珍奇な再会と欺く獣
アウラたちが寝入った頃、俺は宿を抜け出し、一人で町を歩いていた。
どうしても気になることがあり、眠れなかったのだ。
気のせいかもしれないが、ネイサは情報を話した直後に炎で焼かれていた。
もし情報を吐かせたくなかったのなら、拘束された時点で始末していたのではないだろうか。
まるでギルバートは、俺に大虐殺を止めてほしがっているようだ。
「考えすぎか……」
暗がりに包まれた公園のベンチに腰掛け、星空を見上げながら一人呟く。
「用心するに越したことはないわ」
聞き覚えのある声が聞こえ、辺りを見渡すと、ベンチの後ろに不自然なほど大きな宝箱が置かれていた。
「もしかして、コトハか?」
「その通りよ。今日は話があって来たの」
宝箱の蓋が開き、中からフリルの付いたゴシック調の服を着たコトハが現れた。
「……初めて会った時は、お前がこんなに面白い女だとは思わなかったよ」
「褒めてくれてありがとう。あ、好きになっちゃ駄目よ。竜王ちゃんと付き合う予定なんだから」
呆れて、しばらくの間、俺の思考は停止した。
コトハには、ジョークも皮肉も通じないようだ。
「それで、用っていうのは何だ?」
「貴方の中にいる勇者サキの魂を渡してほしいの。理由は言えないけど、安心して。悪いようにはしないわ」
勇者サキの魂が俺の中にあることを、どうやって知ったのだろうか?
コトハを信じていいのかと考えていると、彼女は自分の腕に紋様を描き始めた。
「何をしているんだ?」
「自分に呪いをかけているの。貴方に嘘をついたり、勇者サキの魂に何かしたりすれば、私が死ぬようにって。これで信じてくれるでしょ?」
「しょ、正気かよ!」
呪いは本物のようだ。
俺が驚愕していると、コトハは神妙な顔をした。
「これぐらいやらないと、貴方は信じてくれないでしょ? それで、どうするの?」
コトハの覚悟は理解した。
今度は、俺が応える番だ。
「今、サキと話してみる。それで断られたら諦めてくれ」
「分かった。それでいいわ」
俺は目を閉じ、サキに話しかける。
「サキ、コトハを信用できるなら、彼女と一緒に行ってもらいたい。どうする?」
「行くよ。コトハは昔、私と一緒に旅をした仲だもん。きっと、何か考えがあるんだと思うから。今までありがとう、ラルク」
サキがそう言うと、俺の中から光り輝く球体が抜け出した。
コトハは、その球体を大事そうに抱きしめる。
すると、球体はコトハの中へと吸い込まれていった。
「コトハ、お前、何者なんだ?」
サキと旅をしていたというのだから、ただ者ではないだろう。
「秘密。だけど、信じてくれたから、本当の顔を見せてあげる」
次の瞬間、コトハの顔が灰色の毛に覆われ、口元が前方へと伸びていった。
コトハの顔は、狼そのものになっていたのだ。
「なっ! 狼だったのか!?」
「正確には人狼よ」
竜の紋様が描かれた長い舌で、コトハは俺の顔を舐めた。
「ん〜。65点」
「何の点数だよ!」
俺の叫びなど気にも留めず、コトハは背を向けた。
「最後にアドバイス! ギルバートはずる賢いから、何も考えずに向かって行っちゃ駄目よ」
「おい! もっと詳しく教えてくれよ!」
コトハは何も答えずに宝箱の中へ入ると、宝箱ごと姿を消してしまった。
「手探りで進めっていうのかよ? しょうがないな……」
俺は宿に戻ることにした。
その日はギルバートのことも、コトハのことも頭から放り出し、ぐっすり眠ることにした。
「ラルク! 寝すぎだぞ! 朝ごはんが昼ごはんになっちゃうぞ!」
アウラに体を揺さぶられ、俺は起きるしかなかった。
「もうそんな時間か?」
「もうすぐ十時になるわ。疲れているなら、寝ていてもいいわよ。昨日は人魚の国を救ったばかりだし、疲れているでしょ?」
「いや、起きるよ」
ミーシャの気遣いは嬉しかった。
だが、一人になると、またあれこれ考えてしまいそうだ。俺は冷たい水で顔を洗い、気分を切り替えてから皆と出かけることにした。
飯屋で簡素な食事を済ませた後、俺たちは一人の兎の男の子に声をかけられた。
「旅の思い出に絵はいかがでしょうか? 今なら銅貨十枚で描きますよ」
兎の獣人は愛想よく笑った。
「描いてもらいましょうよ」
「えっと、私はいいですから、皆さんだけで描いてもらってください。私、あんまり可愛くないので……」
イリアが不安げに言うので、俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「十分可愛いじゃないか。もっと自信を持てよ」
「か、可愛い……」
「ああ、舞台女優にも引けを取らないくらいだ。……痛っ!」
俺がイリアを褒めると、何故かミーシャに尻をつねられた。
「か、可愛いなんて、そんな……」
イリアは顔を真っ赤にして、両手で顔を覆いながらしゃがみ込んでしまった。
「皆、早く準備するんだぞ!」
アウラは少年の姿で凛々しい顔をしながら、ポーズを決めている。
イリアにも、これくらい自信があればいいんだがな。
「あはは……。それじゃあ、描きますね」
兎の獣人は笑いながら筆を動かし始めた。
「出来ましたよ」
十数分ほどで筆を置いた兎の獣人は、俺たちにキャンバスを見せた。
そこには、まるで本物を写し取ったかのように精巧な街並みが描かれていた。
しかし、肝心の俺たちの姿はどこにもない。
「町の背景だけ? 俺たちは?」
「安心してください。もうじき描かれますよ。貴方たち自身が絵になってね……」
兎の獣人が不敵に笑った次の瞬間、俺たちの体が光に包まれた。
抵抗する間もなく、俺たちは彼の持つ筆の中へと吸い込まれてしまった。
気がつくと、俺たちはキャンバスの中に小さく描かれ、身動き一つ取れなくなっていた。
「エンペラードラゴンもドラゴンテイマーも、大したことありませんね」
嘲笑う兎の獣人の頭から、魔族の角が生えていた。
俺たちは、魔族の罠にはまってしまったのだ。
そのことに気づいた時には、もう手遅れだった。




