変わらない気持ちと厄災
「ここにアウラがいるのか?」
「最初はイリアと一緒にラルクの治療を手伝っていたんだけど、急に黙って閉じこもっちゃったの。アウラ! いるんでしょ? 出てきなさいよ!」
ミーシャが薄暗い洞窟に向かって呼びかけると、低い唸り声が聞こえてきた。
「アウラ?」
再びミーシャが呼びかけると、
「来るな!!」
低い声が洞窟の奥から響いた。
「どうしちゃったのかしら……」
おろおろするミーシャから、俺は離れた。
「俺が話してくる。ミーシャは、ここで待っててくれ」
「でも、怪我が治ったばかりで上手く歩けないでしょ? 私も……」
「いや、大丈夫だよ。その間、ミーシャはアウラの食べそうなハムでも買ってきてくれ」
「う、うん」
ミーシャが走り去る足音を確認してから、俺は洞窟の中へ入った。
洞窟の中は意外なほど広く、しばらく歩いてもアウラの姿は見つからなかった。
「ラルク? ラルクなのか!? 生きてたんだ!」
すぐ近くからアウラの声が聞こえた。
だが、いつものアウラとは違う。
どこか大人びた口調だった。
「こんなところで何やってんだよ? 隠れてデザートでも食ってんのか?」
「ラルクの治療をしている時、ラルクの命が終わっていくのが分かった。治療しても無駄だって分かった。ラルクがいなくなるのが怖くて……ラルクのいない世界なんて、なくなればいいと思った。そしたら、アウラがアウラじゃなくなるような感覚がして、こうなったんだ」
アウラが俺に顔を近づける。
額には禍々しい黒い角が生え、瞳は鋭く、紫色の光を放っていた。
身体も巨大化し、爪も鋭くなっている。
「姿が変わっただけじゃない。何もかも壊したい気持ちが溢れてる。ラルクは、もうアウラと離れた方がいい。エンペラードラゴンの力は全部ラルクにあげるから」
アウラは淡々と話す。
だが、違う。
それはアウラの本心じゃない。
俺たちを傷つけたくないから、あえて離れようとしている。
それがアウラなりの優しさなのだと、俺には分かった。
「待てよ」
俺はアウラに一歩近づく。
「来るな! アウラは嫌なんだ。大好きな家族を傷つけたくないんだ。ラルク、分かってよ……」
それでも俺は、一歩、また一歩とアウラに近づいていく。
「アウラ、お前は言ったじゃないか。俺がアウラを嫌うまで、側にいるって」
俺はさらに近づく。
「俺は、アウラを嫌いになんてならない。例え傷つけられても、何をされても……アウラに優しい気持ちがある限り、俺はお前を嫌いにならない」
アウラに思いが伝わるように、俺は声を張り上げる。
「ラルクだけじゃない。ラルクの大事な人まで傷つける。駄目なんだよ……」
「その時は止めてやるよ。病み上がりだから、加減はできないかもしれないけどな」
俺は冗談めかして言い、アウラを抱きしめた。
「戻ってこいよ、アウラ。俺がお前の肉、全部食べちゃうからな」
「ラルク! 危ないぞ!!」
アウラを覆う黒い魔力が俺の身体を切りつけ、血が流れる。
それでも俺は、アウラを抱きしめ続けた。
「エンペラードラゴンの力なんて要らない。お前と一緒なら、それでいい」
俺がアウラの鱗を優しく撫でてやると、アウラは苦しそうに唸った。
その時、地面に何かが落ちる音がした。
アウラの額から、黒い角が落ちたのだ。
同時にアウラの身体が元の大きさへと戻っていき、黒い魔力も消え失せていった。
「ずっと一緒にいたぞ。ずっとずっと、ラルクといたいぞ……」
アウラはいつもの口調に戻り、俺を抱きしめ返した。
「おかえり、アウラ」
抱きしめられたまま、俺は甘えん坊な相棒の頭を撫でるのだった。
俺とアウラが洞窟から出ると、ミーシャは不安そうにこちらを眺めていた。
そしてアウラの姿を見ると、ハムを持って駆け寄ってくる。
「お腹空いたでしょ。たくさん買ったから食べて」
ミーシャは何も尋ねる様子を見せなかった。
俺と一緒に戻ってきたことで、もう大丈夫だと思っているのかもしれない。
「今は駄目だぞ」
「え?」
「ご飯は皆と一緒に食べたいぞ! な、ラルク?」
期待するような眼差しで、アウラが俺に尋ねる。
「そうだな。皆で食べよう」
アウラと肩を組みながら、俺たちはイリアの元へ向かった。
消えかけた焚き火の前で、イリアは鍋をかき回している。
「皆さん、スープを食べませんか? ラルクさんも食べやすいように、野菜を煮込んで柔らかくしてあります」
「ちょうど良かった。皆でご飯を食べよう」
俺たちは焚き火を囲み、食事を始めた。
アウラはすっかり元に戻ったようで、ハムを夢中になって食べている。
そんなアウラの姿を見て、俺は安堵した。
今のアウラなら、もう誰も傷つけることはないだろう。
「ラルク、本当に行くの?」
ミーシャは俯きながら尋ねる。
「ああ。奴を止められるのは、ドラゴンテイマーである俺だけだ」
「ラルクを一人で行かせないぞ。アウラも行くぞ」
「二人でギルバートの野望を阻止しよう」
本調子ではない俺が、一人で魔王に立ち向かうのは無謀だろう。
いや、本調子の俺でも、狡猾なギルバートに勝てるかどうかは分からない。
アウラがいて、ようやく戦えるといったところだ。
「私は足手まといになるから残るわ。でも、ただ待っているんじゃない。私にできることをやるわ」
「私もミーシャさんと残ります。ラルクさんたちに神の奇跡がありますように」
イリアは俺とアウラに向かって、祈るように手を組んだ。
「必ず戻る」
「プリンを作って待ってるから、終わったら皆で食べましょう」
ミーシャは笑顔で俺を送り出した。
俺を信じてくれているのだ。
二度とミーシャを悲しませないために、俺はアウラの背に乗り、ギルバートの魔力を辿るのだった。
――その時だった。
遥か彼方の大陸から、何かがこちらへ向けて光線を放った。
アウラは難なくかわしたが、俺たちの後方にあった山が光線に触れた瞬間、霧散した。
「何だ? あれは……」
俺たちを襲った何かは、茶色い肌をした、痩せこけた巨大な女のような姿をしていた。
「あれは人じゃないぞ! 多分、邪神の身体に何か別のものが入って暴れてるんだぞ!」
誰かが邪神の肉体だけを復活させたのだろう。
邪神の魂自体は大したことがなかった。
それなのに、肉体にはこんなにも厄介な力が秘められていたのか……。
俺が状況を見ながら対策を考えていると、それは白目を剥き、奇声を上げながら俺たちへ向かってくるのだった。




