笑みを張り付けた巨悪
「私は、この子たちを天界に連れて行くわ。その間は手を貸せないけど、大丈夫?」
気遣わしげに尋ねるエレノールに、俺は頷いた。
「魔力も大分回復したしな。それに、俺には支えてくれる仲間がいる」
離れた場所にいるセルジュたちへ一瞥を向け、俺はエレノールに笑ってみせる。
「それなら安心ね。でも、無理をしてイリアちゃんを悲しませるような真似はしないでね」
釘を刺され、俺は誤魔化すように笑った。
イリアを悲しませたくはない。だが、相手は魔王だ。無理をしなければ勝てる相手ではないと思っていた。
エレノールは俺の気持ちを察したのか、訝しげな顔をしていたが、やがて魂たちを連れて天界へと向かった。
「ラルク、どうにか化け物を倒せたようだな」
アレクが俺のもとへ駆け寄り、安堵したようにため息をつく。
「ああ。でも、これで終わりなのか……」
ギルバートの計り知れない悪意が、この程度のもので終わるとは思えなかった。
「一応、俺たちも警戒だけはしておくぜ」
「その方がいいかもな。俺はこれからギルバートを懲らしめに行く」
「俺も行ってやりたいが、何かあったときに王と王妃様のもとへ駆けつけられなくなるからな。すまない、ラルク……」
アレクは申し訳なさそうな顔で、俺に頭を下げた。
「気にするな。お前は騎士としての役目を果たせばいい」
「……ああ」
アレクは顔を上げると、兵士たちのもとへ戻っていった。
「アウラ、行こう」
「セルジュは連れて行かないのか?」
「共倒れになるのが一番怖い。俺が万が一やられたときのために、セルジュは切り札として残しておいた方がいいだろ」
考えたくはないが、俺が死んだとき、ギルバートを倒せる力を持つ者がいなくなってしまう。
ギルバートとまともに戦えるのは、勇者であるセルジュくらいだろう。
「その万が一は起こらないぞ。アウラが守るからな」
アウラは明るい口調で言い切った。そこには、俺を守り抜くという強い覚悟が感じられた。
「頼りにしてるぞ、相棒」
そう言って、俺はアウラの頭を撫でた。
そのとき、不意に通信魔法による放送が聞こえてきた。
『……皆様、聞こえるでしょうか。私は報道官のナイア。王都マキナ・ウェルより、全国の皆様に通信魔法でお伝えしております。
この度、ギルバート様の申し出により、魔族と人類の和平協定が行われます。元凶である魔王バロックの処刑が間もなく執り行われた後、ギルバート様と我が国の王リッシュ様が和平文書に署名される予定です。長年にわたる魔族との対立も解消され……』
「なに!? バロックを処刑だと!?」
自分の悪事をバロックに押しつけたまま処刑し、真実を闇に葬るつもりか!
「アウラ! 急いでくれ!」
「分かったぞ!!」
アウラは「うるる!」と鳴くと、雷にも匹敵する、あるいはそれ以上の速さで飛び立った。
肌に当たる風が痛いほどだったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
王都に近づくにつれ、パイプオルガンの重厚な音色や、それに合わせて歌う人々の合唱が聞こえてきた。
軍隊のパレードの足音や歓声が響き、色鮮やかな光の球が王都の空を彩っている。
祝賀ムードに包まれた王都の中央には、処刑台が設置されていた。
そこに、布切れを頭から被せられたバロックが拘束されている。
「愚かな魔王に死を!」
処刑台に繋がれたバロックに向かって、群衆の一人が叫んだ。
それにつられるように、周囲の人々も声を上げる。
「愚かな魔王に死を!」
この中には、魔族や魔物に傷つけられた者たちもいるのだろう。
元凶とされる魔王を目の前にして、抑えきれない感情をぶつけているのかもしれない。
処刑人らしき男が、黒く光る斧を振り上げた。
そして、バロックの首元に向けて振り下ろそうとした、その瞬間――。
しかし、斧が振り下ろされることはなかった。
アウラが斧に噛みつき、粉々に砕いたからだ。
「ひぃ! バロックの手下が来たぞ!!」
群衆はアウラをバロックの手下と勘違いし、その姿に恐れをなして一斉に逃げ出した。
「大丈夫か、バロック?」
「ラルクか? 助かったよ」
俺はバロックにかけられていた魔力封じを解いてやった。
「さあ、反撃の時間だ」
「好き勝手やられたからな。この借りはたっぷり返してやる」
バロックは闇の魔術で作り出した槍を構え、ギルバートのいる王宮へ向かう。
王宮には警護の騎士たちがいたが、バロックが槍を一振りするだけで薙ぎ倒された。
城内の兵士たちに至っては、バロックの姿を見ただけで逃げ出そうとする始末だった。
俺は兵士の一人を捕まえた。
「ギルバートのいる場所に案内しろ」
「い、言いますから殺さないでぇ!!」
あまりにも不甲斐ない奴だと思ったが、下手に抵抗されるよりはいいだろう。
兵士に案内されたのは、城の二階にある中央の部屋だった。
俺が扉を乱暴に開け放つと、そこには涼しい顔をしたギルバートと、この国の王らしき恰幅のいい白髪の男がいた。
「あれ? 生きてたんだ。命を刈り取る死の呪いをかけたナイフだったんだけどな」
「仲間と、リリスが助けてくれたんだ」
それを聞いて、ギルバートは嘲笑った。
「だから、リリスなんていないって。死にかけて幻覚でも見たんだね」
あれは幻覚なんかではなかった。
確かにあの時、俺の手を引いてくれたのはリリスだった。
「人間の王よ。和平協定を結んでも無駄だ。ギルバートの都合次第で、いつでもなかったことにされるぞ」
バロックが言い聞かせるように告げると、男は冷酷な眼差しをバロックに向けた。
「分かっておる。そんなことは」
「だったら、なぜ……」
「ギルバート様は、永遠をくださると約束してくれた。永遠の富、永遠の地位、そして永遠の命をな。そのためなら、民の命も他国の人間も、どうなろうと構わん」
男は邪悪な笑みを浮かべた。
私利私欲のために民を犠牲にする。こいつは王の器に相応しくない、下衆な男だと思った。
「偽りの和平協定を全世界に伝え、油断したところを叩く。ギルバート様は実に頭の良い……」
王が話している最中、アウラは尻尾で男を叩きのめした。
「うるさかったから、ついやっちゃったぞ」
正直、胸がすっとした。
俺はアウラの頭を撫でてやった。
「でかした、アウラ。さあ、ギルバート。魔界に帰って大人しくするなら、一発殴る程度で許してやる」
俺は拳に魔力を込めた。
「あはは、私とやる気かい? 身の程知らずめ!!」
ギルバートが指を鳴らすと、辺りは暗黒の空間に包まれた。
「ここは、私が作り出した闇の世界。この中にいる限り、私に不利なことは起きない」
ギルバートが言い終わる直前、俺は奴の腹に拳を数発叩き込んだ。
「ぐあっ!」
「幸先が悪いんじゃないか? 早速、不利なことが起きちまってるぞ」
「このガキが!!」
ギルバートの顔から余裕が消える。
俺はギルバートから距離を取り、身構えた。




