そいつはリンドバーグを無視し、俺のもとへと歩み寄ってきた。
「ギルバート様を倒した貴方を、許すことはできない……」
ザイードの声だった。
ギルバートを殺したことを恨み、俺に復讐しに来たのか?
ここで、俺は死ぬのか?
どうにか切り抜けなければと焦っていた、その時だった。
ザイードが生み出した黒い球体が、リンドバーグの片腕を飲み込んだ。
「ぐあああ!! な、何を……!」
苦痛に叫ぶリンドバーグをよそに、ザイードは静かに口を開いた。
「ですが、結果的にアシュリー様を救ってくれた。その借りを返しに来ました。これで貸し借りはなしです。今後、二度と貴方には関わりません」
それだけ告げると、ザイードは姿を消した。
「……それで十分だ。ありがとな」
ギルバートを慕う気持ちは変わらないのだろう。
それでも、ザイードはザイードなりに前へ進もうとしているようだった。
俺はゆっくりと立ち上がり、リンドバーグを見据えた。
「さあ、仕切り直しだ。かかってこい、リンドバーグ! お前のふざけた考えを、叩きのめしてやる!」
雄叫びを上げるリンドバーグを前に、俺は再び戦う覚悟を決めた。




