確かな存在
「大したことない? これでもか!」
俺は平面になったキャンバスの中から、兎の魔族の角を狙って風の刃を放つ。
しかし、放たれたのは風の刃ではなく、緑色の絵の具だった。
「あはは! そんなものを食らったって大したことないや……。ぐえっ!」
緑色の絵の具自体は、兎の魔族にダメージを与えていない。
だが、絵の具に含ませた破壊の魔力が、兎の魔族の角をへし折ったのだ。
「ば、馬鹿な! 絵の分際で!!」
折れた角から魔力が漏れ出す。
その直後、俺たちを閉じ込めていた力が失われ、元の姿に戻ることができた。
魔力を制御をしていた角が折れたから魔法を維持出来なくなったのだろう。
「お前の敗因は、俺たちを侮っていたことだ。誰に雇われた? ギルバートか?」
俺は兎の魔族の胸元を掴み、詰め寄った。
「ギルバート? 知らないな。ただ、あんたたちを始末したら金をやるって女に言われたんだよ」
「女? そいつも魔族か?」
「頭に角が生えてたから、多分ね。それ以外は何も知らない。殺すなら殺せよ。覚悟はできてる」
兎の魔族は目を固く瞑る。
イリアが不安げに俺を見る。
「行け。二度と俺たちの前に姿を見せるな」
「……変わった奴め」
捨て台詞を吐き、兎の魔族は姿を消した。
「ラルク、逃がして良かったの?」
「大丈夫さ。俺たちを敵に回したら厄介だってことは分かっただろうしな」
俺たちは迷惑料代わりに、奴が描いた絵を持ち帰ることにした。
これだけ立派な絵なら、そこそこの値段で売れるだろう。
「ラルク! たまには絵になるのも悪くはないな!」
そう言ってアウラは自分の姿を絵に変え、赤い絵の具の炎を吐いてみせた。
「止めろ! 騒ぎになったら困るだろ! 早く元に戻れ!」
はしゃぐアウラをたしなめ、俺たちは町を出ることにした。
もう少し滞在する予定だったが、また魔族に襲われたら厄介だと思ったからだ。
俺たちは、だだっ広い平原を歩いていた。
「歩いても歩いても何もないじゃない。もしかして、私たち、また絵の中に閉じ込められたんじゃ……」
「あはは、そう何度も閉じ込められてたまるかよ。ほら、森が見えてきた。あの森を抜けたら町があるはずだ」
俺が森を指差すと、ミーシャは「そうよね」と苦笑いした。
「どの道、野宿になりそうですね」
確かに、地図を見る限り町まではかなりの距離がある。
無理をするより、どこかで休んだ方がいいだろう。
「森に入る前に、この辺りで野宿するか。俺は薪を集めてくる。ミーシャとイリアは野宿の準備をしていてくれ」
「任せて。ほら、イリア。この辺りを整えましょう」
「はい」
二人は寝やすいように、邪魔な石などを避け始めた。
「じゃあ、アウラは食べられそうなものを取ってくるぞ!」
獣の肉を取ってこないか不安だったが、俺が声をかける前に、アウラは森の中へと入っていった。
俺も森に入り、薪を集めていると、誰かが近づいてくる気配がした。
一瞬身構えたが、現れたのがリリスだと分かり、警戒を解いた。
「リリス、どうしてここに?」
声をかけても、リリスは何も答えず、俺に抱きついてきた。
「お、おい……。ぐっ! 何を……」
腹部に鋭い痛みが走った。
リリスの手には、黒いナイフが握られていた。
「この姿だと、君も警戒しないんだね」
「お、お前は……!」
俺は耳を疑った。
リリスの口から聞こえてきたのは、ギルバートの声だった。
魔力自体はリリスのものだ。ギルバートが化けているわけではない。
つまり、リリスの中にギルバートの魂が入り込んでいるのだ。
「リリスはどうした!」
「リリスなんて、最初からいなかったんだよ。あれは、ただの人格だったのさ。この魔導人形に宿らせた人格、それがリリスだったんだ」
ギルバートが何を言っているのか、俺には理解できなかった。
リリスは人形で、ただの人格だっただと?
「違う! リリスは生きていた! 傷ついたり、悲しんだりしながら、それでも前を向こうとしていた! ただの人形なんかじゃなかった!!」
ギルバートは俺を軽蔑するような目で見下ろした。
「あーあ、ドラゴンテイマーはやっぱりお馬鹿さんなんだね。生きているように振る舞えるのが魔導人形なんだよ。まあ、私の指示したこと以外の行動を取るバグはあったけどね」
駄目だ。立っていられない。
痛みと衝撃的な事実に、足から力が抜けていく。
ギルバートは肩で息をする俺の背中を踏みつけた。
「うぐっ!」
「空飛ぶ島には結界があるのに、どうして私がこの体に入り込めたのか、教えてあげようか? 空飛ぶ島で、私の配下が君にやられた後、その後始末をした時に、密かにリリスの体に魔法で指示を与えておいたのさ。適当な頃合いを見計らって、空飛ぶ島から出るようにね」
外敵を入れなければ大丈夫だと思っていた俺は、浅はかだった。
島から出さないようにする必要があったのだ。
駄目だ……。これ以上、思考がまとまらない。
「ドラゴンテイマーの君が死ねば、私の脅威はなくなる。人と魔族の和平協定を結んだ直後に、それを反故にするような大虐殺を行う。ああ、想像するだけでたまらないよ。早く悲鳴や苦痛に満ちた声が聞きたい……」
ギルバートの高笑いが頭上から聞こえていたが、次第に何も聞こえなくなっていった。
誰もギルバートを止められない。
俺の意識が完全に闇に飲み込まれかけた、その時だった。
誰かが俺の手を掴んだ。
「リリスか……?」
何も見えない。
それでも、その手の温もりから、俺はリリスだと確信していた。
返事はなかったが、俺の手を掴んだ何者かが、俺を明るい場所へと導いてくれた。
「ラルク!」
目を腫らしたミーシャの顔が視界に入った。
「俺……生きてるのか?」
「イリアが頑張ってくれたのと、エクスがくれた治癒を早めるマントのおかげよ。本当に死んじゃうかと思ったんだから……!」
わあっと、ミーシャは堰を切ったように泣き出した。
イリアは疲れ切っていたのか、俺が目を覚ましたのを確認すると、そのまま倒れ込むように眠ってしまった。
「……悪い」
心配をかけてしまったことが申し訳なくて、俺はミーシャに頭を下げた。
「許してあげる。だから、一人で危ないことはしないで!」
ミーシャは俺を睨むように、じっと見つめた。
「ああ、分かったよ。でも、すぐに行かなきゃならない」
俺がふらつく足で立ち上がろうとすると、ミーシャが肩を貸してくれた。
「行くなら一緒よ」
「ああ、行こう」
ミーシャと共に、俺はアウラの元へと向かうのだった。
ギルバートの野望を阻止するために……。




